あなたの傍にいる時間が好き


あなたが傍にいる時の自分が好き






あなたが傍にいれば、どんなものだって好きになれる


ずっとずっと一緒にいようよ





























あなたがいるから





















 夕日の差し込む教室は秘め事の匂いがする。





 机をはさむ形で向かい合った神谷がノートに文を綴っていくのを見つめながら、 馬堀はそんな事を考えていた。
 それが、自分の教室でないなら尚更。
 自分の居場所ではないという異和感は、初めて友達の部屋に入った時の緊張感に似ている。
 神谷の方は自分の教室だから、すっかりリラックスしている。
 この教室で神谷が過ごしているのを想像しようとして失敗した。
 イメージできない。イメージしたくないのかもしれない。
 自分の教室で……三年の教室で過ごす神谷。
 何となく、疎外感を覚える。

(まぁ、教室にいる時よりもたくさんの神谷さんを知ってるつもりだけどさ)




 夕日に朱く染まった神谷はどこか儚く、綺麗だ。
 俯きがちになった顔の、睫毛の長さが強調されて見える。
 ……雰囲気とはうって変わって、色気のない事しかしていないけれど。


「……こんなカンジか?」
「あ、えっとですね…ここのitはあんまり意識しない方がいいですよ。訳がぎこちなくなっちゃうから」

 どうやら訳が終わったらしい。
 請われてノートを覗き込み、間違っている所がないか確認の目を滑らせる。


 神谷は英語が苦手だ。
 馬堀の場合はブラジルにいたとはいえ、一応英語も話せるから得意教科で。
 1週間後に控えたテストを前にして、神谷に英語を教える事になっていた。

「じゃあ……こうか?」
「そうです。ほら、この方が自然でしょ?訳が自然だと、テストの採点の時に心証よくなりますよ。成積つける時も、同点の場合はそういうので判断する人もいるし」
「こんな所でもマリーシア?」

 いたずらっぽい笑みを含んだ瞳に少しだけ脈が早まる。
 バレないように、ふざけた口調で返した。

「違いますよ〜。ちゃんとした戦略ですってば」
「よく言うよ」
「うわ、ひどっ」

 傷付いたっ、と言って馬堀は両手で顔を覆ってみせる。
 軽く笑う神谷の声。
 柔らかなその響きが好きだと思う。

「まぁ、お前が英語得意で助かったよ。こういうのは、やっぱ喋れる奴に教わるのが一番だもんな」
「ブラジルでも英語は喋れた方がいいっていうから、必死で覚えましたよ。実際、使えた方がやっぱり便利だったし」
「お前ってさ、ブラジルのどこにいたんだ?」

 神谷の方からこういう事を聞いてきたのは初めてで、馬堀は少し意外に思いながら口を開いた。

「リオの中心部です」
「リオって……あのカーニバルで有名なリオ?」
「カーニバルだけじゃないんですけどね……。まぁ、そうですよ。父親の仕事で行ったんで、結構大きい都市でしたね。ブラジルじゃ、2番か3番ぐらいには大きいと思いますけど」
「サッカー、そこで覚えたのか?」

 やっぱブラジルと言えばサッカーだろ、と神谷が目を輝かせる。

「サッカーは行く前から好きでしたよ?親父が子供と遊ぶの好きだったから、よく庭で二人でサッカーやったり。……でも、向こうに行って呆然ですよ。今まで俺がやってたのは玉遊びだって思い知らされましたもん。ほんと、日本とは全然違ってて」
「そりゃそうだよな」
「あそこで俺のサッカー観が築かれたと言っても過言じゃないです。今俺が掛川でセンターやってられるのも、あそこに行ってたからだと思うし。色々なテクニックを教わってましたね。毎日が勉強ってカンジですよ」

 自分よりも年下でも、すごいテクニックを持っている人間がたくさんいた。
 くだらないプライドは行ってすぐに掻き消えて、ただ誰からでも技術を盗んでやろうと必死になった。
 その努力があって、今の自分がここに存在する。
 神谷の傍にいられる。

「マリーシアとか?」
「あくまでマリーシアにこだわりますか?もう、それ以外にも細かい所で俺の実になってるんです!」

 神谷がからかうように聞いてきて、馬堀は机を軽く叩いて反論した。

「だって、お前マリーシアのインパクト強すぎ」
「……かっこよかったでしょ?」

 馬堀の言葉に、一気に神谷の顔が赤くなる。
 夕日であまりわからないのが惜しい。

「なっ、馬鹿言ってんじゃねぇっ!あん時俺が教えなかったら二人とも奥山に引っかかってやられてたんだぞ!」
「神谷さんの愛を感じましたよ俺。あぁ、信頼されてるなーってvv」

