読書案内
馬琴は読める!
世の中に古典ほど嫌いなものはない、と親の敵のように憎む人も少なくない。これは日本の中学・高校教育にも責任があるが、確かに古典は読みにくい。難解である。
だからといって馬琴の作品も読めないか、というとそうではない。確かに仮名遣いや助動詞は「歴史的」だ。見た目も漢字が多くて難解そうだ。しかし漢字にはすべて振り仮名がついている。だから、漢字で意味を理解し、振り仮名でリズムを取れるのである。読めさえすれば馬琴は名文家。五七調で雅俗混交の文章に引き込まれることであろう。なんたって馬琴はたかだか200年前の作家。源氏物語や枕草子と比べたら断然新しい。馬琴の文章中にも、難しいことの比喩として「素本の源氏を読むに似たり。」というフレーズがあるくらい、難解さのレベルが違うのである。夏目漱石が読めれば、十分馬琴は読めるのだ。
しかし実際読む機会となると、ずいぶん限られているのが現状だ。文庫として刊行されている馬琴作品は「八犬伝」しかなく、他の作品も入手困難で、各社刊行の古典全集に確実に載っているとも言い難いからである。なぜこんなに貶められているのか理解できない。出版各社は是非再考して欲しい。
この読書案内では、私が読んだ馬琴原作や、その解説・研究書、あるいは馬琴作品のアレンジ作品について紹介している。馬琴の原作は戦前に刊行され現在絶版のものが多いが、数としては少なくないようなので、古書店を入念に探索すると見つかるかもしれない。
馬琴の原作
解説・研究書
アレンジ本
その他
馬琴原作
南総里見八犬伝(小池藤五郎校定・岩波文庫・全10巻・絶版)
馬琴の原作の中で、一番手に入れやすい書物…と思いきや、いつの間にやら絶版になってしまい、入手困難となっている岩波文庫。八犬伝というのは長すぎるため、ほかの古典全集などにも収録されることがあまりなく、実は現在、普通の人間が八犬伝の原作本を手に入れる機会というのは絶無に等しい。図書館に行けば必ずあると思うし、古本屋を丹念に回れば見つかるとは思うが、なんにしてもこれは由々しき事態なんで、岩波書店さん、ぜひ復刊、お願いします。
椿説弓張月(和田万吉校定・岩波文庫・全3巻・絶版)
私が平成九年の春に、石橋駅前の太田書店で手に入れた。挿絵なし。岩波文庫90年春のリクエスト復刊で、こういうリクエスト復刊は15年周期ぐらいだという。為朝という有名人を扱っているし、八犬伝に比べると程よく短いから、レギュラー刊行を切に望む。葛飾北斎の挿絵も見たいものだ。
椿説弓張月(後藤丹治校注・岩波書店古典文学大系60・上下巻)
挿絵、注が完備されていて、初心者にもやさしい、といいたいところだが、実は注がたくさんあるというのは、非常にくどくって読みにくいということも実感させてくれる。現状においてはもっとも手に入れやすい馬琴作品かもしれない。
近世説美少年録(内田保廣校定・国書刊行会・叢書江戸文庫21・上下巻)
挿絵はもちろんのこと、表紙と目次、裏表紙のコピーがある。続編である「玉石童子訓」は以後刊行されるらしい。大阪大学図書館書庫から借りてきて読んだ。他の大学の図書館にもあるだろう。
近世説美少年録(有朋堂・上下巻・絶版)
平成九年十一月、大阪・梅田の古書街にある中尾松泉堂で手に入れた。「玉石童子訓」も含む。挿絵は一部省略がある。大正六年刊行。とにかく古い本だ。これで二冊で三千円は安い。
解説・研究書
曲亭馬琴の文学域(服部仁著・若草書房・近世文学研究叢書6)
馬琴研究者である服部仁氏が記した論文をまとめた書。いろいろな角度から馬琴の文学について考察を加えているが、素人にはとても参照できないような作品にまで言及しているため、文句のつけようもなく、難解。
滝沢馬琴(徳田武、森田誠吾著・新潮古典アルバム23)
馬琴の生涯、八犬伝と弓張月のあらすじについて簡略にまとめてある。入門書としてお勧めか。とにかくこの本の魅力はカラーページに尽きる。芳流閣の錦絵、欲しい。
八犬伝綺想(小谷野敦著・福武書店)
比較文化論の先生の著書。西洋の文学と比較して、八犬伝に近代文学の萌芽を見る、というのが学術的なテーマ。犬士達のコンプレックスや、女性恐怖の心理を暴いていておもしろい。それに比較するのがハムレットやトムソーヤや白鯨だから、そんなに難しくないのではないか。しかし私は3冊ともちゃんと読んだことがない。
八犬伝の世界−伝奇ロマンの復権−(高田衛著・中公新書)
江戸文学の先生の著書。馬琴の壮大で緻密な虚構世界の構築を解いている。山東京伝らの稗史や、仏教について語るところが多いから、私には難解だった。八字文殊曼荼羅などをヒントに、八人の理由や、信乃と毛野の女装、牡丹の痣などの謎を解明していて興味深い。
アレンジ本
新編 八犬伝(山手樹一郎長編時代小説全集=12・春陽堂)
私と馬琴世界との最初の出会いとなった本。「すさまじい毒性を持った原作を、青春の志をもつ若者たちとそれを慕う美女という典型的な騎士物語の形にしぼっている」とカバーの案内にもあるとおり、信乃と浜路の恋物語が中心となる。雛衣も死なない。みんなでよってたかって化け猫を倒して終わる。
鎮西八郎為朝(津本陽著・講談社文庫)
為朝伝説をモチーフに、自由な豪傑・八郎が南海を大冒険する物語。最初は弓張月や為朝伝説のことを知らずに読んだ。弓張月とストーリーは少し違うし、為朝の豪放さはずいぶん増していて、戦闘の描写も細かい。弓張月のアレンジというより、「為朝伝説」本の一つだと考えるのがいいだろう。
その他
保元物語(新古典文学大系43・岩波書店)
為朝の正史での活躍を知るためには、保元物語は不可欠。しかしこれ以上ないというくらい読みにくい。なんでわざわざカタカナを読ませるのか。旧漢字を新漢字に改めるようなことをやっているなら、ついでに平仮名表記に直してくれればいいのに。これは現代語訳がお勧めだ。
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