誰にも言えない |
誰にも言えない事がある。 「なぁ、いい加減こういうのやめないか?」 抱き寄せた腕の中で神谷が呟く。 「なんで?」 耳たぶを含みながら訊ねると、頭を振られ引き剥がされた。 間近に見る表情は、怒ってはいるのだけれど…まるで泣き出す寸前のようだ。 「なんでって…!?」 ギリリと睨み付ける瞳が潤んでいる。 それがまるで誘っているように見えて、少し強引に口付けた。 柔らかな唇は瞬間に硬直し、堅く引き締めすぎて痙攣している。そんな拒絶さえ愛しくてたまらない。 あやすように何度もキスをしなおすと、やがて諦めたように唇が軽く開かれた。 許しを得て、深い口付けを交わす。舌を絡め、息を溶かし合う。 最近神谷が言い出すようになった『関係の終了』を、その度にこうやって塞いでしまう。 ごめん、オレは卑怯だ。 本当はおまえの言うとおり、こんな関係は終わりにしなくてはいけないと解っているのに……どうしても止められないんだ。 離せない。離したくない。 身体と心の全てが求めてしまう。 キスをされ、ぼうっとし始めてしまった頭で考える。 久保のキスは優しい。 もっとも他の誰ともしたことがないから比較のしようはないんだけど、たぶんこいつのは上手いんだと思う。 おかげで抵抗できなくなってしまう。キスされるともっと欲しくなって、身体が熱くなってしまう。 ─初めてキスをしたのは、受験勉強であいつの部屋に泊まっていたときだった。 勉強疲れの息抜き、お遊びのつもりだったのに、興味本位でBまでしてしまったのが間違いの始まりだ。 それがどんどんエスカレートしちまって……掛川合格が決まったその夜に、最後まで行ってしまった。 どんなだったかなんて覚えちゃいない。あのときは隠れて飲んでた酒に酔っぱらって、オレも久保も普通じゃなかったから。 だけど、朝のことは覚えている。 痛みと怠さで普段以上に寝起きの悪いオレを、久保は心配のあまり顔色を真っ青にして覗き込んでいた。 それがなんだか滑稽で思わず笑ってしまうと、ほっとしたように笑い返してきた。 あれから一ヶ月半。3日と空けずに抱き合って、オレたちはすっかりセックスにはまってしまっていた。 痛いのも苦しいのも飛び越えて、感覚を追い上げ合うのが楽しかったんだ。 正直に言えば、サッカーとはまた違う興奮が確かにあった。 でももう…いい加減やめなくちゃダメなんだ。 このままじゃぁ、きっとダメになる。 だけど、もう…… 身体が揺れだしている。 月明かりだけが差し込む部屋に、ピチャリと湿った音が響く。深い口付けが、急速に二人から羞恥心を奪ってゆく。 立っていられなくなった神谷を、久保は自分のベッドへと導いた。 仰向けに横たわらせて、シャツを脱がせ、現れた素肌に唇を落とす。 「……ぁ」 小さく吸い上げられて、神谷の身体が撓る。 触れられてしまえば後戻りは出来ない。もう身体が覚えてしまっている。 どんな風に自分たちは求め合うのか、どうすればいっそう感じられるのか。 自ら腰を軽く上げ、衣服を脱がす久保に協力する。 ズボンや下着、靴下まで脱がされて、全裸の肌が微かに朱に染まった。 ミぶり始まってしまった性器が叢から緩やかな角度で立ち上がり、存在を訴えている。 居直った神谷は、着衣のままの久保を引き寄せて胸に抱き込んだ。 「これが最後だからな」 しかし訴えは、またも口付けで塞がれた。 「……う……む、うぅ…」 今度は振り払うことが出来なかった。 そのまま久保の手が、神谷の隅々をまさぐり始めた。 大切なものを確かめるように慎重に、神谷の感じる所は少し乱暴なぐらい執拗に。 今や神谷のものは堅く立ち上がり、久保の服を濡らしていた。自然と腰が揺れ始めてしまう。 神谷のそんな一つ一つの身体の変化がが、愛しくて切ない。 最後まで触れ合うために、久保も衣服を脱いでゆく。─途中からは神谷も手伝って。 ようやく神谷が抱き締めてくれた。 