犬猫の幸不幸

いぬる十一月廿三日、内藤新宿なる旅籠屋橋本惣八が家にて、河豚を料理けるとき、その骨膓を家のうらなる子犬と、家に飼うたる猫と食ひけるに、忽口より白き淡をふきくるくるとめぐり七転八倒して、いとくるしげに見えし程に、犬はそのまゝ死しぬ。猫は座敷へよろめき上りつゝ、折ふし座敷の腰張をせんとて、つのまたといふものを煮て、盆に入れて置きたるを、此猫、そのつのまたを啖ひけるに、見るが内にくるしみの気色うせて、平日のごとくになりにけり。これつのまたは、魚毒を解すものなるか。それをしりて猫の食ひけるか。又はくるしさのまゝに、何となくくらひしか。自然とつのまたの功によりて、魚毒を解したるにや。とまれかくまれ。犬は不幸にして死し、猫は幸にして免れたり。畜類すら瞬速の間に、幸不幸かくのごとく其数あるものなり。