大塚繁樹の苦悩

なんなんだ・・、この光景は?
俺は思わず目の前の光景に、気を失いそうな感じがした。

今日は、練習試合のため、はるばる静岡まで電車で来た。(新設校なので部活のバスなんてものはないのだ)
 それはいい。練習試合も勝って結構いいものだった。・・それもいい。が・・・帰りの電車の中。俺はこの席に座ったことをふかーーーく後悔した。

この大塚繁樹様の目の前で・・こいつらはあ・・・。




「あ、ねえ神谷。その鰻ちょっと頂戴」

(久保・・わざわざハートでもついてそうな声で言うな)

「は?しゃーねーなあ」

(神谷、甘やかすなよ)

「わーい。あーん」

言って久保は大きく口を開ける。

「・・は?」

「食べさせてよ、神谷」

「自分で食え!」

「むーー」

いいながらじーーーっと久保は神谷を見つめる。

「・・・そんな目で見んじゃねーよ」

「神谷ぁぁぁ・・・」

うるるん・・・。そんな言葉でもつきそうなちょっと涙目(演技だろうけどな)になってさらに久保が神谷の顔を見つめる。

「うっ・・・」

「神谷ぁ〜・・お願いだからさぁ〜」

「・・だめだ!自分で食え。ほれ」

言って神谷は久保の弁当の隅に鰻を置いた。

「・・やだ。じゃあいらない」

「ガキ」

「ふん。いいよ別に。食べさせてくれないんなら・・・」

「・・なら?なんだよ?」

「・・・・・」

久保が神谷の耳元で何か囁く。

「!?」

神谷の顔が一瞬にして変わる。

(またろくでもねーこと言ったな・・・久保。ったく相変わらず神谷もばればれの反応しやがって)

「・・・だから、神谷。お願い」

「久保・・てめえ・・・」

「お願いだからさ」

「・・分かったよ・・・しゃねーな、ほい」

そう言って神谷は久保の弁当に置いた鰻を再び箸でもつ。

(あーあ・・・そんなんだから久保がつけあがるんだ)

「あーん」

ぱく。神谷はそうして、久保の口に鰻を放り込む。

「おいしーーー」

「ったく・・・・」

(それは俺のセリフなんだが・・・)

「ありがとう神谷」

「久保!」

だからだな・・・いちいち抱きつくな、久保。神谷もでかい声出すんじゃね―よ。ここは電車の中だぞ。ほら見ろ、他の客に注目されたじゃねーか。まあ・・お前らには見えてなんだけどな・・・。はあ・・・。




俺たちが座っているのは2・2で向かい合わせになっている席で、車両の一番隅の所だ。俺と赤堀、久保と神谷。俺たちはほんとに一番隅の、列車の中が見える方。久保と神谷は俺たちの正面・・つまり、壁の方を向いて座っている。・・というか、座らせた。

周辺一体も、掛高サッカー部メンバーで、他の客は付近にはいない。それぞれ、勝手に喋っている。強は・・窓の外を見て、こう光景を見て見ぬ振りをしている。・・後でおぼえとけよ、強。




あーー・・ったく、そんなにくっつくんじゃねえよ、お前らは。いくら俺たちがお前らの関係がどんなものか知ってるとはいえ・・・。

おい久保、それ神谷の好物だろ。食っちゃやばいんじゃ・・・食っちまった・・・。いくら神谷が見てないからってそれはやばいだろ。あ、ほれ神谷が気付いた。




「あ、おい、久保!」

「ん?」

「てめー食ったな」

「え?何?」

「・・俺が・・楽しみに最後に取っておいたのを分かってるくせに・・・」

「へへ?」

「・・・久保ぉおおおお」

「神谷?」

「・・・・」

「神谷ぁあ・・ごめん」

「へっ」

「ごめんってばああ〜」

「ふん」

「・・・しょうがないだろ・・。神谷の好物だったんだから」

「意味が成り立ってねーぞ」

「神谷の好きなものは俺の好きなものってこと」

「な!?」

(あーあ・・・またさらっとすげーこといいやがって・・・。神谷・・顔が赤いぞ。そんなんだから、久保につけこまれるんだよ。それより少しは抵抗しろよ)

