Hのあとに I(愛)がある
(上機嫌 HIGH SPIRITS)

 秋が来て、真夏の国から彼が来た。
 ブラジル帰りのテクニシャン・馬堀圭吾。
 バツグンのサッカーセンスの持ち主で、最初こそそのマイペースに部員との反目もあったけれども、今では大切な『自由なサッカー仲間』となった。
 そして勿論のこと、本場ブラジル仕込みの『ラテン系の男』でもある。
 サービス精神旺盛で、人懐っこく、女の子と見ればナンパせずにはおかれない性格をしている。
 ルックスもアイドル系で、いつの間にやら学校中の名物男になっていた。



 今日も今日とて、昼休みの教室は、女の子に囲まれた馬堀の独断場となっていた。
 身振り手振りを交えて、面白可笑しい会話をする。
「で、そいつったら真っ青になって『親父に渡すプレゼントと間違えた!』だってさ」
「キャーvドジ〜!」
「で、どうしたの?」
「それからさぁ…」
 黄色い声の集団から少し離れて、食事をしながらその様子を眺めるトシとケンジの姿があった。
「相変わらず、あいつ騒がしいな」
 空いていた机の上に腰を下ろしたケンジが、眉を顰めて呟いた。
「そうかな、転校したてでああも馴染めるっていうのも、いいんじゃないか?」
 庇いながら、トシは最後の一つになったミニあんパンを手に取った。
「あ〜!オレが食おうと思ってたのに!」
「おそ〜い。こういうもんは早い者勝ち!」
 ケンジの非難を物ともせず、トシは実に旨そうにあんパンを口にした。
「クソ〜ッ、覚えてろよ」
「もう忘れたよ〜v」
 中学時代と変わらないじゃれ合いが始まる。
 そんな二人など無視をして、『ラテン系グループ』の方は、別の話題で盛り上がっていた。
「馬堀くんって誰にでも好きって言うけど、本当は誰が一番好きなの?」
「あっ!それ私も知りたい」
「ねぇ、誰なの〜?」
『好き』を連発していた馬堀に、女の子の突っ込みが入った。とは言っても、女の子の方も半分本気らしいのだけど…。
 ここでごまかせれば良いものの、どうも持ち前のサービス精神が邪魔をしてしまったらしい。しばらく考え込んでいた馬堀はどうやら結論に達したらしく、ポンとかるく手を打ち鳴らした。
「そっか!一番好きって言ったら、やっぱあいつだな」
 あまりにも明るい馬堀の表情に、女の子達の瞳が興味に輝いた。
「で、だあれ?」
「トシだよ」
 しれっと言い放つ。
「トシって…田仲…くん?」
「うん、そうv」
 間髪入れずに頷いた。
「ええっ〜!」
「キャ〜ッ、いや〜っ!」
 途端に嬉しいとも嫌とも取れる悲鳴が上がる。
 クラス中の視線が馬堀に集まった。もちろんトシとケンジもふざけ合いを止めて観衆に混じっている。
 そして馬堀がトドメの宣言を放った。
「馬堀圭吾、同じクラスのトシ・こと田仲俊彦を一番好きだと告白します!」