 言葉に詰って、神谷が口惜しそうな表情を見せる。
 こういうふとした時に見せてくれる子供っぽい所も好きだと思う。

「……いつか行きましょうね、二人で」
「え?」
「ブラジル。リオには有名なサッカー場もあるし。自然が溢れてて綺麗だし。神谷さんもきっと気に入りますよ」

 急に話題を切り換えられて混乱する神谷に、微笑みながら言う。

「いつか、一緒に行きましょう」
「……あぁ、そうだな」

 返される微笑みに、幸せを感じる。
 幸せというのは、ささいな事の積み重ねなんだと思った。

「……そろそろ出ません?続きは俺の家ででも」
「別にいいけど……手ェ出すなよ」
「えっ!?ちょっとぐらいいいじゃないですか」
「却下」
「……じゃあ、テスト終わってからにします。神谷さんの英語の点があがったらご褒美下さいね?」

 あー、ご褒美楽しみだなぁと神谷の反応を見ずに馬堀は浮かれモードに入り、さっさと鞄に筆記用具を詰め始めた。

「ご褒美やるだなんて俺は一言も言ってねえぞ!」
「え?何て言ってないって?」
「だから、ご褒美やるだなんて……」
「はい、言いましたね?やった、神谷さんに何してもらおうかな〜」

 神谷をはめる事に成功して、馬堀は鞄を持って立ちあがった。

「ほら、早く行きましょう。手は出さないから、泊まってってくれますよね?」
「……テストの点があがらなかった半殺しな」
「嫌だなぁ、あがらないわけないじゃないですか。俺の愛で神谷さんの英語はばっちりですよ。で、神谷さんの愛で俺の数学もばっちり」

 言うなり、すばやく神谷の頬に軽いキスをする。
 顔が朱いのは、夕日だけのせいではないはず。

「神谷さん、顔まっかでかわいい」
「これはっ、太陽のせいだろ!」

 もう何でもいいから帰るぞっ、と神谷は鞄の中にノート類をしまってさっさと教室を出ようとする。
 その横に並んで、馬堀も教室を後にした。
























「あー、今日の夕日ってすっげ綺麗じゃねぇ?」
「本当だ……珍しいですね、こんなオレンジなの」
「なぁ、ブラジルの夕日とどっちが綺麗?」

 神谷が笑顔で馬堀を見て聞く。
 小首をかしげて聞く仕草は無意識なんだろうが、かなりかわいい。

(絶対、自覚ないよこの人……)

 内心ドキドキもので、でもそれを悟られないように笑顔で答える。

「ブラジルの夕日も綺麗でしたよ。でも、俺は日本の夕日の方が好きですね」
「どの辺が?」

 こんな事言ったらまた神谷が照れる事はわかっていたけど、本心だから口にする。
 嘘でこんな事、神谷に言うわけがない。
 本気の相手には、戯言の口説き文句なんか出ないのだ。

「だって、ブラジルには神谷さんがいなかったから」
「なっ……」
「神谷さんが隣にいてくれるから、俺は日本の夕日が好きです。それがどんな景色でも、神谷さんと見るならすごく綺麗に見える。だから、神谷さんとブラジルに行ったら、俺はブラジルの夕日も大好きになりますよ」

(あぁ、やっぱ照れてるな)

 神谷が顔を背けるのは照れている時が多い。
 きっと振り向かせたら真っ赤になっているに違いない。

「……お前、馬鹿じゃねぇの」
「馬鹿でいいですよ。俺は神谷さん馬鹿だから」
「何だよそれ」
「神谷さんしか見えてませんって事ですよ」

 呆れたような神谷の問いに、はっきりと断言する。

「お前なぁ……」
「もう、早くしないと時間なくなっちゃいますよ!ぱっぱと俺の家に行きましょう!」
「手を握るな手を!!」

 どさくさ紛れに神谷の手を握り、馬堀が軽く走り出した。
 引き摺られて神谷も走り出す。
 もちろん、馬堀の手は途中で振り払ったけれど。
































 今日の夕日は、今まで見た中で一番綺麗だと思ったなんて事、絶対に馬堀には言ってやらない。





・11HITのリク小説でした。どうでしょう、テーマに添ってないかもしれません……何かイチャついてるだけな話ですね。申し訳ないデス。馬神は甘くなりやすいようです。ブラジルの資料は何の役にも立ちませんでした。もっとこう、色々調べたんですけど、馬堀がガイドさんみたいになっちゃってやめたんですよ。そしたらこんなサラッとしか触れられなかった……(泣)。毎度毎度、テーマに添ってないものばかり書いてごめんなさい。600HITはもっとリク通りになるように頑張ります。マイケルを見捨てないで下さい……。