<学術寄稿> 強直性脊椎炎(AS)
研究に関する最近の知見



愛知県がんセンター研究所腫瘍免疫学部 赤塚美樹


はじめに

 強直性脊椎炎の発症と、クラスⅠ型ヒト白血球抗原(HLA)の 1つであるHLA-B27の関連が報告されて30年近くが経過しました。1)
 一般にクラスⅠ型HLA分子と反応するT細胞は CD8が陽性の細胞傷害性T細胞であるため、 関節炎の発症に関わるCD8陽性T細胞を活性化するような 自己の抗原や細菌に由来する抗原の検索が長い間続けられてきました。2) 3)

 しかし、ここ数年の間にHLA-B27分子の特殊な性質が明らかになり、 また、この特徴あるHLA-B27分子に多様な細胞が 反応していることがわかってきました。
 ここでは、この数年で解明されてきた、 HLA-B27に関わる新知見をまとめてみます。

 なお、筆者は移植免疫および、がん免疫を専門に研究しておりますが、 最近この分野でもさまざまな細胞が免疫反応の修飾に 関与していることが次々と判明してきており、 ASの発症メカニズムとともに関心を抱いております。


HLAについてのおさらい

 HLAは本来、病気を起こすために存在しているわけではありません。
 健康な細胞では、HLAは主に細胞の中にあるタンパク質の断片(=ペプチド)4) を 細胞膜上で提示することによって、免疫担当細胞に対し、 自分が正常であるという信号を送り続けています。

 ところが細胞にウイルスや細菌などの異物が侵入すると、 それらが産生する異種タンパク質の分解断片がHLA上に出てくることで、 免疫細胞は異変に気づき、その細胞を傷害して除去します。
 異常タンパク質を作って増殖を繰り返すがん細胞も、 同様に免疫細胞が発見して排除しています。

 各HLAに結合できるペプチドのアミノ酸の配列には制約があり、 またクラスⅠ型HLAにはA、B、Cの3種類が存在し、 なおかつ父方・母方から1セットずつ受け継ぐために、 最大で6種類のHLAが、それぞれ異なったペプチドを結合して 免疫細胞に多様なシグナルを送っています。

 HLAは小胞体と呼ばれる場所でβ2ミクログロブリン5) とくっつき、 その際にさまざまなペプチドを表面の溝にはめ込んで合成されます。
 ペプチドをソーセージに見立てると、それを認識するT細胞側から見た場合、 ホットドッグのような構造になっています。
 完成品のHLAはゴルジ体という細胞質内の器官を経て、 細胞表面に絶えず送られており、細胞内の最新情報をT細胞に伝えているのです。

 不完全なHLA分子は生理的な条件では細胞表面に出て来られないようになっています。
 また、異常細胞はしばしばHLAの発現を低下させて自分の存在を隠そうとしますが、 この逃避に対してはナチュラルキラー(NK)細胞6) が監視の目を光らせています。


ASの発症に関わるHLA-B27だけが結合するペプチドの検索の歴史

 ASの患者さんの大多数がHLA-B27を持っておられるのは周知の事実です。
 しかしHLA-B27陽性者の2%前後しかASを発症しないこともよく知られています。
 また人種によってある程度差がありますが、HLA-B27の特定のサブタイプ (HLA分子のペプチド結合部位のうち、特にBポケット付近のアミノ酸配列のみが 微妙に異なるB27の兄弟のようなもの)だけがASの発症に関連しています。

 このために、AS発症に関与するHLA-B27サブタイプには特殊な抗原ペプチドを 結合する性質があるのではないかと考えられました。
 しかし結合しているペプチドをHLAから剥がしてアミノ酸配列が較べられましたが、 炎症の座である関節の部分の細胞に特徴的で、 かつASの発症に関連するHLA-B27サブタイプにだけ共通のペプチドは出てきませんでした。
 また、ある人種ではHLA-B*1403型がASの発症に関与していますが、 HLA型まで違うため、結合ペプチド間の差はさらに広がり、解明に至りませんでした。

