性格まがってるぞ、信乃
さて、八犬士の中で最初に登場し、その後も主役級の活躍を見せるのが、犬塚信乃である。しかし、性格悪いのではないか、と思える箇所がたくさんある。
- 信乃が大塚を出発する前、額蔵に浜路はどうするのかと聞かれ、「女は水性なり」と言い放ち、陣代との気の進まぬ結婚をしても、適当なところに収まるだろうとして、浜路を見捨てて行ってしまう。浜路は網干左母二郎に誘拐されて殺されるのだが、その前に信乃に見捨てられたショックで自殺しようとしているのだ。
- 許俄で偽物の村雨丸を献上してしまったため、間諜と疑われ、逆切れして暴れまわる。これは別に性格の悪さを示すものではないが、成氏に村雨丸を献上して仕官するというのが父親の遺言だった以上、成氏の面前で刀を振り回して暴れるというのは、信乃の一大テーマである「孝」に反してはいないか。
- 浜路の死を悼んで、「もう結婚はしない」といいながらその裏で、「妾はもつけど」と言い放つ。子孫を絶やさないことが儒教の「孝」であるとはいえ、こんなときに言う言葉じゃない。浜路がうかばれない。
- 甲斐の山中で奈四郎に鉄砲で撃たれたとき、弾は外れたというのに倒れて、奈四郎主従を誘い出し、毒食えば皿までと金品を奪おうとするのを待って、「この悪党め」と懲らしめる。刺客に狙われているつもりなら、路上に倒れるなんて愚の骨頂だし、是非とも撃った人間を誘い込んで因縁をつける胆だったに違いない。
ここまで信乃の性格を曲げさせたのは、子供のとき女装をされていたことがあるのではないか。村の子供に馬鹿にされながら暮した孤独な日々。それと番作の自殺を目の当りにしたことも、少年の人格形成に大きな影響を与えただろう。十六歳にして不具者となった父番作。身の不遇をのろいながら手習いで口を糊し、姉夫婦とのトラブルは絶えない。手束は三度までも子供を死なせ、三十を過ぎてから生まれた信乃をひたすら可愛がる。読みようによってはひどい家庭環境である。
小谷野敦著・「八犬伝綺想」では、信乃をハムレットに見立てて、女性恐怖や望みと現実とのギャップに苦しむ姿といった部分の類似性を説いている。八犬伝の読み方が大きく変わる名著だから、一度読んでみてはいかかだろうか。
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