バレンタインといっても、これまで義理チョコにしか縁がなかった。
毎年くれるのは実花ぐらい。
去年はそれに北原さんが加わった。(もちろん久保にあげるついでのチョコだ。)
同じクラスのヤツの中には結構本命チョコをもらう奴も居て、ちょっと羨ましかった。
わかってる。
どうせオレは見た目も性格も良くないし、モテるはずが無い。
いいんだよ。
いいよ、いらないよ、チョコなんてニキビに悪いだけだ。
そんな風に自分に言い聞かせ、無関心を装っていた。
なのに今年は大異変。
家から出た途端に玄関で手渡され、郵便受けには朝刊を押しつぶすように5つ詰められていた。
学校へ吐いてみれば下駄箱や机は綺麗な包み紙の小箱で溢れ、部室にはチョコの小山が築かれている。
さらに呼出された職員室では、郵送されてきたというチョコを渡された。――それも段ボール箱に溢れるばかりの量!
異変だ。
これは夢だ。
この量は絶対に違う!
放課後の練習が終わる頃には、チョコは段ボール2つになってしまった。
まるでチョコ屋にでもなった気分に襲われる。
最初こそ嬉しかったけれど、ここまで来ると現実感が全くしない。
良く見れば、レギュラー陣を中心に、サッカー部員全員がチョコをもらっていた、
一番人気は平松で、オレは2番手といったところか。
そしてもう一つ気がついた事。
プレゼントの中身はチョコだけじゃなくって、ケーキやハート型クッキーに煎餅・ぬいぐるみ等々、いろんなものが混じってた。
賞味期限が長いものならともかく、手作りのケーキだのクッキーだのは今日明日中に食べないとまずいだろう。
プレゼントの中身を確認していると、興味深げに馬堀が覗き込んできた。
「やっぱ全国優勝のキャプテンとなると、数が違いますねぇ」
「お前だって、結構貰ってんだろ?」
「神谷さんには負けてますよ」
そんなことを言っているが、多分こいつが3番人気だ。
「仕分けないでいいのか?」
「好きな子から貰ったの以外は興味ないっスからね」
さらりと言ってのける余裕の笑顔にカチンと来る。
「暇なんだったら、手伝え」 段ボールをアゴで示すと、
「へ〜い、解りました」 悪戯めいた視線を送り返してきてから、馬堀は大人しく手伝いを始めた。
そして、発見したのは馬堀だった。
「神谷さん……」
真剣な、微かに震える声で問いかけてくる、 「なんだ?」
「いえ、オレの勘違いなら良いんですが……」 「?」
「この住所って、神谷さん家の方ですよね……?」
読み上げられた住所は、確かに家から5分くらいの所だ。
「そうだな、近所だな」
「『斉木』って名字、あの人以外にいますか?」
斉木?
それほど珍しい名字じゃないけど……オレの家の側に有る『斉木』といえば斉木誠しか思い浮かばない。
背中に、ゆっくりと寒気が這い上がってくる。 「それ…まさか送り主の名字が斉木なのか?」
馬堀は顔色を青ざめさせながら、頷いた。
「……あの人に妹かお姉さんって居るんっすか?」
「……いない筈だが」
「じゃあ『まこと』って、他にいませんよね?」
馬堀の引き攣った頬からは血の気が失せている。でも多分、オレも同じなはずだ。
震える手が差し出してきた封筒を受け取ると、裏返して差出人の名前を確かめる。
そこに掻かれていたのは――
『斉木』という苗字の後に続く文字は 『真実』の『真』と楽器の『琴』
合わせて『真琴』……まこと!?
気を静めるために深呼吸をしてから封を切ると、中から出てきたのはいかにも高級そうな外国産のチョコレートだった。
そして一緒に入っていたカードの字は……この字は菊水中時代に見たことがあるような!?
瞬時に、あの人がバレンタイン商戦の女性客の波を縫ってチョコを買い求める幻影が浮かんだ。
――生まれて初めての、貧血症状を覚えた。
いったいどんな顔をして会計を済ませたんだ!?
ガタン!と大きな音がする。
見ると蒼ざめた馬堀が椅子から立ち上がっていた。
そしてオレの周りには、怖いもの見た差で集まってきた仲間の人だかりが出来ている。
だたし誰も包みに触ろうとはしなかったけれど……。
……オレのバレンタインは、その時、戦慄を持って幕を下ろした。
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2002/02/11(Mon) 01:11:46 |
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