アルマキナンには、昔から守るよう伝えられているきまりごとがある。 口寄せの子はアルマ・キナンの外の世界に触れてはいけない。 強い望みをもってはならない。 それは予言を狂わせ、精霊の声から、真実から彼女を遠ざけることになるから。
とおいとおい昔からこの村に伝わってきた一番大切な掟。
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「しかしユン、それはアルマ・キナンの掟に背くことになる」 渋い声で否を唱えるのは、村の実質的なリーダーとしてユンも姉のように慕っているユイリだった。 姉さんの言うことはよく分かる。 それは精霊のみならず多くの人の強い感情……喜び、感謝などの陽のものはもちろん怒り、悲しみ、悔しさなどの陰のものも過敏に感じ取るということ。 またその聖地に眠る先達たる精霊の力によって浄化された大気。 この静かに閉ざされた世界だけが、わたしに安全な生を保証してくれる。 でも…………もう……それも………………あと少しの間。
「姉様も、もう感じ取っているんでしょう」 運命の時が近付いている。 アルマ・キナンにとって、いえ、グラスランドやゼクセン、すべての人たちにとっての大切な選択が。 この世界を、壊してしまう。
そしてそれを阻む役目を持つ人を、導くのが私の役目。
今、このときを生きる口寄せの子である私の、最初で最後のこの世に生を受けた理由。
そして。 その役目が終わったら。 私の人としての人世は……終わる。
………………だけど。
わたしがむしろ待ち望んでいたなんていえば、優しい姉さんは悲しむだろうか。
ただ、一つだけ望んでしまうことができてしまった。
「……会いたい人が、いるんです」
少しの間だけだけでいい、同じ人間(ひと)として、過ごすことができたらいい。 ユンという人間(ひと)の記憶が、あの人に残ればいいと思う。 預言の夢の中に出てくるきれいな女の子。
時間が凍り付くまで見つめあったあと、ユイリ姉さんはふと表情をゆるめた。
「それがユンにとって必要なことならば」
「ユンは歴代の「口寄せの子」のなかでもおそらくとても強い霊力を持っているけれど、…精霊の力を借りなくても自分を保てるだけの強さがあるものな」 「ユイリ姉さま…」 「口寄せの子の予言は絶対だ」 だからユンがそう願うならとめることはできないと。
「ありがとう ユイリ姉さん」
瞳に浮かんだ涙の理由は、自分でもよくわからない。
そして。 運命は動き始める。
一面に豊かな果実の房を垂らす葡萄畑。 夢ではなく、現実の彼女は紫の瞳をまっすぐに向けてくる。 歴史を動かす運命を持った人。
ああ、やっと会えた。
「あなたを待っていました、クリスさん」
そしてここから本当の運命が始まる。 END |
ユン視点はむずかしく、何度も挫折しながらやっとアップ。
この話の前提になる夢話がないと謎な部分が多いのですが。ユンにとってクリスは童話の中の王子様に近いイメージです。そして彼女のなりたかった理想そのものでもあります。幼い少女がお話のなかの人物に憧れるような、綺麗な感情。うまくいえないけれど純粋な憧れと好意。見返りを求めるということを考えない感情。私にとってユン→クリスはだから厳密には恋愛ではないんです。誰よりも愛してはいるけれど恋じゃない。だからクリスが好きな人と結ばれても、クリスが幸せなら彼女は嫉妬等しないで誰よりも祝福するでしょう。相手は容赦なく見定めますが(笑)