高校最後の国立へ向けての県予選。
オレたち掛川は順調に勝ち進んでいた。
田仲達2年はもちろん、1年共の成長も著しく、今のところは楽勝ペースが続きそうだ。
今日の試合も9−0で、田仲と平松の二人がハットトリックを決めていた。
意気揚々と帰ろうとして…
出待ちの女の子達の間に、金の輝きを見つけた。
「!お前…」
思わず絶句してしまう。
お前、また来たのか?!
金の髪・青の瞳
その色さえ違えば、ぱっと見ではオレとよく似た顔の、ドイツの至宝。
つい先月だって来たばかりじゃないか。そしてその…あの…、したばっかりだろ?
「神谷」
あの殺人的な女の子たちの波を物ともせずに優雅に擦り抜け、オレの正面に立った。初めて見る、スーツ姿だ。
「お前、今ドイツはリーグの途中じゃなかったか?」
「ソウダ」
「じゃあ、なぜこんな所にいる?」
質問に、なぜかルディは怒ったように唇の端を歪めた。
「恋人に逢いに来るノハ、そんなにダメなことなのカ?」
「…もう少し小声で話せ」
「フン」
こいつ、居直りやがったな。
それにしてもブンデスリーグって言うのはそんなに暇なのか?こいつ、ひと月に一回はオレに会いに来るぞ。凄いときは日帰りで…(汗)
すっかり不可思議な空間に入ってしまったオレ達を、最初に気付いたのは馬堀だった。
「!え?ルディ・エリック!?」
「あ、ホントだ」
「また来たよ」
「外国のプロがねぇ…」
すっかりこいつのことは、うちのチームの皆が知っている。
だけどギャラリーにとってはそうじゃない。ルディの正体を聞きつけた女の子達の中で有名人好きの部類の奴らが、一斉にオレ達に注目した。
じりじりと、周りが包囲されていく。
カメラのフラッシュが、乱れ飛び始めた。
その時、
「はい、お兄ちゃんv」
スイと出てきた実花が、ニッコリと微笑んで、大きい封筒を手渡してきた。
「?」
反射的に受け取ってしまう。
「じゃあルディさん、兄をよろしくお願いいたします」
?なんで意味深な視線をルディに送るんだ?
「ハイ」
??で、なんでお前が実花に頭を下げるんだ??
頭の中が『?』で埋め尽くされたオレの腕を、ルディはいきなり掴んだ。
「突然でスマンが、オレと来てくれ」
凄い力でぐいぐいと引っ張られる。
「痛っ!離せよ」
「とにかく来イ!」
、強引に引きずられて、人垣の向こうに停められていたタクシーに押し込められた。
「なんだよ、どこへ連れて行くつもりだよ」
「ドイツだ」
「へ?」
今、こいつはなんて言った?
ドイツ?
ここは日本の、それもローカル・静岡だぞ?
頭が白くなってしまったオレをそのままに、ルディは運転手に頷いて出発を促している。
「運転手サン、お願いシタとおり、ナリタ・エアポートまで」
「はい」
運転手はいかにもご機嫌良さげにタクシーを発車させた。
成田?マジかよ!!いや、それより
「お前、こっから成田までタクシーだなんて、一体いくらかかると思ってるんだ!?」
たぶん2万3万って言うレベルじゃないだろう。普通近くまでは電車を使うぞ!!
だけど至宝殿はあっさりとした物で
「?来る時も、コレに乗ってきたぞ」
言葉にビックリしてメーターを覗くと、既にそこには5ケタの数字が踊っていた。5万に行きそうだ…、いや高速を使って来たとすれば高速料金を足すから越えているか?
目眩がする。そりゃあこいつが高額所得者なのは知っているけど…オレは月1万の小遣いでやりくりしているフツーの高校生だぞ。
いや、その前に
「ドイツったって、はいそうですかって行けるもんか!第一ビザも取ってないし」
「それならば、実花サンに手配を頼んダ」
「?!」
まさかさっきの封筒?