―――クラス中が、まるで地震のように揺れた。
「馬堀ぃ〜!そのジョーク最高!」
「私、断然応援するわv」
 その場に居合わせた全員が、それを馬堀お得意の冗談だと受け取った。
「おいトシ、モテるじゃないかぁ。このっ、このっ!」
「ケンジ止めろよ〜。馬堀も冗談キツイよ」
 ケンジに脇腹を小突かれながらも、トシは馬堀に困った顔で訴えた。
 そんな様に、馬堀の表情が不機嫌なものに変わる。
「なんだよ、一大決心して告白したって言うのに」
 ムッカリしたままトシに詰め寄る。
「オレ、お前の左シュートに一目惚れだったんだぞ!」
「だからってさ…」
「え〜い!こうなったら証拠を見せてやる!好きだからな!」
 いきなり両手で頬を挟み込むと、ぶつけるようなキスをした。
「キャァァ〜!」
 一斉に上がる叫び声…。
「本気だからこんな事も出来るんだからな!」
 唇を離すと、怒ったままに言い放つ。
 キスされたトシの方は、可哀想に半べそ状態になっている。
「てめぇ、くそカマホリ!トシを離しやがれ!」
 最初に我に返ったケンジが馬堀に飛び掛かる。
 それを馬堀は華麗なフェイントで避け、余裕の微笑みを見せた。
「なんだ、ケンジもトシが好きなんだ。でも渡さないよv」
 またもやクラスは黄色い声に包まれた。
 途端にケンジが真っ赤になる。
「馬鹿野郎!てめぇと一緒に寸名!オレが好きなのは夏…言わすな!」
 思わずトシの姉さんが好きだと叫びそうになって慌てる。
「じゃ、オレがトシを好きでも全然構わないじゃないか」
「構うんだよ!バ〜カ!」
 未来の義弟をホモにされてはならないのだ。夏子がホモの弟を持って肩身を狭くする事など耐えられない。
「とにかく、オレはトシが好きなの!」
「だ〜から、ダメだって!」
「じゃ、トシに訊いてみようぜ」
 全員の視線がトシに集まる。
「トシ、オレの事どう思う?」
「こんな奴、殴っちまえ!」
 二人に挟まれ、トシの思考が混乱する。
 第一トシは一美が好きなのだ。カズヒロの手前もあって告白できないでいるが、いつかは…と考えている。
『今日、一美が休みで良かった』
―それが正直な気持ち。こんな所を見られたら、告白なんて一生出来なくなっていただろう。
「田仲くん、早く答えてあげなさいよ」
「男らしくねぇぞ、田仲ぁ!」
 関係ない奴らは、好き勝手なヤジを飛ばす。
「トシぃ、オレのこと、嫌い?」
 うるうると瞳を潤ませ見詰めてくる。そんな視線にトシの思考は完全に停止してしまった。
 立って目を開けたまま気絶状態のトシに、馬堀はまたもや触れるだけの軽いキスを送った。
 身体中の血が引いていくのを感じる。
 トシは目の前が暗くなるのに逆らわず、その場に倒れ込んだ。
「トシ!―この馬鹿カマ堀!」
 ケンジの睨み付けも、馬堀は舌をチョロリと出して軽く受け流した。







