|
※掛川祭の「屋台」。屋根の上に乗っているのは人形等の飾りです。
(掛川市内・イシバシヤの前。たしか1995年10月10日頃撮影)
2つの車輪が付いていて、それを2本の綱で多数の人が牽きます。
掛け声は「そ〜れやれ、も〜っとやれ」……←本当。
|
|
掛川では秋に祭がある。
期間はたいてい体育の日前後で、市内は一気に祭一色に変わる。
ヤマハからの練習の帰り。夕闇の始まった掛川駅の周辺は祭の喧騒に包まれていた。
「すっかり忘れてたな〜」
夜店で買った杏飴を舐めながら歩く久保を、神谷は少し呆れたように笑って見つめた。
神谷の手には、杏飴のスモモバージョン。深い赤色の実が水飴でくるまれて、街頭の光を弾き唇を照らしている。
「忘れてたって……ドイツに行ってたのはたかが3年くらいなんだろ?」
「うん。そういや小学校の時に屋台牽いて、町内会でお菓子もらったような……」
「高校に入る前にアルツハイマーかよ」
「だって〜、祭よりサッカーの方がいいもん」
「………」
開いた口が塞がらない。普通、祭の時って楽しくないか?
だけど、 らしいと言えばこれ以上のものもないだろう。
何事に対しても、サッカーが一番。それは自分も同意できる。
でも祭は年に一回だし、特別なものじゃないかと思う。
―――そう、オレの家みたいに。
ちょっと苦笑いしてしまう。
どうせ今日は、家に帰っても親父とお袋は町内会連中と打ち上げの酒盛りだろうし、実花は友達と出掛けているだろう。
「どうした?」
自分の考えに沈んでしまったらしい神谷に気付き、久保が顔をの覗き込む。
我に返って、神谷は口元でシニカルに笑いながら、スモモを大きく一口囓った。
「家なんて祭最優先。今日だって、どうせ帰ってもみんな出掛けてんぜ」
「そうなのか?」
「毎年そう。親父にいたっては筋金入りだぜ。お袋が産気づいたのに、祭が終わるまで戻って来なかったんだってよ。帰ってきたのはオレが産まれた後だと」
「え?」
祭?産まれた?お父さんが帰ってこなかった?
「お袋も、臨月なのに祭見物に出ている最中に産気付いたって言うし」
スモモを噛み砕きながら淡々と言う神谷に反比例するように、久保の顔が焦り出す。
「! それって、神谷」
「一番マシなのは実花かなぁ。今朝プレゼントくれたし」
疑惑は確信になる。
「もしかして、今日、誕生日!?」
「…?そうだけど」
あっさりと認める神谷のキョトンとした表情に、久保は珍しく頭を抱えた。
「そういうこと、もっと早く言えよ!何も準備してないじゃないか!!」
「へ?準備?」
「プレゼントとか、こう、パーティーとか、誕生日だろ!」
杏飴の割り箸を振りながら熱弁する久保を神谷は不思議そうに見ながら、食べ終わった割り箸を手近にあったゴミ箱に放り込んだ。
「おまえ、外国かぶれしすぎじゃねーの?幼稚園児じゃあるまいし、この年になってお誕生日会かよ」
「馬鹿! おまえの誕生日なんだ、オレがお祝いしたいんだよ!」
「ば……馬鹿?」
自分では言い慣れていても、久保から馬鹿と言われたのは初めてで、思わず神谷は固まってしまう。
久保はそんな神谷の腕を取り、強引に駅前の方角へと引き立てていった。
連れて行かれたのは、駅前のコンビニ。
祭の半被(はっぴ)姿が目立つ店内を縫うように回って、あっという間に食料が買い込まれる。
レジを済ますと、やはり引っ張られながら駅の南にある公園へ連れ込まれた。
祭の屋台が集まる掛川城側の北口と違って、大きなホテルのあるこちら側は静かだ。
公園の長いベンチに腰を据え、離れて座った二人の間にコンビニで仕入れた食材が並べられる。
一つのパックに2つ入ったショートケーキと、スナック菓子が2種類、500ml、清涼飲料水の瓶が各自に1本づつ。屋台で買ったたこ焼きが1皿に楊枝が2本。
「誕生日おめでとう」
にっこりと、久保が微笑む。
「あ…ありがとう」
返礼をしながらも、神谷はこそばゆさに少しだけ目をそらした。
「ごめん、プレゼントは今度渡すから」
「い、いいよ、そんなの」
「だめ、渡すから」
神谷の戸惑いの中に照れを感じて、久保は気づかれないように顔を伏せてそっと笑った。
そのまま顔を伏せたのが不自然にならないように、レジ袋に手を突っ込み最後に残った2つの品物を取り出した。
一つは100円ライター。
そしてもう一つは、なぜか仏壇用ロウソク……。
それに気付いた神谷の表情が引きつる。
「おい、それって…」
「やっぱり誕生ケーキにはロウソクだろ?でも一番細いのって、これしか売ってなかったんだ」
にっこりと笑う彼に邪気は無い。
邪気はないけど…無邪気すぎるのも問題じゃないだろうか?
