○腐儒唐様を好みし事

或西方の大名に仕へて、三十人扶持を給はりし儒者あり。その名は忘れたり。この儒者、何事も孔子のごとくせざれば、儒道にあらずとて、沽酒市脯は食はずとあれば、酒もわが方にてかもし、鰹節も手まへにて乾かさせ、周尺にて諸物を拵へけり。家老の人意見せしめて、いかに唐様を好めばとて、窃に伝へ聞くに、大小共に両刀の剣を用ひらるゝよし、日本の劔術は、この国風に随ふこそよけれ。且御辺儒をもつて仕ふとも、又武門の奉公ならずや。縦文武、周公、孔子の世が周なればとて、一切の事を周の制にて済まさんと欲すとも、官途品級の次第、職掌の体などは、周礼にても考へられるべし。もろこしにてすら太古の事は、今日の用に当て考へとらざれることあらんといふ。彼儒者答へて、好意寔に忝し。しかしながら周の代の事考へ得られざれば、漢の世の制を用ひる故、さしつかふることなしといふ。家老聞きてあざ笑ひ、智は非を凌ぐに足るといへるは、則御辺の事なるべし。今五穀を量らんに、周の制は考へがたし。漢の升をもて考ふれば、日本今の一合は、即漢の一升なり。漢書に牛一疋に三拾六斛を駄すると見えしも、日本の三石六斗に当れり。御辺の月棒三十口なれば、これまで一ヶ月に四石五斗づゝわたしゝは、一ヵ年に五十四石の高なれども、周漢の制を好める故、扶持方も漢の升目を以て、壱人扶持は壱升五合なり。これを三十合にすれば四斗五升なり。かくのごとくにしてわたせば、一ヵ年に五石四斗の高となる。十二ヶ月の内、大小のたがひはあれども、当月より四石五斗を四斗五升にしてわたす様に、蔵方に申し渡すべし。かゝれば御辺も漢法にて、扶持方をうけ取られ満足なるべしといひければ、儒者大に驚きて、その儀は御免候へかし。誤り入り候とて、漢法をやめしとかや。
すべて手前勝手にあらぬ事は、日本の古格に任せ、勝手の事は異国の風をまねんとせしは笑ふべし。わが知れる人、親の死せしとき三年の喪を勤むるとて、喪服様の物を製し、唐流は精をなしとて、喪中に酒を飲み肉を食ひ、自如として平日のごとし。殊にしらず礼の本文に、疎食水飲菜果を不食とあり。菜果すら食はざりし喪に、酒を飲み肉を食らふは何事ぞ。是等の事ども世に多し。抱腹云々。