慌てて中身を改めると、机に仕舞っていたはずのパスポートと、茶封筒&柄付封筒が同封されていた。パスポートを開くと…既にそこにはビザが発券されている。
「実花ぁ…!」
車窓から振り返る。すっかり小さくなってしまった人混みの中で、暢気に手を振っているのがきっとお前なんだろう?…お兄ちゃんは悲しいぞ。こんな子に育てた憶えは無いのに…。
もう中に入っている手紙(?)を読む気にもなれない。
封筒をバッグに突っ込んで、背もたれに身体を預ける。試合直後で疲れてるんだよ!
「で…なんでオレがドイツくんだりまで行かなくちゃならねーんだよ。今、予選期間中だってのによ!!」
いくら優勝候補筆頭だとは言ったって、勝負はなめてかかったらお終いだ。一戦一戦が大切だってぐらい、お前だってサッカー選手ならわかってんだろうに。
「ダガ、次の試合は5日後ダト聞いたゾ」
「…実花か」
駄目だコレは。こっちの内情が筒抜けだ。
「試合前日マデには帰す」
「…実花とは、いつから連絡を取っていた?」
「お前がドイツから帰っタ直後ぐらいかナ?」
という事は…4月からか!あいつは…(怒)
案の定、タクシーは袋井のインターから高速に入った。
こうなったらどうにでもなれだ。
金がいくらかかろうが、こいつの懐はそんなに痛まないんだろうよ。…あれ?
「オレの旅費も、もちろんお前持ちなんだろうな?」
「当たり前ダろう!」
ああ〜、わかったわかった。そこで胸を張るなって。
肝を据えて、オレは座席に深く座り直した。
まあ考えようによっちゃあ美味しい申し出だ。タダで旅行が出来るんだから。
でも…本当にタダって訳じゃないんだろうけどな。きっとあんな事やこんな事、昼夜構わずされるんだろう。…まあ、そんなに嫌じゃないけど。
状況から目を逸らしたくなって瞳を閉じる。
すると、労るような暖かさがオレの肩を掴み、引いた。
トスン
そんな感じで、オレの頭はルディの肩にもたれ掛けさせられた。
「試合の後デ、疲れてイルんダろう?着いタラ起こすカラ、少し眠るとイイ」
鼓膜と、骨を伝ってオレより低めの声が響く。
ああ、この声、好きだな。
こんな風に、身体で直に感じる響きって、何て気持ちが良いんだろう。
久保の声も気持ちよかったけれど、こいつの声も違った魅力がある。
安心する?
変なのな、まったく。
オレはこいつを気に入らなかったはずだった。
ルディだってオレを気に入らなかったはずだ。
なのにいつの間にか、お互いばかりを気にしてしまう。
そんな気持ちの本質を知りたくて触れ合ってみたら…恐ろしいほどにハマってしまった。
オレたちがお互いを気にし合っていたのは、顔つきが似ていたからとか久保との関係の深さを比べ合ってた訳じゃなくて…
単純に、オレ達は似ていた。
仲間の中に入っていても、なぜかしら孤独で…
でもそんな弱みを見せたくなくて突っ張って。
オレ達が似ているのは、顔じゃなかったんだ。
心のありようが似ていた。
それに気が付いたから、もう互いの前では張る意地なんか無くなった。
確かめるために身体を重ねたら、身体までが見事に重なってしまった。
そうなるともう…
仕方ないじゃないか。
ルディも同じ気持ちだそうで、もうどうしようもないじゃないか!!
ルディの温もりとタクシーの振動に、いつしかオレは眠り込んでしまったらしい。
目が醒めるとそこはもう成田で、東京に入ってからの渋滞で予定より遅れたと駆け足で搭乗口に誘導された。
まさにあれよあれよと言う間の出来事。
落ち着いたと時にはドイツへの直行便のファーストクラス(!?)に座っていて、綺麗なスッチーにコーヒーを手渡されていた。
窓の外には、海と、夕焼けの空。…もう飛んでんのか!?
それにしても恥ずかしい…。オレ、ジャージ姿のままだ。ファーストクラスでこの格好って…浮きすぎるにも程があるぞ!
「なんでこんなにいきなりドイツなんだよ」
自然と文句も出ると言うもんだ。人にはジャージ須賀足させたままで、お前はスーツだぞ!