こうやって素肌で触れ合うとホッとする。 暖かい。暖かくてドキドキして、まるで始めから一つの存在みたいだ。 だけど……心がすれ違っている。 今はまだ小さくて、サッカーにも影響は出ていないけど、いつかはきっと大きな亀裂になってしまう。 解っている。こんな関係を神谷は望んでいないんだ。 策を練って結んだ初体験も、神谷にとっては酔った勢いの出来事ぐらいにしか思っていないんだろう。 こうやって抱き合うのもただの好奇心で、気持ちが良いからつきあってくれている。 やっぱり男同士でだなんて不自然なんだ。 でも……だけど、どうしても神谷が欲しいというオレの気持ちは不自然なのか? 神谷の全部が欲しい。 心も、身体も。 どっちかだけじゃイヤだ。全部が欲しい。 なのに身体を重ねるたびに、心が少しずつずれていく。 繋ぎ止めるように、いっそう激しく神谷を抱いてしまう。 悪循環だ。 ダメだ。このままじゃオレたちきっと、ダメになる。 このごろの久保は、オレを抱きながら哀しく苦しそうな表情を見せる事がある。 ほら、こんな風に。 涙を流さないのが不思議な位に表情を歪めて、隠すようにオレの肩口に顔を埋める。 しばらくそうしてから首筋にキスしてくるんだけど、そんなことで誤魔化せるとでも思っているんだろうか? 荒い息と共に唇と舌がオレを追い上げようとする。 確かにそこは気持ちの良いところの一つなんだけど、あんな表情見せられた後じゃどう反応したらいい? ─―いっそ、気持ちいいだけなら良かったんだ。 だったらまだ、続けられた。 確かに男同士でセックスなんて、変だという意識はある。 でもこいつとだったら多少の『いけないこと』もしてかまわないと思っていた。 そのくらいの腹が据わって無くっちゃ、ゼロからサッカー部を作って国立を狙おうなんて野望を抱くもんか! だから、あんな表情なんか見たくなかった。 オレを抱きながら時折見せる、一人で苦しんでいるような顔。 こんなに側にいるのに、抱き合っているのに、勝手に一人になろうとしている。 オレを一人にしようとしている。 オレはもう……一人はイヤなんだ。 誰にも言えない事がある。 本当は叫びたいのに。 首筋から鎖骨を辿り、唇が心臓の側で色付いた乳首を捕らえた。 軽く含んでから、甘噛みする。 途端に神谷の身体が跳ねた。 女性と違って小さい突起でしかないこんな場所が、何でこんなに気持ち良いのかが不思議だ。 「あっ……!」 思わず零れた神谷の声に、久保は舌先で転がすように押しつぶした。 口の中で、それは少しずつ堅くなってくる。 神谷の興奮の度合いを測るように乳首に舌を絡め吸いながら、そっと手を別の熱源に伸ばして行く。 久保の手の行き先を知っている神谷は、しばらく躊躇った後、足を開いて久保の身体が動きやすいようにした。 手が神谷の、熱い液を纏って震えている性器にたどり着いた。優しく包み込む。 手慣れた仕草で扱いてやると、一層の熱を発して雫を零していく。 「! ぅ……」 声を潜めて、神谷が喘ぐ。 声に誘われて久保は乳首への愛撫を止めて、身を乗り上げた。 神谷の顔を、真上から見下ろす。 目を閉じて嫌々をするように緩やかに首を振り、与えられる感覚に酔っている。 その様子が、どんなに久保を煽っているのか、神谷は知らない。 「神谷……」 そうっと名を呼ぶと、ゆっくりと瞼が上がって視線が絡んだ。 「はっ……あ、く……ぼぉ」 途切れる声で返事をして、それまでシーツを握っていた手を離すとお返しとばかりに久保の性器を握り込んだ。 少し乱暴に握られて、だけど気持ちよさに久保が切なそうに顔を顰めた。思わず溜息が漏れる。 互いの熱を扱き合い、感覚を追いつめて行く。 気持ち良い。 マスターベーションでは感じられないほどの恍惚感に襲われる。 荒い息を溶け合わせるように、自然にキスを交わす。 ゆっくりと神谷の膝が立てられ、足で久保の身体を挟んだ。 