○鼠の怪異 |
今茲四月、奥州伊達郡保原といふ所の大経師松声堂の物語に、おのれ事は南部の産にて、此春、親族の方より消息して、世にめづらしき事をしらせおこしたり。そは南部盛岡より凡二十里許おくに、福岡といふ所にて、そこに青木平助といふ旧家あり。其家作のふるき事、五六百年前に造りなしたるが、そのまゝにて代々居住来れり。げに其家、今やうの造りざまにあらず、いかにも、由あるものゝ末ならんとおもはるゝとなり。しかるに此春二月の比、あるじ兵助の夢に、棟の上に一塊のほのほ炎々ともゆと見て、驚きさめてふと仰ぎ見れば、こはそもいかにぞや。夢に見たるにつゆ違はず。おのれが寝たる上の棟に、火燃えゐたりければ、あわてふためき起き上がり、手ばやくはしごをものして、手ごろなる器に水を入れ、水をそゝぎかけなどしければ、忽に火はきえてさせる事なし。あるじとゞろく胸はやゝしづまりしかども、いかなることにて、このあやしみのありけるにやと思へば、さらに心安からねど、かゝる事を家の内のものに告げしさらば、さこそものゝけのたゝりならんといひのゝしりてうるさかるべし。何にまれ。今少し試みばやと、ひとりむねにをさむるものから、その時までいもねられであかしゝとぞ。かくてあけの朝起き出でゝ、例のごとくうがらうちよりて、朝いひたふべんとする折、かの宵にことありし棟とおぼしき処より、物のはたと落ちたり。思ひもかけぬ事なれば、女わらべなどはあれとさわぎて飛びのきつ。あるじは心にかゝるふしもあれば、さてこそとて、きとそのものを見とむるに、いと年ふりて大きなる鼠のおなじ程なるが、その数九つ尾と尻とつき合せて、わらふだの如くまろくなりつゝ、かたみに手あしをもがきて、かけりのがれんとするなりけり。しかるにその鼠、いかにもがきても、その尻と尻つながりてはなれず、只ひたすらにかけ出でんとするのみにて、くるくるとおなじ所をめぐるのみなれば、人みなおそれおどろく中にも、亦興ある事にもおぼえて、こはけしからぬ物なり。いかにしてかくまで、同じ鼠の九つよくも揃ひけん。それすらあるに、尻と尻のはなれぬは、いかなる故ぞとのゝしりつゝ、とりはなしてにがしやらんか。うち殺さんやなどいひどよみて、わりきやうのものをもて、両三人左右より引きわけんとするに得はなれず。こはおかしき物なりとて、つよく引きたて見れば、あやしむべし。此鼠の尾と尾のからみあひたる事、あじろをくみたらん如くにて、つよく物せば、しり尾もぬけずらんなどといふ人もあれば、そがまゝに置きたるを、ちかきわたりの人々、聞き伝へつどいきて、扨もめづらしきものを見つるかな。われらに得させ給へとて、竹の先に引きかけて処々もちあるきて、なほ人に見せたる果は、川へや流しけん。土中にや埋みけん。そのゝち又怪しきことの聞えなば、なほ告げまゐらせんなどいひおこしたりと語りしよし。友人の伝聞にまかして、けふの兎園の数に入れ侍るになん。 |