 もう一つ、ASやその類縁疾患である反応性関節炎(ReA)の患者さんでは、 細胞内に寄生するタイプの細菌感染症の既往がある場合があるため、 そういう細菌の異種タンパク質が最初に免疫反応を引き起こし、 たまたま関節周辺の細胞がもつ蛋白質由来のペプチドがよく似ていて、 交差反応を引き起こす可能性も検討されましたが、 この説もあまり有力な証拠が見つかりませんでした。

 その他、多くの人に潜在感染しているEBウイルス由来ペプチドや、 HLA-B27分子そのものに由来するペプチドが抗原になっている 可能性も検討されましたが、明確にはなっていません。

 他方では、ラットにヒトのHLA-B27遺伝子を導入して 強制的にHLAを発現させるとAS類似症状を発症することから、他の遺伝的背景より、 やはりHLA-B27分子そのものに問題があることが示されました。
 ただこの時に判明したことは、それまで炎症の原因として追球されてきた CD8陽性の細胞傷害性T細胞がAS症状の発症に必須ではなかったことで、 このため抗原となっているペプチドを探す意欲がそがれてきたかもしれません。


HLA-B27に特徴的な性質について

 つい最近まで、HLA-B27はあくまで関節炎関連抗原を 提示する分子として研究が進んでいました。
 しかし、2000年前後から、 ASに関与するHLA-B27に特徴的な性質が見つかり始めました。

 まず、HLA-B27、β2ミクログロブリン。 これはペプチド複合体の小胞体での合成スピードが遅く、 たびたび合成に失敗するということです。
 失敗作のHLAは細胞表面に出て来られないので小胞体に蓄積する結果、 細胞にストレス反応をもたらし、炎症を起こしたり、 細胞死を来す可能性が示されました。
 この小胞体ストレス細胞死というのはアルツハイマー病などの 神経変成性疾患で注目を集めている現象です。

 小胞体で正しい立体構造になれなかった異常タンパク質が蓄積すると、 最初はそれを是正したり、合成を一旦止めたり、 小胞体外に出して分解させようとしますが、 その能力を超えると細胞が周囲の細胞に迷惑を掛けないように アポトーシス7) を起こして消えてゆくのです。
 しかしHLA-B27がそこまで蓄積して細胞死を起こしている証拠は乏しく、 またHLA-B27は全身の細胞表面に出ているのに、 なぜ関節だけで炎症が起こるかも説明が困難です。

 もう1つの発見は、HLA-B27分子がβ2ミクログロブリンと結合せずに HLA-B27分子同士で結合できる性質で、 この分子は「安定」なため細胞表面に出てきてしまいます。
 これでは通常のクラスⅠ型HLAに反応する CD8陽性T細胞が出る幕がないのもうなずけます。

 同時にCD8陽性T細胞以外のT細胞、たとえばクラスⅡ型HLAに 反応するCD4陽性T細胞や、別のメカニズムでHLAを認識する NK細胞が関与する余地が出てきました。
 さらにHLA-B27以外でも、温度が下がってHLA合成が落ちると HLA分子同士結合する現象が見つかっており、 AS患者さんの中にHLA-B27陰性の方がおられるのは、 (あくまでも仮説ですが)そこにHLA合成低下が起こりやすい 別の遺伝的背景の存在が一因となっているのかもしれません。


がん免疫、骨免疫などでの新知見

 当初、がんに対する免疫療法の研究では、 がん細胞だけに出ている抗原を見つけてそれを CD8陽性細胞傷害性T細胞の標的とすれば効果的な治療が出来ると考えられ、 がん抗原の検索が進みました。
 しかし、その抗原ペプチドをそのまま患者さんに ワクチンとして打ってもほとんど効果が出ませんでした。

 その後わかってきたことは、いままで生まれつき持っている免疫で、 特定の標的抗原に向けられてはいないとして軽んじられてきた 自然免疫の重要性です。
 抗原を提示するマクロファージ10) や樹状細胞などには ウイルスや細菌しか持っていないタンパク質や核酸8) に出会うと TLR9) という受容体が感知し、 過去に免疫されていなくても炎症反応を起こす力が備わっているのです。