互いを扱く手が密着する。 ただ扱くだけの動きが、あからさまに相手を追い上げる意図的なものに変わっていた。 先端を爪を立てるように擽り、裏を辿り袋まで掬い上げ、そしてまた下から上へと撫で擦る。 零れ落ちる蜜は流れとなり、神谷のさらに奥までに辿り着いていた。 目の前が極彩色をぶちまけたようにチカチカしてくる。 心臓の鼓動が激しくて、身体に浮いた汗は玉になっている。 「ああ……ふぁ……あ、……い…」 「はっぁ……あ」 涙まで浮かべ、熱に浮かされる。 「うっ!」 「あああっ!」 解放の快感はいつも通り強烈で、跳ねた身体から汗の玉が滑り落ちた。 しばらく抱き合って、息を整える。 その時─ また久保が苦しそうな表情をした。 それまで息を整えていた神谷が、突然起きあがった。 その勢いで、オレは横に転げてしまう。 どうしたんだと見上げると、本気で怒っている神谷が睨んでいた。 久保の表情を見た途端、オレの我慢は限界になった。 なんであんな顔を見せられなくちゃならないんだ!?オレたちは今、何をしていたって言うんだよ! 一人で勝手に、なぜ距離を取る? 言いたいことはたくさんあるのに、言葉がなかなか出てこない。 そもそもオレは国語は苦手なんだ! だったら行動に出るしかない。 しばらくの膠着状態の後、先に動いたのは神谷だった。 久保の身体を仰向けに返し、驚く久保が呆然としている間に、素早く股間に顔を埋めた。 躊躇いもなく、放出したばかりでまだ力の無い久保のものを口に含んだ。 「か、神谷!?」 やっと我に返った久保が引き剥がそうとするが、神谷は歯を立てることで抗議した。 イカせる事だけを目的に、性急に舌と手を使い追い上げる。 想い人からされる行為に、それでなくとも快復力の早い身体は、たちまちに熱を取り戻した。 口の中に収まりきらない程に成長しビクビクと震える久保のものを、神谷はわざと音を立てて愛撫した。 湿った音が、部屋に響く。 「あ、神……谷、もう」 甘く掠れた久保の声が、限界を告げる。 その時、 神谷は突然愛撫を止めた。 今まで包まれていた柔らかな湿った感覚が、突然冷たい外気に変わった。 オレの身体を跨ぐように、膝立ちになった神谷が睨み下ろしている。 「あとは一人でやるんだな」 言うだけ言ってさっぱりしたように、神谷はベッドから降りようとした。 「な……神谷?」 慌てて起きあがって腕を捕らえると、うざったそうに振り払われた。 「おまえ……一人が良いんだろ?」 「!?なにを言ってるんだ?」 「だって、あんな顔するじゃないか」 床に足を着いた神谷を、背後から抱き寄せてベッドに座らせる。 神谷が何を言っているのかが解らない。 「オレの顔って……?」 どういう意味なんだ?全く解らない。 困ってしまったオレを、神谷は半身を捻るようにして呆れたように見つめた。 「もしかして本当に自覚がないのか?」 素直に頷くと、溜息が漏れた。 次いで、神谷の表情が辛そうな苦しそうな、複雑なものに変わる。 「上手くできてないと思うけどな、こんな顔してんだよ」 すぐに元の不機嫌な表情に戻って、つっけんどんに神谷が言った。 今の顔が、オレの顔? 「本当に?」 「おまえはおまえの世界に引きこもって……だからもうこんな事終わりにしようぜ。サッカーをしてるときのおまえはオレと一緒にいるけど、こういう事をしてるときは別の所にいるんだろ?」 「神谷……」 「ったくタチ悪いよな。気持ち良くなかったなら、出来心だけですんだのに」 神谷が何を言いたいのかが、やっと解ってきた。 オレが隠していた想いが、すれ違いの原因なのか!? 「神谷、神谷!」 「うっさい。もういいだろ?」 「聞いて、神谷」 「しつこいな」 再び立ち上がろうとする神谷を、渾身の力で抱きしめる。 離したら、二度と一緒にいられないかもしれない恐怖が、必要以上の力を出してしまった。 