ねこの日



 練習中の休憩時間。
 フェンスに背もたれて一息ついていると、トシがペットボトルを持ってやって来た。
「はい、これ」
 差し出されたボトルは『お〜いお茶』で、確かに何時もオレがリクエストするものだ。
 自慢げににっこり笑うトシを見ているうちに、すこし意地悪をしたくなった。
「ん? オレ、今日は烏龍茶頼んだけど」
 演技過剰にならない程度に困った顔を造って見せたら、とたんにトシが慌てだした。
 「ごめん! すぐ取り替えてくる。あああっ! それより残ってるかな」
 大急ぎで俺の手からペットボトルを取り戻そううとする。
 でももちろん渡してやらない。ボトルを持つ手に力を込める。
 手を離さないオレにじれて、トシが益々困った顔をした。
「取り替えてもらうんだから、渡せよ」
 ハの字になってしまった眉毛と下がった目じりが可笑しくて、ついに笑い出してしまった。
 「馬堀?」
 突然笑い出したオレを困惑して見つめる様子に、意地悪もここまでだと判断した。
「嘘だよ。これで当たってる」
 ペットボトルを持ち上げてウインクを送ると、今度はトシの顔は怒りで赤くなった。
「だましたな!」
「ほんの冗談だって」
 ヘソを曲げて立ち去ろうとするトシの腕を空いた方の手で掴み、引き寄せた。
 ぶつかりそうなくらいに間近に顔を寄せ、真っ直ぐに視線を合わせて黙らせる。
 そのままそっと微笑みかけ、同時に謝罪の言葉を紡ぐ。
「ごめん。ちょっとからかってみたくなったんだ」
 視線を合わせたまま、首だけペコンと前に振って見せる。
 トシは一瞬大きく目を見開くと、溜息をつきながら、呆れたように首をすくめた。


 フェンスに背を預け並んで地面に座り、グラウンドを眺めながらペットボトルを傾ける。
 穏やかな時間が流れている。
 もうすぐ3月になるというのにまだ寒い風を避けて、自然に寄り添う形になる。
 隣から伝わる体温が、嬉しい。

 そんな幸せを感じている時、突然トシが言い出した。
「今日はネコの日なんだって」
「?」
「2月22日。語呂合わせでさ、にゃんにゃんにゃんだからネコの日」
「ふ〜ん。なんか強引な理由だな」
「馬堀はネコだよね」
「へ?」
 オレがネコ?
 意味が解らなくて頭を捻ると、トシはニンマリと笑った。
「ネコタイプだろ?気まぐれで単独行動派で遊び好き。でも実は甘えるのも好き」
 寄り添った肩を、オレの肩にぶつけてくる。
「付け加えて言うなら、日向ぼっこも好き」
 視線が揺れて、後ろを示す。
 振り返って見たフェンスの先には、俺達の寄り添う影が黒々と伸びている。
 その影の分、オレ達は太陽を浴びている。
 視線をトシに戻すと、嬉しそうな笑顔が待っていた。
 まるで誉められることを待っている子犬みたいな瞳が輝いている。
 それに比べると、やっぱりオレはネコかもしれないと、妙に納得してしまった。


「みゃ〜お」
 鳴き真似をしながら体を摺り寄せてみる。
 するとトシは笑いながら、半分空のペットボトルでオレの頭を軽く小突いた。




2003/02/23(Sun) 00:09:25