 どうも今日はトシの動きが悪い。
 ケンジもやけにカッカとしている。
「おい、あいつら何かあったのか?」
 馬堀とパス練をしていたカズヒロを捕まえて、神谷が訊く。
「ああ、それなら馬堀に訊いてくださいよ。こいつが原因なんだから」
 苦笑するカズヒロに促されて、神谷は同じ質問を馬堀にした。
「何でもありませんよ。ただ、好きだと告白してキスしただけです」
「はぁぁ?」
 神谷の頭の中は、一面「?」で埋め尽くされた。
 馬堀はというと、ニコニコと笑みを絶やさない。
「で、誰が誰にキスをしたって?」
「だから、オレがトシにですってば」
 ますます『?』が飛び交う。
「おまえ、マジ可?」
「やだなぁ、好きなもんは好きなんスから。好きならキスすんの当然でしょ?」
 そう言えば、今日はやけにギャラリーが多い。それもあからさまに興味津々という感じだ。
…原因はここにいる新入りらしい。
 とにかくキャプテンの自分が納めねばならないと判断する。
 何せトシは大事なエースストライカーなのだし、馬堀も自分と並んで中盤の要になっているのだから。
『こんな事で、久保と作り上げたチームを台無しにさせるものか!』
―悲壮な決心だった。
「…で、トシは何だって?」
 訊かれて馬堀は肩を竦めた。
「答えを聞く前に気絶されちゃいまして。あいつさっきまで保健室だったんですよ。やっと練習に出てきたと思ったら、近付いてもくれませんし」
 悪びれもせず言い放つ馬堀に軽い目眩を感じる。どうもラテン系は苦手だ。
「まったくしょうがねぇな…。おい馬堀、お前オレのこと、前に好きだと言ったな」
 馬堀の『好き』は挨拶代わりみたいな所があって、ちょっとでも気に入った相手なら、すぐに好きを連呼する。
神谷も練習中に『好き』を言われ続けていた。
「当然じゃないっスか。キャプテンは尊敬してますし、好きですよ」
「そうか…」
 神谷は心の中で、今は亡き久保に『すまん』と許しを仰いだ。
「おい、田仲、こっちへ来い」
 壁際で左の練習をしているトシを呼びつけた。
 トシは神谷の横に馬堀が居るのに気が付いて一瞬足を止めたが、キャプテン命令に渋々と近寄ってきた。
 馬堀との間に充分距離を取って、神谷に向かい合う。
「何ですか?」
 しかし、神谷は馬堀の方に向き直った。
「馬堀、さっきお前、好きだからキスをするのは当然と言ったな」
「?はい、言いました」
「オレの事も好きだと言ったな。ならオレにキスをしろ!」
 思い切るように、力一杯命令する。
「はぁ、良いですよ」
 目を丸くしたトシの前で、馬堀は神谷の頬にキスをした。
 フェンスの向こうから、見物客の黄色い声が上がるのが解った。グラウンドの仲間も、練習を止めて立ち尽くしている。
 キスされた頬をゲンコツで擦りながら、今度こそ神谷はトシに向き直った。
「ラテンの男なんてこんなもんだ。好きと言ってはキスをする。挨拶みたいなものだから気にするな!」
「…神谷先輩…」
 トシは神谷の気遣いに、真剣に感激していた。自分を立ち直させるために馬堀にキスをせがむなんて、普通じゃ出来る事じゃない。
「田仲、気にするな!」
「先輩!」
 肩に置かれた力強い手に、トシは心強さを感じ取った。
―…だがしかし…。
「あのぅ、オレ、トシには唇にキスしたんだけど」
 馬堀がのんびりと言い放つ。
 神谷の瞳が驚愕に見開かれ、トシの表情は不安げに歪んだ。
「そりゃあ挨拶にキスすんのぐらい訳ないですよ。でも、やっぱブラジル居たからって口にゃキスしませんよ。
一応これでも日本人ですから。トシは特別って事です」
「うわぁぁ〜っ!」
 遂に耐えきれなくなって、トシが叫び出す。
 神谷の腕を振りきって、駆け出す。
―が、その身体は素早く動いた馬堀に抱きとめられてしまった。
「神谷さんにキスしてもトキメかないや。やっぱ、お前が一番!」
 今までで一番深いキスを送る。
「カマ堀ぃ〜!てめ〜えっ!」 
 ケンジがゴールポストから凄い形相でダッシュして来る。
 気付いてトシを離すと、馬堀はサッカーボールをドリブルしながら逃げ出した。
「なんかあの二人、仲が良いのか悪いのか…」
 追いかけっこをする馬堀とケンジを見て、カズヒロが呟く。
「トシ、オレが何とかする。耐えろ!」
 神谷の約束だけが、今のトシの心の支えだった。





 ちなみにその夜、久保の写真を前に一人項垂れる神谷の姿があったのは、言うまでもない。






                                              終わり


 ★ははは(笑)これが個人誌の第一冊目です。
  (そう!銀のシュート!同人誌スタートは馬×トシなんですよv)
  この後シリーズは続き、今ではこの二人、ラブラブです。

                                                       


                                   1994年4月14日脱稿
                                   初出:HのあとにはIがある サークル・ECTOGENE
                                   「Bitter Sweet Samba」収録(再版発売中!)
はーとv