危うい小者達


 八犬士が初めて一同に会する、結城での大法会(第九輯)。もちろんただ経を読むだけではなく、悪僧や悪代官との大立ち回りもあるのだが、私はこの結城の章が嫌いである。「できるだけ穏便に済ませてくれよ」という丶大を、「出家は出家のやりかたが、武士は武士のやり方がある」と言ってよってたかって嘲笑ったり、空々しい褒めあいをやったり、飯を食ったり(飯を食うのはいいけど、あのグルメ話とかがなんだか腹が立つ)。

 さて、このエピソードの中で、悪僧・徳用と信乃との格闘がおこなわれる。もちろん信乃が勝つわけだが、このとき、空振りした徳用の鉄杖の巻き添えを食って死んだ寺男がいた。その男を信乃がよく見れば、かつて甲斐の猿石村で、村長・四六城木工作の小者であった、出来介という男であった。

 甲斐の国のエピソードは、大角と現八の化け猫退治の話が終わり、八犬士が物語上全て出そろった次に現れるエピソードである。死んだ浜路が転生し、それが里見家の姫君であった、というのが物語の中心ではあるが、この甲斐の国編では、多くの悪人が登場する。まず森の中で信乃を誤射し、さらには木工作を射殺した悪代官・泡雪奈四郎、そしてその奈四郎と姦通し、木工作殺しを信乃になすりつけようとした淫婦・夏引。奈四郎の悪僕・カヤ内と媼内というのもいる(媼内はのち船虫と共闘するかなりレベルの高い悪人)。そして出来介は、浜路に懸想して、そのために邪魔な信乃を、夏引と共に木工作殺しの犯人だと言い立てた男である。

 ──実は、出来介の罪はこれだけである。木工作殺しと死体遺棄の件には全く関与していない。ただ夏引が「犯人は信乃だろう」という言葉を信じて、信乃を捕えようとしただけなのだ。もちろん嫉妬の心が出来介の目を曇らせたのは確かだが、出来介は四六城家の小者なのだから、主人の言うことには従うべきものだ。出来介の行動は下僕として、当然の行為だったのである。それをただ「犬士の女に惚れた」という理由だけで無様に殺されて(直接信乃が手を下したわけじゃないけど)、犬士たちに嘲笑われているのである。ヤクザかよ。

 ところでこの甲斐のエピソードだが、どこか似ていないだろうか。大塚村のエピソードにである。信乃が登場する、浜路が登場する。それはもちろんそうだがそれだけではない。浜路の継母・夏引は亀篠に似ているし、泡雪奈四郎は網干左母二郎、あるいは簸上宮六に似ていなくも無い。それを言い出すとどれも同じだとも言いえるが、さて出来介が誰に対応するかといえば、義の犬士・犬川荘助こと小者・額蔵である。

 額蔵と出来介はそれぞれ、大塚家あるいは四六城家の小者として、幼い頃から浜路のもとに仕えていた。そこに外から、信乃という身分の高い男がやってくる。、信乃と浜路は大塚村では村人が、猿石村では木工作が認めた仲である。たかだか小者の額蔵や出来介に、この二人に介入する権利はない。だが信乃を邪魔に思う亀篠(夏引)は、甘い言葉で額蔵(出来介)にささやくのである。「もし信乃を殺したら(捕まえたら)、浜路をおまえの嫁にしてやっても良い」と。

 結局額蔵はこの甘いささやきに乗らず、対して出来介はまんまと乗せられて破滅した。だがもし額蔵が、信乃よりも浜路の方が好きだったとしたら、この出来介と同じ運命をたどっていたのかもしれなかったのである。まさに出来介は、額蔵の裏の部分を象徴する存在であったのだ。脳漿を吹き出し無様に倒れ伏した自分の分身を、額蔵の荘助は、どんな思いで見ていたのだろうか。

 ついでに泡雪奈四郎は、姨雪与四郎と名前の感じが似ているが、女と密通したという点は同じである。あるいは奈四郎も、与四郎の暗黒部分だったのかもしれない。まさに悪と善は表裏一体、紙一重である。


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