久保は喜々と早速1本をケーキに突き刺し、そこでしばし考え込んだ。
「あ〜、15本は無理かな」
「それ以前に、そんなのケーキに差すな!」
「やっぱりそうだよね」
あははと笑い差してしまったロウソクを引き抜くと、それにライターで火をつけた。
熱で溶けたロウをケーキの周り・ベンチに垂らすと、それに新しい物を立てていく。
真新しいロウソクが14本。
最後に手に持っていた分も立てて、ライターで先に立てていた14本にも火をつける。
ベンチの上に、15本の灯が揺れている。
神谷の歳の数と同じ数。
街灯があるとはいえそれほど明るくない公園の中で、そこだけが暖かい光に包まれる。
仏壇用のロウソクと思って見ると何やら怪談話でもしたくなる感じだけど、その光の中に照らされているケーキは、確かに自分の誕生日を祝うための物だ。
祝ってくれる人がいる。
まだ知り合って2ヶ月にもなっていないのに、まっすぐな好意を向けてくれる。
それが嬉しくて、照れくさくて、ロウソクの光が目に眩しかった。
「じゃ、歌い終わったら吹き消して」
言うと久保は最初に小さく深呼吸をしてから、誕生日の定番ソング「HAPPY BIRTHDAY」を歌い出した。
「ハッピーバースデイ トゥー ユー、ハッピーバースデイ トゥー ユー」
お世辞にも上手いとはいえない歌。北口側から微かに流れてくる祭囃子まで混ざって、余計にリズムが変に感じる。
だけど―――
「ハッピーバースデイ ディア 神谷」
ロウソクの光以上に、明るくて眩しい。
「ハッピーバースデイ トゥー ユー〜」
だから、歌が終わると同時に強く息を吹いてロウソクを消した。
一回では消えなかったので、二度三度と息を吹き付ける。
揺れる炎が、とても綺麗だ。
最後の灯が消えると、久保が拍手をした。
「おめでとう、神谷」
「な……なんか、照れるな」
「来年は、ちゃんと前から準備するから」
「来年?」
来年と言った。来年?来年も?
「うん。もっとちゃんとやろうな。ロウソクも細くて綺麗な色のを立ててさ。そうだ、何ならオレの家でする?母さん、ケーキ作り上手いんだぜ。ドイツにいた時によくホームパーティーもしてて、慣れてるし」
にこにこと笑いながら、ペットボトルのペプシを開ける。シュッと音がして、独特の甘い香りが漂ってくる。
「本気か?」
「嫌?」
「……半分だけ、期待しておく」
来年も友達でいるかなんて解らない。たぶん久保ならどこかのサッカー強豪校に進学するだろう。セレクションを受けようにも、学校での評判が枷になって弾かれるだろう自分とは、距離が離れてしまう。
離れてしまえば、たぶん付き合いも無くなってしまうだろう。
でも今、目の前にいる久保の笑顔からは、嘘や社交辞令は微塵も感じられない。
心から、来年も祝うと言ってくれている。
泣き出したくなるほど、嬉しかった。
嬉しかったから、泣きたくなかった。
だから、ロウソクを抜いた跡があるケーキを掴むと、大口でかぶりついた。
口の中で生クリームとイチゴのスライスとスポンジケーキが混ざり合って、すごく甘い。
甘いのは好きでも嫌いでもなかったけど、このケーキは美味いと感じる。たぶん、今まで食べたケーキの中で一番美味しいだろう。
「美味い!」
飲み込んでから力説すると、久保の笑顔が返ってきた。
そのとき、ふと思った。
「そういや、おまえの誕生日っていつだよ」
「オレ?7月29日」
「! 何だ、年上だったんだ」
7月と言えば、まだ知り合う前だ。
「じゃあ、誕生パーティはおまえの方が先だな」
「お祝いしてくれる?」
「ああ、今日の礼にな」
本心からの約束。たとえ距離が離れてしまっても、絶対に祝ってやる。
この大切な友を祝って。
ただ一人、自分を祝ってくれた大切な人に、自分が返せるだけの想いを返したい。
久保もケーキを食べると、ベンチの上にまだ十分な長さが残っているロウソクがやけに目に付いた。
「なあ、もう一度火をつけないか?」
頼んでみると、久保は頷いてポケットに入れていたライターを取り出した。
15本のロウソクに、灯がともる。
暖かな揺れる光が、二人の表情に優しい陰影を描いている。
「誕生日おめでとう」
改めるように囁く久保に、神谷は妹以外には見せることが無くなっていた優しい笑顔を「ありがとう」の言葉と一緒に返した。
終わり 2002.10.12
一日遅れになってしまいました。
神谷〜! お誕生日おめでとうv
誕生日が何かの記念日と重なるって、結構悲しいようですね。
我が家では春休み中生まれの妹が「一度も学校のお友達を呼んでお誕生日会が開けなかった」と今でも悔しがっていますし、父の誕生日は祖父の命日…。二人とも複雑そうです。
神谷の誕生日付近は、本当に駿東地区は祭だらけです。掛川ではたいてい重なっているような……。きっと彼も複雑だろうなと、以前から考えていたネタで書いてみました。
|
ちなみに、掛川祭の夜の光景はこんな感じです。
掛川城の手前の道路で、各区の屋台が休憩に入っているときの光景です。
|
見る人がいるかどうか解りませんが、背景画像が見やすいように空白を作ってみました。
|