 これを利用して、がんワクチンと自然免疫活性化物質を同時に投与することで、 がん抗原に対する免疫を強く引き起こすことができることが分かってきたのです。
 他方で、炎症を起こしてがんをやっつけると 期待されていたマクロファージなどの細胞が、 環境によってはむしろ血管新生などを介して、 がん細胞の生存を助けることも分かってきました。

 さらに最近では「骨免疫学」という概念が確立され、 免疫と骨代謝(現状では関節リウマチや骨粗鬆症、がん転移など、 骨吸収の方の研究が進んでいる)の密接な関連が示されました。
 さらにマクロファージと破骨細胞11) は 共通の前駆体細胞12) から RANKLという因子の刺激を受けて分化してきます。

 これらの細胞の、骨付着部炎と靱帯の骨化・骨吸収が併存するASにおける関与、 そしてHLA-B27の役割についてはまだ今後の研究が待たれるところです。


HLA-B27を認識することがわかってきたさまざまな細胞

 HLA-B27分子同士が結合して2量体13) となり細胞表面上に出てきて CD4陽性T細胞やNK細胞に認識される可能性を先に述べましたが、 たとえばこれらのT細胞が本来の抗原受容体を使っているかどうかは まだ定かではないようです。

 むしろT細胞や、NK細胞、さらにそれ以外の白血球(マクロファージなど)が 共通して持っている受容体がHLA-B27の2量体と反応することを示す 報告がなされつつあります。
 白血球イムノグロブリン様受容体(LILR)に属するLILRB2や、 キラー細胞イムノグロブリン様受容体(KIR)に属するKIR3DL2などがその候補です。

 これらは細胞内に抑制性のシグナルを送る構造を持っているので、 炎症を引き起こす方に働くというよりは、 免疫反応のパターンを変えると想像されます。
 今後、こうした受容体を介したシグナルがどのようにASの発症に関わるか、 またHLA-B27の2量体が出来やすい素因や環境要因にどのようなものがあるか、 そしてどうして病変が腱・靱帯付着部に限局し、骨化に至っていくのか、 などの解明が待たれます。


おわりに

 HLA-B27分子の特殊性がASの発症に深く関与していることが、 紆余曲折を経た上で、ますます明らかになってきています。
 また、現在進行中のゲノム解析研究が、 なぜ一部のHLA-B27陽性者のみでASを発症させるかの答えを出してくると思われます。

 なお、TNFα14)の阻害薬の有効性は 関節リウマチのみならずASでも明らかですが、 残念ながら根治療法ではないようです。
 今後、発症のメカニズムがさらに解明されてくれば、 より原因に近いレベルで選択的に効くような分子標的薬が開発されると期待されます。


用語解説


1) クラスⅠ型とⅡ型
 HLAは、HLA-A、B、C型を代表とするクラスⅠと呼ばれる型と、 HLA-DR、DQ、DP型を代表とするクラスⅡと呼ばれる型に大別される。

 クラスⅠはHLA分子1つと全てのクラスⅠ分子に共通な β2ミクログロブリン5) が結合したもので、 キラーT細胞2) を刺激する信号を送る。
 クラスⅡは2種類のHLA分子がペアになったもので、 β2ミクログロブリンは含まず、 ヘルパーT細胞2) を刺激する信号を送る役目を持つ。

2) キラーT細胞とヘルパーT細胞
 身体の中には免疫を担うたくさんの細胞がいて、 このうち非常に性能の良いレーダーのような探査能力を持ったものが リンパ球と呼ばれるもので、さらにこのリンパ球は分業し、 抗体という侵入してきた微生物などをやっつける ミサイルのようなタンパク質をつくるB細胞と、 標的(微生物に感染した細胞や癌細胞)に接触してからやっつけたり、 援軍を呼ぶT細胞がいる。

 キラーは文字通り殺し屋で、相手が正常細胞でないと判るや、 相手の細胞膜に穴を空けて毒素を注入する。
 ヘルパーは助っ人で、様々なホルモンを分泌したりして、 仲間のヘルパー細胞やキラー細胞を呼び込んだり、 身体の掃除屋さんであるマクロファージ10) を元気づけたりして、 免疫反応を強化している。

