目が醒めカーテンを引くと、窓の外は一面の雪景色だった。
雪自体は夜明け前に止んでいたようだ。
空に雲は一つもなく、雪の白さのおかげで青色が余計に眩しく感じられる。
窓を開けると、冷たい空気が一気に流れ込んで来た。
思いっきり一つ深呼吸。
肺に入った空気は、なんだか少し木の香りがした。
「……ウ……ン」
すぐ横で、まだ眠っているヴィリーが寝返りを打った。
冷たい空気が入ってきたせいで寒いのだろう、身体を捩りながら布団を顎の下まで引き上げくるまり直している。
まるで蓑虫。
真綿の蓑から飛び出した金色の髪が寝癖で跳ねていて、あどけない穏やかな寝顔を半分隠している。
試合中は「狼」の名に恥じない精悍な表情を崩さないけど、私生活では回りのみんなと少しも変らない、年相応な顔をしている。
初めて出会った時の事を、今でも思い出す。
3年になってようやく手に入れた個室から、留学生の世話係を言いつかって二人部屋に移動させられて少しへこんでいたオレの前に立ったヴィリーは、緊張で硬くなった顔に営業じみた笑顔を浮かべていた。
実際、カチンと来た。
監督からブンデスリーガーだと聞いていたから、日本の高校での部活なんて馬鹿にしているのかと腹を立てかけた。
どうせ留学だって、選手権に向けて学校が仕組んだテコ入れ何じゃないかと疑いかけた次の瞬間……
オレを認めた途端に営業スマイルが消え、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
「アズマさん、ですね! ヨカッタ、アナタが居たからココを選びまシタ」
手を取られ、ブンブンと振られ―更に肩を抱かれた。
見事なたたみ掛け攻撃に、一気に怒りは飛んだ。
変った奴
おかしな奴
でも愉快な奴
サッカーの実力を知って尊敬し、共に練習し、共に暮らし、
お互いの呼び名が『ヴィリー』と『ユーゴ』に変ったのとほぼ同じ頃に、オレ達は『双頭の竜』と並び称されるようになっていた。
実際これまでの選手生活の中で、こいつほど相性のいい相棒に会ったことがない。
本当の目的が『打倒・久保嘉晴』だと知ったときも、それほど腹が立たなかった。
ただ、もう少し早く言って欲しかったとは思ったけど。……直接掛川高校に押し掛けて聞くよりも、オレならもう少し上手く伝えられただろう。
でも、もうそれも終わったんだよな。
お前の中で、久保嘉晴との対決は幕を下ろした。
と言うより、最初から対決など無かった。
影を追うのはもうしなくて良い。後は真っ直ぐ、お前の道を行けばいい。
この窓の外の世界みたいに何の足跡もない真っ白な世界に、お前の道を造っていけばいい。
窓を閉め、ヴィリーに向き直る。
まだ眠っている前髪を掻き上げて、綺麗に整った顔を見つめる。
こうして側にいられるのも後少し。
もうすぐお前は帰っていく。
本来居るべき、自分の場所へ。
オレもまた、真っ白な世界に自分の道を造っていく。
そして
いつかまた、オレ達の道は交わるのだろう。
いや、重なってみせる。
確信して居るんだ。お前とオレは、きっと生涯繋がっている。
だって『双頭の竜』だろ?
オレとお前は、互いの半分なんだ。
遅ればせの正月休みに、寮に居る部員は数えるほどしかいない。
静かな空間で、まるで世界に二人きりで居るみたいな気分だ。
新学期が始まって皆が戻ってきたら、今度はヴィリーが居なくなる。
『皆に挨拶してカラ、帰国したい』
ドイツ人らしい(?)真面目な申し出に、オレが一緒にいられる時間が延びた事を喜んだって、こいつは知っているのかい?
大好きだよ。
きっと、これからもずっと。
ふと見上げた窓の外に、青空が広がっている。
と、ヴィリーの前髪をいじっていた手が、捕まれた。
「ユーゴ……?」
名を呼ばれてヴィリーを見ると、開かれた瞳の色は、空の色より澄んで深い青だった。
「おはよう」
「オハヨウ」
そのまま手が引かれる。
誘われるように、オレ達は肩を抱き合った。
終わり 02.03.04.
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