「離せ!」 神谷が本気で抵抗する。 暴れる身体を押さえ付け、肩に顎を乗せて耳に口を近づけた。 はっきりと聞き取ってもらえるように。 今告げないと、きっと一生後悔する。 誰にも言えなかった事がある。 本当は叫びたかったのに、怖くて言えなかった言葉がある。 とっておきの、一番の秘密。 「ずっと好きだったんだ。今も、これからも。神谷の全部が欲しいくらいに」 後ろから抱き締めてきた久保が発した言葉は、オレから全ての抵抗を奪ってしまった。 考えもしなかった言葉。 オレを、全部が欲しいくらい、好き? 恐る恐る首を横に捻ると、吃驚するくらい真剣な久保の瞳と出会う。 だけど口元に浮かんでいるのは、哀しいような苦しいような複雑な表情? じゃあこれって…… 力が抜けた神谷に合わせるように、久保も腕から力を抜いた。 二人して酷く緊張した面もちで向き合うと、先ほどの言葉を反芻する。 「オレを――好き?」 「ずっと言えなかった」 「なんで?」 「男同士なんて、本当はイヤなんだろ? ただつきあってくれてるだけで……」 「本当にイヤだったら殴ってだって止めたさ。オレの性格、知ってるだろうが!」 だんだん腹が立ってきた神谷が、久保の頭に勢いのない拳骨を落とす。 痛みに、久保は神谷の想いを知った。 「神谷……じゃあ」 「そういう大事なことは最初から言えよ! おかげでオレ、馬鹿みたいじゃないか」 「オレのこと、好きなのか?」 「いまさら訊くんじゃねぇよ。おまえまたオレを一人にするつもりだったのか?」 「一人って……」 「つべこべ言わず、キスでもしろよ」 威張りながらの催促に、久保は喜びを隠せ無いながらも苦笑してしまう。 誘われるままに触れるキスをする。 柔らかな感触を確かめた後にキスを解き、照れながら見つめ合う。 「そりゃあこういうのは意識してなかったぜ。あの日酔っぱらわなかったら、きっと絶対にしなかった。でもな、─」 神谷が笑う. 「好きだぜ。気持ち良かろうが悪かろうが、おまえとだったらなんだって出来るんだ」 「だからもうあんな顔すんな」と言って、神谷は久保を抱きしめた。 「神谷だけが、欲しい」 「馬〜鹿」 泣き出したいほどの安堵感に包まれて、二人の身体がまた重なって行く。 騒動の内に萎えかけた久保のものはすぐに力を戻し、神谷の腰に押しつけられる。 「おまえ、元気だな」 「神谷にだからだよ」 想いを伝え合ってから交わす口吻は、酷く恥ずかしくて、とても熱かった。 お互いの全てを確かめるように、開いた身体が絡んで行く。 性急に求め合う行為は今まで以上に気持ちよくて─― 久保が神谷の中に身を沈める頃には、二人とも快感以外を感じなくなっていた。 誰にも言えなかったのけど、おまえにだけは言える。 叫んでしまいたいくらいの、とっておきの真実。 「あ……ああっ!」 身体の奥、一番弱いところを擦りあげれれて、神谷の瞳から快感の涙が散る。 感じて痙攣する神谷に包まれて、久保のものが強く締め付けられる。 「神谷、あっ……神谷ぁ、いい……」 うっとりと囁きながら、神谷のポイントを何度もゆっくり突き上げる。 「久保、くぼ、もう……ダメ」 感じすぎて気が狂いそうなのに、まだイケない。解放を求めて、神谷は大きく開いた足を久保の腰に回して、律動に合わせて自らも 腰を振った。 相乗効果が繋がりを深くする。 久保の腹に擦られて、神谷のものも爆発寸前だ。 二人の動きが、だんだん激しくなって行く。 求めるままに溶け合って、限界が目の前に迫っている。 「……ん、あ─っ!!」 「はっああっ!!」 堪えきれずに叫びながら、ほとんど同時に欲望の証を相手の身体へ解き放った。 誰にも言えない事があった。 でももういい。 大切な相手には言えたから。 終わり 2001/03/18UP azure blue発行「誰にも言えない」 いえ、,ホントにただのやおいですね(汗) |