残桜



 病室を抜け出して来た夜中の公園には、オレの他に誰も居ない。
 動いているのは花冷えの冷たい風と、風に飛ばされる雲と、散らされる桜の花びらだけだ。
 夜の桜は白く見えて、舞う様はまるで吹雪のように見える。
 冷たくない雪の中で、遭難した気分になってしまう。


 雪の中に見えるのは、一番逢いたい人の幻影。
 愉快そうに笑ってる―それは、去年の想い出の姿だ。


 去年の入学式には咲き誇る桜の下を、神谷と肩を並べて歩いた。
 真新しい制服、真新しい校舎、まだゼロのサッカー部
 そんな全てを祝福しているみたいに輝いていた桜の花びらが、なんで今日はこんなに寂しく見えるんだろう。
 隣に神谷が居ないから?
 今は会えないと、決めたのは自分なのに。


 春の吹雪の中、手を伸して花びらを追う。
 掴めそうで掴めない。
 掴めたと思った瞬間に、からかうように指先から擦り抜ける。

 指先から逃げた花びらが、ひらひらと地面に落ちる。
 降り積もる花の雪は、溶けることなく湿った大地に張り付けられた。

 

2002/03/30(Sat) 15:50:08