このように、特異な形式が取れた理由には、評者である三枝園主人が、馬琴も認める当時最高の馬琴ファンであったことによる。この三枝園主人とは伊勢松阪の富豪・殿村篠斎のことで、本居宣長晩年の弟子として知られ、馬琴とは終生変わらぬ交友を持っていた。また校訂者の櫟亭琴魚は殿村篠斎の義弟・殿村精吉のことで、馬琴から戯号に琴の字を許された、数少ない弟子の一人である。
ただし彼らが馬琴のお気に入りの人間の手によるものだからといって、決してただの馬琴礼賛本になっているわけではない。『犬夷評判記』はほかの評判記の形式を踏襲して、三枝園、琴魚、馬琴の仮想対談の形をとっているが、その中には彼らのほかに「ひいき」「よみ本好キ」「よませて聞人」「わる口いひ」など、いろいろな層のギャラリーがおり、ときたま出てくる彼らのツッコミが、なかなか面白い。たとえば評者が第一回の義実の龍を弁ずる段を評して「確かに婦女子には長い部分かもしれないが、後学のためにも、それぞれの出典を示してほしかった」と言うと、「よませて聞人」が「そんなもの読んでられるか。俺は物知りになりたくて本を読んでるんじゃなくて、楽しむために本を読んでいるんだ。こんなチンプンカンな話を読まされては、歌舞伎で猿楽を見るようなもので、興ざめするわ」と、的確にツッコミを入れている。またこれらに関する馬琴の答述を読むことで、馬琴の自分の作品に対する考え方などを知ることができる。
惜しむらくは、この書がまだ八犬伝の序盤部分、信乃と荘助が自分の持つ玉を見せ合うあたりまでしか網羅できていないことである。もちろんこれはその当時、それまでしか刊行されていなかったのだから仕方ないことだが、もしも同じような形式で八犬伝全話を網羅した『犬夷評判記・完全版』(「夷」の方は結局未完だが)があれば、もっと面白かったろうと思う。