久しぶりに着る学ランは、カラーの部分が首に擽ったかった。
玄関で靴を履いていると、見送りに出てくれた母さんが、オレの全身を見渡して、潤んだ瞳で微笑んだ。
母さんの気持ち、嬉しいけど……やっぱり困る。 「なに?オレ、変?」
おどけて見せながら、すっかり板に着いた意識して作った笑顔を送る。
――泣かないで オレは、幸せなんだから。 母さんも、幸せでいて。
「全然変じゃない。記念写真撮りたいぐらい、格好いいわよ」 「それって、息子に言う言葉?」 「いいじゃない。母さん昔から、ミーハーなの」
吹き出すように、母さんが笑う。笑いすぎだ、笑いすぎて涙が滲んでるじゃないか。
この笑顔を、忘れられないと思う。
「そうだ、写真、撮らない?」 「え?」 「仮退院記念に、ね」 「じゃあカメラ持ってくるわ」 慌ててカメラの置いてある居間に駆け戻っていく。後ろ姿の右手が、涙を拭うように動くのが解った。
――笑っていて お願いだから、ずっと笑っていて。 悲しませるだけの存在で居たくない。
玄関前の道路での、即席撮影会が始まる。
家をバックにして、たくさんのシャッターを切られた。
まるで七五三か、入学&卒業式気分。
カメラを通して、母さんに笑いかける。カメラの向こうで母さんも笑っている。
そんな勢いで撮ってると、フィルムが無くなってしまうじゃないか。 「ね、まだフィルムあるよね」 「?」
声を掛けて、撮影する手を止めさせる。 カメラを取り上げ残量を見ると、大丈夫、まだ3枚残ってる。 母さんにレンズを向け、ファインダーを覗き込む。 「はい、母さん、笑って」 いきなり何をするんだというような顔をしていた母さんだったけど、オレの呼びかけに答えるように微笑んだ。
――笑って。 大好きな母さんの笑顔。 記憶を辿れる一番古い想い出から、変らない幸せの光景。
心に深く刻むために、シャッターを切る。 レンズを通して、母さんと繋がる感覚。
――笑っていて。 どうか幸せでいて。 貴女の息子として生まれて本当に良かった。
フィルムの最後の1枚は、通りかかったサラリーマンに頼んで、母さんと一緒に撮ってもらった。
現像が出来るまで、どんな顔をして映っているのかは解らないけど――
撮影寸前に見下ろした母さんは、恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑んでいた。
オレも意識しないで浮かんだ笑顔で母さんの肩に手を回した瞬間に、シャッターの降りる音がした。
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2002/01/06(Sun) 12:23:33 |
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