3) CD8陽性T細胞とCD4陽性T細胞
 CD8やCD4は、T細胞の機能を見分けるのに使われる細胞表面の目印で、 CD8が 陽性のT細胞はキラー活性を持つ。
 CD4が陽性のT細胞は主にヘルパー活性を持ってCD8細胞を助ける役割を持つ。

4) ペプチド(抗原ペプチド)とアミノ酸
 身体の細胞はたくさんのタンパク質で出来ていて、 これを作るのは20種類のアミノ酸で、 ペプチドはこのアミノ酸が鎖状に繋がったものである。
 HLAにくっついて細胞外に出て来るペプチドは、 アミノ酸が8〜15個程度くっついた状態のものである。

5) β2ミクログロブリン
 タンパク質の一つで、クラスⅠ型のHLAタンパク質分子に結合して HLA分子を安定化する土台のような役割を果たす。

6) ナチュラルキラー(NK)細胞
 身体にとって有害な細胞や微生物をやっけるのがキラー細胞の役割で、 一回病気になると、二度と同じ病気にならないよう 外敵を記憶をしているCD8陽性のキラーT細胞と、 生まれつき持っていて記憶がなくても生物に有害なものを 大雑把に見分けてこれをやっつけるナチュラルキラー細胞がいる。

7) アポトーシス
 細胞の死に方の1パターンで、火傷とか怪我で無理やり死ぬのではなく、 自分の役割が終わったり、自分の存在が周りの細胞に迷惑をかけるような 状況になった時に、細胞のレベルで自然死を起こすこと。

8) 核酸
 タンパク質、脂肪と並ぶ身体の細胞の構成成分の一つ。
 DNAと呼ばれる遺伝子情報を繋げた遺伝子のもととなっており、 タンパク質におけるアミノ酸に相当するものである。
 A、C、G、Tの4種類があり、これが傷つくと遺伝情報が狂って、 癌になったり、病気になったする。

9) TLR
 Toll受容体の略で、細胞に寄生する微生物(ウィルスや細菌)が 作り出す物質を検出し、細胞に危険を知らせる役割を持つ。

10) マクロファージ
 別名、貪食細胞と呼ばれ、身体の中で傷ついたり 死んだ細胞の死骸を食べて掃除したり、 寄生している微生物を食べたりする役目を持つ。

11) 破骨細胞
 骨には造骨細胞と破骨細胞がいて、 造骨細胞はカルシウムを沈着させて骨をつくり上げ、 破骨細胞細胞は逆に骨を溶かす。
 骨が出来上がった後も代謝をして、骨は常に生まれ変わっている。
 通常は造骨細胞と破骨細胞細胞がバランスをとって骨を保っているが、 栄養やホルモンが狂ったり、癌の転移が起こったりすると、 このバランスが崩れ、骨が溶けたり、逆に部分的に増えたりする。

12) 前駆細胞
 全ての細胞は受精卵から分裂・増殖し、 様々な細胞がそれぞれが役割分担して身体の各臓器・組織を作るが、 役割分担した後も、新しく細胞を補うために増殖して子孫を作る細胞が 全身に散らばっている。
 そうした一定の種類の細胞を産みだす増殖力を持った細胞を前駆体細胞と呼ぶ。

13) 2量体
 タンパク質が機能する時、必ずしも単独でなく、 いくつか結合してから機能を発揮する場合が多い。
この時、2個のタンパク質が結合した状態を2量体と呼ぶ。

14) TNFα
 腫瘍壊死因子α型の略で、炎症が起こると(リウマチやASの炎症も含む)、 T細胞やマクロファージなどによって作られ、 炎症を悪化させるように働くタンパク質。
 このタンパク質によって病原微生物をやっつける反応として炎症が起きるが、 反面、たくさん作られ過ぎると炎症が長引いて 正常の身体の細胞も炎症に巻き込んでしまう(リウマチやASなどの免疫病)。


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