街を歩く人々は自然と楽しそうで、みんなが微笑んでいるように見える。
オレの姿と言えば、汗まみれで土埃に汚れていて、疲れ切っている。 右肩にはスポーツバック。両手には大きな紙袋。
今日は練習試合だった。 あの人はアウェイで鹿島に遠征だし。 まったくもってツイていない。
「なんだ、勝ったのに不機嫌だな」
平松が、ちょっと意地悪な笑顔で話しかけてきた。
――事情を知っているくせに、こいつ……! 「お前こそ、田仲を松下に取られたくせに」 練習試合の後、うちのエースは相手のキャプテン・松下に拉致された。今は遠藤と付き合っているとは言え、こいつが田仲に特別な想いを持っていることなんかお見通しだ。自分の機嫌悪さを、人で晴らそうとなんかするなよ! 図星を指されて一瞬平松が怯む。 だけどこんな事でメゲないのがこいつらしいところ。 「神谷さんの方、勝ったかな」 グレードアップした笑顔で返されて、ついにオレはぶち切れた。 「勝ったに決まってんだろ!」 両手の紙袋で平松の身体を叩き、抗議を無視してダッシュする。 「おい、一つ落ちたぞ!」 「お前にやるよ!」 振り向かなくても、平松が愉快そうに笑っているのが解った。
家に帰ると、真っ直ぐにテレビに向かう。 ビデオの留守録を解除してテープを巻き戻す。 着替えも荷物の整理も後回しだ。今はとにかくあの人が見たい。
そしてテープを再生すると……
ああ、神谷さんがいる。
太陽の光を全身に浴びて、ピッチの中で誰よりも輝いている。 走る姿は伸びやかで、必殺のスルーパスは今日も切れ味バツグン。 クローズアップされて映るときの表情は、背筋がゾクゾクするほど精悍で、綺麗だ。
何でオレは、まだ学生なんだろう。 あの人の側に行きたい。たとえ敵になってもいいから、同じピッチに立ちたい。
そして何よりも…… あの人と同じ空気を吸いたい。あの人の見る物、触れる物、感じる全てを共有したい。
せっかく恋人と呼び合えるようになったのに、オレ達の間にはどうしても距離がある。 いくら同じ場所に立とうと思っても、1年の学年差は大きくて、あの人はどんどん先に行ってしまう。 「オレね、今日あなたと同じ年になったんですよ」 ブラウン管に向かってそっと呟いてみる。 画面に映った顔が、微笑んだように見えた。
試合は神谷さんのチームの圧勝で、1ゴール2アシストを上げた神谷さんは一番最初にインタビューを受けていた。
『今日は大活躍でしたね』 『ありがとうございます。チームのみんなのおかげです』 『相変わらず無敵のスルーパスですね。あれはちょっと取れませんよ』 『そうですか?』 ミーハーで、テレビは見るのも映されるのも好きなくせに、相変わらずインタビューには照れる人だ。前よりはずっと愛想が良くなったとは言え、なんか、またカッコつけようとして怖い顔になっている。 『あの1点、ずいぶん気迫がこもっていましたね』
『え、あ、まあ。今日は点が取りたかったし……』 あれ?なんだか顔が、赤い? 神谷さんの変化を、インタビュアーは気付かない。 『ここ2試合では、無得点でしたからね。これでまた得点王争いにも復帰ですね』 『え、…はぁ、ありがとうございます』 『頑張ってください』 『頑張ります』 『神谷選手でした』 ブラウン管から神谷さんがフェードアウトしていく。 その曖昧な態度って…まさか、だよね?
もう一度テープを頭から再生して、ようやくテレビのスイッチを切る。 外は暗くなってしまった。 もうすぐ母さんと、父さんが帰ってくる。 たぶん母さんはケーキを買ってきて、父さんはおこづかいをくれる。いつまで経ってもオレは子供なんだ。両親にも、あの人にとっても。 放りだしたままの紙袋から、綺麗な包装をされたプレゼントが見えた。 ファンだという女の子達からもらったものだ。軽いノリの子や、中には真剣な子もいた。 みんな本当にオレのことを祝ってくれているって解って入るんだけど…ゴメン、嬉しいけど違うんだ。
本当に祝って欲しいのは、ただ一人……。 だめだよな、本当にガキじゃないか。 心の中で謝りながら、プレゼントの包装を取っていく。
手作りのケーキやクッキーに、シャツや時計に……なんだこれ、ブランド物のトワレじゃないか?! そしてカードや手紙類。
その中に、不思議な物を見つけた。 白やピンクの可愛らしい封筒の中に、1通だけ不釣り合いな青い封筒。 取り上げるとそれは神谷さんのチームの封筒で、宛名の所にはサインペンの大きな字で 『お兄ちゃんから。住所忘れたから、手渡してくれって 実花』 と書かれてあった。
お兄ちゃん、実花……! 大慌てで封を切る。 中に入っていたのはホテルの白い便せんで、書かれていたのはただ一言。
『ゴールできたら、それがプレゼントだからな』
見慣れた、そして恋いこがれていた神谷さんの字。 じゃあやっぱりあの1点は、オレの為? どうしよう、顔が緩む。
そしてトドメを刺すように、玄関のベルが鳴った。 誰が来たかなんて、確かめ無くったって解ってる。
ドアを開けると、照れたような笑顔を浮かべた神谷さんが立っていた。 「鹿島からここまでは、やっぱり遠かったな。速攻で帰ってきたけど夜になっちまった」 どうしよう、泣いちゃいそうだ。 真っ直ぐに神谷さんに向かって抱きつくと、優しく抱き返された。 「プレゼント、出来ただろ?」 頭上から振ってくる越に首を振る。 「でも一番のプレゼントは、今貰いましたよ」 思わず呟くと、それを聞いた神谷さんは愉快そうに声を出して笑い、オレのこめかみにキスをしてくれた。
終わり 2001.09
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