「だから・・ごめん」

「・・・・・」

「・・ね、代わりにこれあげるから」

いいながら久保は何かを神谷の弁当の隅に置いた。

「・・おい」

「え?」

「なんで俺の好物食われたのに、お前の嫌いなもん、俺が食わなきゃいけないんだよ」

「だって、神谷これ嫌いじゃないでしょ?」

「だけど・・・・」

「だから」

「俺の好物はお前の好物なんだろ。俺の好物だ。ほれ、食え」

そうして、神谷はそれを久保の弁当の中に戻す。

「うう・・そう返してきたか・・・」

「おお、そう返した。はい、じゃあ、ちゃんと食べましょう」

「神谷ぁぁぁぁ・・・・・」

「だめだ」

「・・・神谷あ・・ねええ・・・お願い、お願い、おねがいいいい!!」

「うるせー!耳元で叫ぶな」

「だって」

「分かったよ。ほれ、入れろ」

「神谷!ありがとーー」




だから抱きつくなって。




「く・・!?」

「静かに。電車の中だよ」

「・・・・」

叫びそうになる神谷の口を軽く塞いで、笑顔で久保が言う。




いい心がけだ、久保。もうすでに手遅れなきはするがな。・・それ以前に、神谷に叫ばせるようなこと、してんのはお前だろうが。




「ん?何?大塚」

「は?」

「いや、なんかこっち見てるから」

「別に見たいわけじゃない」




(通路がわに顔をそむけたら、あっち側に座ってるやつらにこっち見られるかもしれんだろうが。もし、変なときに見られてみろ。お前らの関係、一発ばれだぞ?・・・と俺がここまで気をつかってやってるのに・・・)




「・・・」

「何だ、久保?」

「神谷はあげないよ?」

言って久保は神谷をぎゅっと抱きしめる。

「べつにいらん」

「うらやましい?」

「全然」

「むー」

「・・・久保」

「ん?何、神谷?」

「どけ」

「え?」

「早く離れろ。弁当食えねーじゃねーか」

「えー!?」

抱きついたまま久保が小さく不満の声をあげる。

「離れろ」

「はいはい」

名残惜しげながらも久保は神谷からはなれる。




神谷の機嫌を悪くさせると後々面倒だからな。

はあああああ・・・・・・・・。

俺はその日何度目かすでに分からないためいきをついた。




「なんだよ?」

そのためいきに反応したのか、神谷が斜め前からいつもの鋭い視線を向けてくる。

「何が?」

「なんかいいたげじゃねーか」

「別に何も」

「・・・・」

それでも神谷は疑い深そうにこっちを見てくる。

「なんだよ、神谷」

「んにゃ、別に」

言ってまた弁当を食べ始める。

「ふーん」

なんだかねえ・・・。




「・・・なあ、久保」

「ん?」

「これなんだと思う?」

箸でつつきながら(行儀悪いぞ)神谷が久保に尋ねる。

「これ?・・・なんだろ・・・」

「・・・・・」

「食べてみれば?」

「・・・」

久保が問うが、神谷はその気がまったくないようだ。

神谷は絶対に正体不明のものを口にはしない。

「・・食べてあげよっか?一口」

「よし、ほい」

言ってすぐに久保の弁当の中にそれを放り込む。

「・・もう・・神谷ってば・・・」

ぶつぶつ文句をいいながら、久保はそれを箸にとり、一口食べる。

「・・・・」

「・・・どうだ?」

神谷が横からじーっと眺めて問う。

「・・おいしいー。これ、おいしいよ」

「どれ」

久保の箸からそのまま神谷はそれを少し口に運ぶ。

「・・ね?」

「ああ・・・・・」

本当においしかったのか、神谷でさえ、久保に向かって少し笑みを浮かべている。




結局・・神谷も久保と変わらんじゃねーか。




ん?




神谷、お前いくつのガキだ?頬にご飯粒なんぞつけおって。久保にばれたら・・・やば。

「大塚?何見て・・・・・」

俺の視線に気付き久保がその先に目を向ける。

しまったあああああ・・・・・。大塚繁樹、一生の不覚じゃーーー。




「・・・・・」

「なんだよ?」

「・・・ぷっ」

少しの間じーっとそこを眺めていた久保は、一瞬の間の後、笑い出した。

「久保!?」

「ごめ・・・でも・・くくく」

「てめーー」

なんとかこらえようとしているが、こらえられないようで、久保は一生懸命止めようとしている。そんな久保の行動に神谷が、訳がわからず怒り始めた。




「ご飯粒ついてる」

「え?」




言うが早いか、久保は神谷の頬に口を近づけて・・・そのご飯粒をぺろっと口に含んだ。
ここからこの光景を見た人は・・頬にキスしているとしか見えないだろう。




「はい、とれたよ」

「・・・・・・」

「・・神谷?とれたってば」




あちゃー、神谷のやつ完全に固まってるな、ありゃ。たぶん久保のしたことについてけねーで頭がぶっとんだな・・・。・・・まあ・・気持ちがわからんでもないが・・。




「・・神谷ぁぁ」

お・・。戻ってきたな・・顔が赤くなっててるぞ・・・・。




って・・だからなぜ俺がこいつらの観察しなきゃなんねーんだああ!!




目の前では久保に対しキレた神谷がもくもくと弁当を食べ始めた。その横で半分マジで泣き顔で久保が謝っている。・・そうとうご立腹だな、ありゃ、神谷のやつ。




まだまだ・・・・掛川までの道は・・・遠い。・・・・はああ。








                    終わり 2001.6.15.に頂きましたv





笑いました!見事なバカップルぶりです!!大塚が不憫な…。そして私は性格赤堀かも(笑)