月光の下、咲き誇る華
桜の下で君が微笑う
君の微笑みは、まるで桜のよう
桜月夜
「久保ッ、さっきから全然飲んでないだろ!」
「飲んでるよ、ちゃんと」
飲めよっ、と言って神谷が押しつけた缶ビールを受け取り、久保は中身を口内に流し込んだ。
もうあまり残りの多くなかったそれはすぐに空になり、二人の横へ転がされる。
そんな風にして放り出された空缶が、二人の周りには大量に転がっている。
もうすっかりできあがってしまったらしい神谷の様子を見、久保は苦笑した。
「神谷、そろそろやめなよ。もうビールもなくなるし」
「まだいけるって!」
神谷の手からビールを奪い取ろうとして、かわされる。
顔をしかめる久保を尻目に、神谷が手にしたビールを一気に飲みほした。
「あぁ、もう……それで終わりだよ、神谷」
「何言ってんだよ、もう一缶あるだろ」
「これは俺が飲むの。神谷はもうおしまい」
「あっ、てめ!」
神谷が手を伸ばすより先に、久保はさっさと缶のプルタブを起こして飲み始めてしまう。
喉の動きと共にビールが飲みほされていくのを、神谷がうらめしげな瞳で見つめた。
その瞳は大分正体を失っているような光を宿している。
軽い苦味と炭酸が久保の舌を刺激し、アルコールが喉を通過するのを感じた。ただがビールとはいっても、一応
アルコールである事に変わりがない。多少、喉を焼く感覚もある。普段はあまり飲まないというのも原因だろう。
飲み慣れてはいないのだ。それは二人とも同じはずなのだが、それにしても神谷は
アルコールに弱い。
「神谷弱いんだから、あんまり飲んじゃ駄目だよ」
「お前が強いだけだろぉ?」
アルコールが回りきって、眠くなってきたのだろう。トロンとしてきた瞳で
神谷が久保を見つめる。
少し潤みがちの瞳や蒸気したような肌は、行為の際の様子を思わせて。
情動がきざしていくのを感じた。
「……眠いの、神谷?」
その身体を貪りたい気持ちを、すんでの所で押さえる。
明日も部活はあるし、二日酔いの上に腰が痛むなどという事になれば、神谷が辛いのは見えている。
その思いだけで手を出すのを踏みとどまり、身体の中で芽生えようとしていた熱をごまかすようにして
神谷に声をかける。
「ん、少し……」
眠気のために伏せがちの目をこすり、神谷が答える。まばたきの回数も随分多くなっていて、
かなり眠そうだ。
「少し寝てもいいよ。しばらくしたら起こしてあげるから」
「……ん、じゃ頼む」
そう言うと、神谷は久保を手招きし、近くに座らせ、足の開き具合まで調節し出した。
「か、神谷?」
「じゃ、寝るわ」
久保の足を枕にして、神谷が横になった。最初はしっくりこないのかモゾモゾ動いていたが、
その内落ち着いて静かになった。
「……人の気も知らないで」
久保の中にきざす情動に気付いていないのだろうその行動に、思わずため息が漏れる。
「ほんっと、無防備だな……」
その無防備さが嬉しいのも事実で。 結局の所、自分が神谷の事が愛しくて仕方がないことを再認識する。
そんな自分が馬鹿みたいだと思い、久保は声を押し殺して笑った。
「……桜ってさ」
「…何?」
てっきり寝ていると思っていた神谷が急にポツリと呟きをおとした。
うまく聞き取れずに聞き返すと、どこか夢の中にいるような口調で言葉が紡がれる。
「桜ってさ、何か……お前に似てる」
「俺に?……どんな所が?」
ひどく以外な事を久保は言われて戸惑うが、そんな事を悟らせないように優しい口調で聞き返した。
「何かさ、みんなが惹かれる所とか。すげー綺麗で圧倒的な存在感放ちまくってんのに、どっか危うげでさ。
……どっか、すぐに消えてっちゃうんじゃないかって。そう思って」
馬鹿みてーだけど、と神谷が笑う。
けれど、久保には笑えなかった。
何気なく発されたはずの言葉に、胸をつかれる。
病気の事は何一つ知らないはずの神谷。
知らず知らずの内に態度に出てしまったのかと、不安になる。
「……俺は消えたりしないよ。ちゃんとここにいるだろ?」
「だから、何となくだって…」
「どこにも、いったりしないから。ずっと神谷の傍にいる。ずっと一緒にいるから」
「もうわかったって。そんなムキになるなよ……」
困ったような、呆れたような神谷の声。
久保が口にするのは……それは願いだ。
叶うわけもない、唯一叶えたい願い。
そんな事は無理だと、わかっているけれど。
それでも願わずにはいられなくて。
せめて、命がつきるまでは、神谷と一緒に駆けていたい。
「…そうだね。でも、俺からしたら神谷の方が桜みたいだ」
「何言ってんだよ」
「ほんと。綺麗で、儚くて。折ろうと思えばすぐに折れちゃうぐらい弱い。でも、こんなにたくさんの華を咲かせるだけの生命力を持ってる。
そして、また春が来れば蕾をつけて、華が咲くんだ。強さも弱さもある所が、神谷にそっくり」
「恥ずかしい奴……」
久保の言葉に照れ、神谷が身体を起こした。
もう酔いもほとんど醒めたのだろう、先刻よりもしっかりとした動作をする。
「神谷」
「…っ!?」
名前を呼ばれ、振り向きざまに口唇が重なった。
軽い、羽で触れるようなキス。
それで一気に覚醒したのか、神谷の顔が赤らむ。
「神谷、頬も口唇も桜みたい」
「…っ、この馬鹿!」
「帰ろっか」
神谷の反応を無視して、久保が笑いかける。そしてそのまま片付けを始めた。
そこまであっさりされては神谷もそれ以上騒ぎようもなく、黙って片付けを手伝う。
それほどちらかしたわけではないので片付けはすぐに終わり、ゴミを捨てて手を洗うと、久保はごく自然に
神谷に手を差し出した。
「帰ろう、神谷」
普段なら拒む神谷だったが、この桜と月に酔ったような気分ではそんな事も思いもせず。
差し出された久保の手に自分の手を預け、歩き始めた。
来年の春、きっと俺はここにはいないね
でも、だから覚えていて
俺が桜のようだと言うなら
桜を見る度に、どうか
どうか、俺を思い出して
そうしたら、春が来る度に俺は君の傍にいられるから
どうか覚えていて
この夜の事
・はい、7HITのキリリクでした。えっと、テーマは「花見で少々酒の入った久保と神谷」だったはずなんですが……。
すみません、マイケルの技量じゃ色っぽくも何ともありません!まりこさんが
期待していたような小説には全くなってませんね(汗)。申しわけないです……。
しかも何だか暗い(泣)。本当にごめんなさい!!
でも、一応7HITのキリリク小説という事で、捧げさせていただきます。本当に申しわけありませんでした!