「だって神谷、明日ガ誕生日ダロウ?」
「へ?」
誕生日…?うん、確かにそうだけど。…まさか
「これって、誕生祝いか?!」
金持ちのすることは解らないというか…
だけどルディは笑顔で首を横に振った。
「明日デ18才なのダロウ?ならばもう、本人の意思で出来ルはずダ」
「出来る…って?」
何だか嫌な予感。
オレを見つめる青い目が、不気味な熱で輝いている。
「明日、ドイツに着いタラすぐに役場に行こう。もう予約は入れてアル」
予約!?予約って
「いったい何の話だ!?」
「『生涯のパートナー法』ッテ、知っているカ?」
「生涯?なんだそりゃ」
「今年の8月カラ、ドイツでは同性間の結婚を認めるようになったんダ」
「………なんだ、それは?」
「ダカラ、神谷が18才にナルのを待っていタ」
「だから、18才がなんなんだ?」
「18にナレバ、ドイツでは本人の意思さえあれば結婚ガ出来る」
「だから…」
「オレはとっくに18ダ。問題はないダロウ?ダカラ、明日、オマエの誕生日に、結婚しよう」
なんなんだ!この話の展開は!?
「結婚って…誰と…誰が…?」
「オレと、神谷ガ」
「なんで?」
「ダッテ、愛し合ってるダロ?実花サンも、喜んでクレたぞ」
「実花が!?」
そう言えばあの封筒!!
慌てて手荷物として持ち込んだバッグから大きな封筒を取り出す。
なかにはいっていた2つの封筒の内、茶封筒の方は掛川市役所の物で『戸籍謄本在中』と書いてあり、もう一つのピンクの方には実花の丸い文字で『お兄ちゃんへ』と表書きがしてあった。
恐る恐る封を開けて便せんを広げると、果たしてそこに書かれていたのは、立った一言…
『お兄ちゃん、ルディさんと幸せになってねv』
目の前が暗くなる。
ああ、いいぞ。いっそこのまま気絶できたら…
だけどオレの目の前に、綺麗な青と金色が現れた。
次いで一瞬だけ唇に感じる柔らかな暖かさ。
「生涯、一緒に生きてクレ」
離れた唇から漏れた小さな声は、鼓膜と骨を伝ってオレの全てに沁みてくる。
ああ、もう負けたよ。認めるよ!
「そうだな、お前と一緒なら、きっと生涯楽しいだろうな」
「ダロウ?」
「だけど、卒業するまでは別居だからな」
「そのくらい、ガマンする」
幸せそうにルディが笑う。
つられてオレも笑ってしまう。
まあいいか。こんな風に笑い合えるなら。
「誕生日、おめでとう」
空の上で日付が変わったときに、指輪を渡され囁かれた。
こうしてオレの人生の転機になった誕生日は幕を開けたのだった。
終わりv
別題名『奥様は18才』…(汗)
<参考記事>
朝日 20010728 朝刊 6面 No .N123a010728m6
ドイツ/オランダ
シリーズ・特集;
見出し:オランダに続きドイツでも…/同性愛結婚OKに
ドイツ
同性同士の結婚を男女の結婚と同等に認める連邦法「生涯のパートナー法」が、2001年8月1日からドイツで施行される。 同性愛の結婚が法的に承認されるのは、北欧諸国やオランダに続くものだ。
同法では、同性愛のカップルの婚姻届を出せば同じ姓を名乗り、財産を相続することもできる。相手が連れてきた子どもの親権は得られないが、教育権や監督件は認められ、学校や父母会などに親として参加できる。
保守党のキリスト教民主・社会同盟が政権を握るバイエルン、ザクセン両州は「家族や夫婦の規範が崩壊する」として連邦憲法裁判所に同法の施行停止を提訴していたが、2001年7発18日、棄却された。
本当のお話です。ちなみにオランダでは2001年4月に同性同士の結婚が合法化されてます。
★この話は『いかれル神本舗』の、2001年・神谷の誕生日課題に提出した作品です。
本舗のル神らばーの皆様へ捧げます。
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