花(向日葵)

 誰かの誕生日を、こんなに強く意識したことはない。
 内緒でプレゼントを用意するなんて、自分じゃないみたいだ。
 選んだのは、あいつが好きなサザンの新しいCDと練習用のTシャツ。
 どちらも「いかにも夏!」って感じの物で、脳天気なあいつに似合うと思う。
 だけど問題はいつ渡すかと言うこと。
 矢野の音頭の元、今日の部活が終わったら部員一同で部室を会場として久保の誕生祝いをすることにはなっている。どうせそのあとは、居酒屋の座席をこっそり貸し切って酒盛りになだれ込むはずだ。
 みんなと一緒に渡せば良いんだろうけど…
 誰よりも一番最初に渡したかった。
 誕生日のお祝いの言葉を、一番最初に言いたかった。

 お前に会えて、嬉しいと伝えたい。
 オレたち生まれてこなかったら、出逢えなかったんだぜ?



         



 まだ早朝の、人通りのほとんど無い道を小走りに駆ける。
 太陽はまだ低い位置なのに、もう気温は高い。
 今日も暑い日になりそうだなと考えながら、ふっと目の端に入った色に退かれた。
 背の高い、ひまわりの黄色。
 地上の小さな太陽。
 空の本物の太陽に、いつも真っ直ぐに顔を向けている凛とした花。
 なぜだか久保のイメージに重なった。
 明るくて、眩しい夏の花。

 改めて道を急ぐ。
 あいつはオレと違って寝起きがいいから、もう出掛けてしまっていたらどうしよう?

 あの角を曲がると、久保の家はすぐ目の前だ。
 勢い込んで曲がったところに
「あれっ?神谷?!」
 目的の人物は居た。
 ぶつかりそうになったのを何とか避けて、向かい合う。
「どうしたんだ?」
 不思議そうに訊いてくる。が、次の瞬間には嬉しそうににっこりと笑っていた。
「迎えに来てくれたのか?」
「そうだと言ったら?」
「嬉しいな」
 本当にとろけそうに笑う。
 なんだよ、なんでそんな風に笑うんだよ。…照れるだろ?
 赤くなりそうになるのを何とか堪えて、紙袋を久保に押しつける。
「何?」
「誕生日おめでとう。やるよ、プレゼントだ」
 途端に更に久保の笑顔が深くなった。
 まるで光を発しているよう。
 ちょうどさっき見た向日葵の花のように…。
「ありがとう、神谷」
 プレゼントを持っていない方の、左腕でオレの肩を抱く。まったく、この帰国子女は表現がオーバーなんだよ。
 だけどそうされるのは気持ちよくて、思わず抱き返してしまう。
 くそ、オレもこいつにずいぶん毒されたもんだ。





 二人並んで学校への道を辿る。
 途中で先程のひまわりの所に出た。
「なんかさ、お前ってひまわりみたいなのな」
 いきなり言われて、久保は頭を捻っている。
「オレが、ひまわり?」
「なんか、お日様みたいに脳天気だろ?」
「脳天気ぃ?!おい、神谷!!」
「冗談だよ。でもお日様みたいってのは本当」
「ふ~ん?」
 しばし久保は立ち止まり、しげしげと花を見た。
 青空の下、本物の太陽を背負い、地上の太陽二つが向かい合う。
 夏の強い陽射しが、久保の影とひまわりの影を一つにまとめ上げ、漆黒の闇を生む。
 不思議な空間。
 どこかで蝉が鳴き出した。
 自分の汗が、急に気になる。
 そして振り向いたときの久保の瞳の色を、オレはきっと忘れないだろう。
「でもね、ひまわりって1年草なんだよ?」
 地面に落ちた影の色を移し込んだような、不思議な闇色。
「え?おい、そんなつもりじゃ…」
「わかってるよ」
 闇色は一瞬で消えて、いつもの煌めく光が戻っていた。






 ひまわりが太陽を追うのは、太陽に憧れているから。
 光を求める分、足元から伸びる影は濃くなっていく。








 この日の、みんなで祝った久保の誕生祝いはとても楽しい物となった。
 予想通り二次会の居酒屋では大騒動になったけど、始終誰もが笑っていた。

 これが皆で一緒に祝う最初で最後の久保の誕生日になるなんて、誰も思っていなかった。









 今でも、ひまわりを見ると思い出す。
 もしかしたら、久保にはあの時すでに予感があったんじゃないかと…。











                          終わり 2001.7.29.





…花3作目。花シリーズって、暗いのね…。誕生日祝いのつもりだったのに…(泣)