賞味期限(別題・ごめんね先輩)




3月14日

 今日はちょっとしたイベント日なので、部活は早めに切り上げた。
――まあオレには関係ないけど。別段一緒に過ごしたい相手が居るわけで無し。

 そう、本日はホワイトデー。
 バレンタインにチョコで思いを告げられた男が、答えを返す日だ。
 最も本命がない奴には、全く関係ないイベントでしかない。

 サッカー馬鹿ばかりの我がサッカー部だけど、最近はそれなりに彼女持ちも多くなった。先月のバレンタインで、更にその数も増している。
 彼女持ちは速攻で帰り、独り者は悔しさを抑えつつ軽く練習して解散となった。
 帰った中で一番の話題は、遠藤に引っ張られて帰った田仲と平松の三角関係グループだろう。……全くあいつら、いつまでやってるんだか。

 つい先頃、最期まで残っていた大塚も帰り、オレはのんびりと部誌を書いている。昨日書くのをさぼってしまったので都合2日分だ。

 書き終わって、さあ方付けようと背筋を伸したとき――
 不意にドアが開けられ、不吉の始まりを告げた。

 そこには一足先に帰ったはずの大塚が、困ったような、笑い出したいような、変な表情をして立っていた。
「校門に、居るぞ」
 告げる声が震えている。あの大塚が、怯えている?
「居るって、何が?」
 尋ねると、蒼ざめた顔に僅かに皮肉な笑みを浮かべて窓の外を指差した。
「あれだ、暇人大学生」
「・・・ああ、あれか」
 解ってしまうあたり、かなり悲しいかも。
 まだ手に持ったままだったシャーペンを、机の上に転がす。
 コロコロと転がって消しゴムで止る様子を見てたら、少し心が軽くなった。
「まさかとは思うが、あれか?ホワイトデー」
 ああ、多分そうなんだろう。
 もうあきれ果てて、脱力してしまう。何でホワイトディに、男に待ち伏せされなきゃならないんだよ!?
「で、・・・オレにどうしろと?」
 洩れてしまった独り言に、帰ってきた大塚の言葉も溜息混じりだ。
「お返しが欲しいんだろうよ」
 やりきれなそうに首を竦めて、首を振って見せてくれた。
「お返しって…やっぱりこの前の『斉木真琴』ってのは」
「あいつだったんだろうな」
「…はあぁ」
 顔を見合わせて、深い溜息を同時に吐く。

 思い出すのは、バレンタインの日に届いた謎のチョコレート。
 差出人の名前にインパクトが有りすぎて、とても食べる気になれなかった。今でもそこのロッカーに突っ込んである。
「お前も難儀だなぁ」
 しみじみという大塚に、精一杯笑って見せてやる。
「・・・言うなよ」
 何とか笑い終えてから、気力を振り払い立ち上がる。
 自分のロッカーを開けて、奥の方にしまっておいた、件のチョコを取り出した。
 綺麗な包装紙には、賞味期限のシールが貼ってある。
『3月8日まで』
 ごめんなチョコ。食べ物を無駄にするのは本意じゃないけど…やっぱりお前、あの人からの贈り物だったんだな。

「脱出するなら、野球グランドの後ろのフェンスだな」
 大塚の言葉に頷く。
 あそこなら校門から死角だし、確かまだ金網の破れは直されていない。

 持つべきものは友。
 校門の方は、大塚が声を掛けて引き留めてくれる。
 その間にオレは、金網の破れ目から脱出に成功した。



 家に帰ると、賞味期限の切れたチョコは、そのままゴミ箱に捨てるとたたられそうな気がして、オーナーに頭を下げて、庭に穴を掘って埋める事にした。

『チョコの墓』(+女子高生のように恥らっているあの人の姿……)

 一瞬浮かんだイメージに頭痛を抑えるオレに出来たことは、自虐ぎみに笑い続ける事だけだった。

2002/03/13(Wed) 08:28:42