2月15日の早朝。
まだ自分しか来ていない部室の中で、神谷はとっても困っていた。
手には、昨日私損ねた包みが一つ。
綺麗な青い包装紙にキラキラ輝く銀色のリボンがかかった小さな箱には、ご丁寧にも金色のハートシールまで貼ってある。
包みの正体は、言わずと知れたバレンタインのチョコレート。
それは女性から男性に愛の告白をするイベントの、最重要アイテムだ。
『よりによってそのチョコを、なんでオレが渡田仲にさなくちゃならないんだ!?』
深く溜息を吐く。
いくら最愛の妹からの頼みでも、こんなに恥ずかしい事させられるなんて、どうにか勘弁してもらいたい。
『でも、渡さないとあいつ、どんな顔するかな……』
脳裏に浮かぶのは、昨晩妹が見せた頬を赤らめた笑顔だ。
心を込めて作ったから、絶対に本人に渡して欲しいと言った妹の指には、バンドエイドが貼られていた。
もしこの包みを渡せなかったら、きっとひどく悲しむんだろう。
それどころか泣かれなんかしたら――!!
想像するだけで背筋が凍る。
だけどどうしても、男が男に渡すという行為には抵抗があって……
「手紙はつけとくから、許せ」
言い訳をチョコにして、立ち上がる。
向かう先はトシのロッカーだ。
直接手渡しの約束は果たせなくても、本人に届けば結果は一緒だろうとの苦渋の選択だった。
鍵のかかっていない扉を開けてチョコを入れようとしたその時――
「っはよ〜っス!」
威勢の良い声と同時にドアが開く。
飛び込んできた矢野と、チョコを手にしたまま凍りついた神谷の目が合った。
二人同時に表情を引き攣らせ――
どう説明しようと神谷が迷っている一瞬の隙をついて、先に我に返った矢野が最新スクープを広めるべく飛び出していく。
その日の内に、掛川高校では「新たなる伝説」が驚愕と疑惑を伴って広まっていった。
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2003/02/15(Sat) 23:59:42 |
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