予感

 楽しい夢を、見ていた気がする。
 なのに目を醒したのと同時に、内容を忘れてしまった。
 寝起きのぼうっとした頭で何とか思いだそうとはしたのだけど、どうにも思いだすことが出来ない。
 もどかしさに髪に差し込んだ手で頭皮を掻いて、やがて諦めるとベッドから起きあがった。
 カーテンを開けて見た早朝の町は、まだ人影もなく、何かの予感を秘めたまま目覚めを待っている。登り始めの太陽の光は淡く、雲一つ無い空に輝いているのは鳥の囀(さえず)り「だけ。
 深呼吸をしてから洗面所に顔を洗いに行くと、ちょうど起きてきた母親と鉢合わせた。
「おはよう」
 挨拶をすると、
「あら、こんなに早起きするなんて久しぶりね。昨日返ってきたの遅かったのに、良く起きれたね」
 からかうような返事が返ってきた。
「なんだよ。オレが早く起きちゃ悪いのかよ」
 ふて腐れたように母親を見下ろすが、
「未成年のくせに酔っぱらって帰って来て。てっきり今日は朝練無しかと思ってたわよ」
 母親は動じずに笑い放った。
 そう、昨晩は一年共の歓迎会で、居酒屋から田仲の家へとはしごして飲みまくっていたのだ。とは言っても途中からの記憶は無く、気が付いた時には田仲の父親が運転する車の中で、大塚と赤堀に両側から支えられるようにして座っていた。
 家に着いたのは日付が変わる寸前で、…5時間位しか眠っていない。
 それでも不思議と気分は良く、どうやらこの気分の高揚は、忘れてしまった夢のおかげのようだった。
「練習はするさ。いつあいつが帰って来てもいいようにな」
「久保くんね」
「ああ」
 答えながら、自然に笑みが浮かぶ。
「あら、お前のそんな顔、久しぶりに見たわ」
 母親が嬉しそうに微笑む。
「?」
「この所、ずっとつまらなそうな難しい顔をしてたでしょ。今の顔、とっても楽しそう」
「そんなにつまらなそうだったか?」
「すごくね」
 母親の言葉に考え込んでしまう。
 しかしそれもほんの僅かな時間で、母親が朝食の準備をする為に台所に消えると同時に身支度を再開した。
 歯を磨き、顔を洗い、昨晩風呂に入らなかったことを思いだして大急ぎでシャワーを浴びる。
 いつもの寝起きの悪さはどこへやら。支度を整え家を出る頃には、鼻歌が出るほどの上機嫌だった。
 不思議な予感がする。
 去年からの仲間に加えて磨きがいのある新入り達。掛川は確実に強くなる。
「あいつに教えたら、大喜びするだろうな」
 どうしても浮かんでしまうニヤつきを抑えられない。
 足取りも軽く、朝の町を駆け抜ける。





―そしてこの日、彼は待ち望んでいた片翼との再会を果たす事となる。
 それは同時に、生涯で一番大切な日々の再開でもあった。







                                              終わり





 ★元は修羅場中の友人(神谷梨宇さん)へ応援FAXしたSSです。
  たいていのFAXは壊れたネタが多かったのですが、これは珍しくまとも(笑)




                                   1995年2or3月頃脱稿
                                   初出:Life Long サークル・STUDIOえんぶれむさま
                                   「REMIXES<passion>」収録(完売・絶版)


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