花(ペチュニア)

 ガーデニング、って言うんだろう。
 最近建ったばかりの洋風な家は、オレなんかじゃ絶対に住めないようなおしゃれ(!?)な風情で、掛川の町並みからはメチャメチャ浮きまくっている。
 住人はどうやら園芸が趣味らしい。庭には緑が溢れ、それだけじゃ足りないのか柵や窓辺にまで鉢植えがつり下げられている。
 緑色と花の大群。チョウチョが飛び交い小鳥が戯れ…。
 妹の実花ならともかく、オレが足を踏み入れたら場違いのあまり倒れてしまいそうだ。

           

 普段は通り過ぎるその家の前で足を止めたのは、初めて住人の姿を見かけたからだった。
 夏前だとは言っても日差しは強い。つばの広い帽子を被ったその女の人は、住居にふさわしい美人だった。年はたぶん30過ぎ?よく分らない。
 柵からぶら下げた鉢植えの花を、ハサミで惜しげもなく切り落としていた。
 小振りな朝顔のような、薄い花がボトボトと落とされていく。
 切っていった後に花の道が出来ていた。赤・白・紫、緑色の萼(がく)ごと踏み潰される。
「もったいねぇ…」
 おもわず零れてしまった言葉に、女の人はびっくりして振り向いた。
「あ、あら、びっくりした」
 品のいい顔に驚きを貼り付けて、それからオレと足元に落ちた花を交互に見た。
「すみません…」
 驚かせてしまったことを謝ると、今度は笑顔が返ってくる。
「そうよね、もったいなく見えるわよね。でもこうしてあげないと、この子が弱くなっちゃうの」
 愛おしげに指先で花に触れ、笑う。
「弱くなる?」
「ほら、ここを見て」
 またパチンと花を切り落とし、残った茎(くき)の少し下を指し示した。一段明るい色の芽が顔を出してる。
「新しい芽なの。咲いた花を落としてあげると、今度はこの芽から新しい花が咲くのよ」
「なんで切らないとダメなんですか?」
「このまま花を咲かせていると、種をつくるわ。でもそれってすごくエネルギーがいるの。新しい芽を育てる分まで使っちゃう。でも芽が無くなる訳じゃないから…結果としてこの子全体が栄養不足で弱まるの」
 またパチン。まだきれいに咲いている花が地面に落ちる。
 理屈は解ったけど、やっぱりなんかもったいない。
 そんな気持ちがよほど表情に出ていたのだろう。
「捨てる物で悪いけど…綺麗なのを選んで差し上げましょうか?水に挿しておけばしばらく楽しめるわ」
 申し出を、オレはありがたく受け入れた。やっぱりもったいないし…実花が喜びそうだ。






 家に花を持って帰ると、思った通り実花は大喜びした。
 女の人の好意で庭に咲いてたバラも貰ったのだけど、実花は切り落とした花の方が気に入ったようだ。かき氷の時に使うガラスの器を3つも並べて水を張り、そこに花浮かべた。
 その内の一つをオレに渡して来た。
「たまには花でも飾ったら?お兄ちゃんの部屋って機能性とサッカーばっかり優先して、つまんないんだから」
 どんなに辛辣なことを言われても、反論して勝てる相手じゃない。
 言われるままにそれは、オレの机の上を飾ることとなった。






 次の日。
 まだ久保とオレしか来ていない部室の中で、着替えながら昨日の出来事を話した。
「咲いてる花を落とすんだぜ。やっぱもったいねえよな」
 笑いながら話したのだが、なぜか久保の顔はどんどん真面目になっていく。
「どうした?」
 訊ねると、困ったような複雑な表情で首を振った。
「もったいないだなんて…仕方ないじゃないか。その方が結果としては花のためなんだろ?それに…」
「それに?」
「神谷の部屋にいられるなんて、羨ましいなv」
 真面目な表情が一転して、いつもの『爽やかな笑顔』になっている。―まったくもって、脱力モノだ。
 だから…オレは気付けなかった。
 このときの久保の、本当の気持ちを…。












 落とされる花の気持ちを思ったのは、一年後のあの家の前でだった。
 もうこの世に久保は居ない。





 去年と同じよう咲いている花は、去年と同じように美しかった。













                          終わり 2001.5.19.





…花2題。ちょっとセンチにしてみました。今ちょうど花の季節なのでv