事務局医療相談


井上 久


〔会員〕
 担当医に、今度、健康保険で許可されたからと、 突然、生物学的製剤(抗TNF α剤)だという レミケード®を急に勧められて戸惑っています。

〔事務局〕
 私が司会を務めた『脊椎関節炎の最新治療』と題した 座談会の記事を送りますから、まず読んでみて下さい。 次号の会報『らくちん』にも別冊を同封します。

〔会員〕
 早速、読みました。やはり、今すぐに、 レミケード®はないなぁ…という感想です。

〔事務局〕
 薬を出すだけの“町の薬屋さん”的リウマチ医が居ないことも ないので(最近は、薬局でも詳しい説明や質問をすれば、 医者以上に丁寧に回答してくれますよね。町のマッサージ屋さんと 同じような整形外科医もいるのですが…)、座談会の最後に、 丁寧な病態説明(患者の不安感の軽減)と入念な療養指導 (病気でも充実した人生を送るために)・運動療法・リハビリ、 そして、薬、これがAS治療3本柱、これらは三位一体、 どれか一つが欠けてもダメと、結びました。

 発売元の製薬会社での発売記念?講演会に招かれた時、 売り込む側の製薬会社のMRの方々を前に、 「新薬が出たからと、使用適応基準をよく考えず、 所詮他人事という感覚で安易に使う医師が時に居るので、 『診断後に直ちに安易に使うことなく、適応を良く守って 使って下さい』と医師にアドバイスして下さい。」 と言っておきました。商売で売る側にこんなことを 言うのもへんな話だったけど…。

 いいですか、痛いのは患者、高い金払って副作用の 危険を覚悟で薬を使うのは患者ですからね。 医者は痛くも痒くもないんですよ。患者に副作用が 出たって、医者本人は何ともないんです。ここら辺を 忘れちゃダメですよ。

〔会員〕
  今、一番キツイ痛みは「足首の付着部炎」です。 付着部炎の話があり、改めてASからの痛みと認識しました。
 この付着部炎に対する治療方針は
(1) NSAID(非ステロイド系抗炎症薬)
 ですが、全然痛みは落ちつきません。
 次のステップですね。
(2) ステロイド剤の局所注射
 していません。初めて知りました。

 今の私にとっては、順番的にはまずステロイドの局所注射ですね。 私も納得です。ステロイドは私の体の痛みに良く効く薬ですので、 それを局所的に使うのは期待できます。

〔事務局〕
 私もAS診で、トリガーポイント(局所圧痛部・筋硬結部) とか靱帯付着部、関節内や腱鞘内によく注射します。 良いようです。ただし一時的です。人によって効いている時間は、 数10分から1カ月間と千差万別です。

〔会員〕
  これでダメなら、関節リウマチと違ってASには リウマトレックス®やアザルフィジン®は、 一部(初期の四肢の関節炎)を除いてほとんど効かないというのが 通説となっているそうなので、
(3) レミケード®
 になってしまうのですかね。

〔事務局〕
 アメリカではそうらしいです。2つのNSAID (ロキソニン®やボルタレン®や セレコックス®やインテバン®、 インフリー®、モービック®、 ソレトン®、ロルカム®…)を 次々に使って無効だったら、次はもうレミケード® などの生物学的製剤になるそうです。

 親戚の病気とは言うものの、リウマトレックス®が 薬物療法の主体になる関節リウマチとはかなり様相が違います。 これを知らないで、効いてもいないのにASに漫然と リウマトレックス®を使っているリウマチ医が たくさんいます。
 そういう患者さんが他から回ってきますが、 「効いてる?」と訊くと、「わからない」と言われます。 「しばらくやめてみますか」と言って中止し、 その後「どう?」と聞くと、「変わりない(悪化・再燃していない)…と。 つまり効いてないのにずっと飲み続けていたということです。

 確かにリウマトレックス®を飲むとCRPは下がります。 でも薬の目的はCRPを下げることではなく、患者さんを 楽にすることだと思います。特にASの場合は…。 患者さんが『まだ相変わらず痛いよぉ!』と言っているのに、 CRPが下がった下がったと喜んでいる医者がいます。
 アザルフィジン®は、発症初期で四肢の関節炎が 強い人には有効とされていて、確かに私の患者さんでも、 二人ほど痛みや腫れに効いている若い患者さんがいます。

 骨粗鬆症の薬(ボナロン®、 フォサマック®)も骨代謝を改善するという意味で なのか有効という報告もありますが、どうも切れ味が悪くて、 ASの激しい痛みには期待できません。

 あと、痛みの原因は何でも良いから、とにかく痛い痛い病に対して、 様々な手段を講じてくれるのが、痛みの専門家の麻酔科・ ペインクリニックです。最近は、神経ブロックだけでなく、 様々な薬(抗うつ剤、抗てんかん剤など)を駆使して、 場合によっては心理的療法までの幅広いアプローチで対応してくれます。 我々のような痛い痛い病にとって、一番頼りになる医者かも知れませんね。

 ただし、脊椎が強直してしまったAS患者には針が刺さりませんので 硬膜外麻酔注射は、できません。そこまで進んでいない人なら、 刺せる可能性が十分ありますのでトライしてみても良いと思います。 うまく入ると、よく効きますよ。

〔会員〕
 まぁ、医師と相談して…だと思います。
 今の担当医は全然話を聞いてくれない。 昔のタイプの医者なんですよね・・・。

〔事務局〕
 そんな医者、リストラしなさい。
 世の中に医者なんて、しかもレミケード®を 使い慣れていない医者だって掃いて捨てるほどいるんだから…。 医者の顔色を見ながら、ご機嫌を伺いながら、不安を抱きながら、 治療を受けるほど効果のない無駄なことはありません。

 でも実際は、難しいんだよなぁ、簡単に医者に言えないし 聞けない、医者を替えられないんだよなぁ、しょうがないんだよなぁ。 だから患者さん達は、ベストの環境で治療が受けられず、 折角の薬もその治療効果を十分に発揮できないんだよなぁ。

 とにかく、ASに使用すべき、つまり効く薬はほんのわずかです。 言い方を変えれば、ASに対する薬の使い方は、関節リウマチや 糖尿病や高血圧なんかよりずっと単純なんです。
 つまり、医者の微妙な“サジカゲン”なんてあまり関係ない病気の ように思います。だから、名医にかかればより良い治療を受けられる なんていう病気でもないんです。そういう大雑把な病気です。 もとより治らないものは治らない。何使っても何やっても、 多少楽になるだけ(それだけでも大きいことですが)です。 だから難病と言うんでしょうし…。

 自分が治らないのは良い医者に当たらないからだということで、 一発で治してくれる特効薬とか名医を探して全国行脚する人がいますが、 それを生き甲斐、ライフワークにする程時間に余裕がある人なら それでも良いんでしょうけど、少しでも楽になる手段を自分でいろいろ 工夫・考案して、痛みと何とか付き合いながら、がんばって生活や 仕事をしようとしている人が、それ(名医を探して幾千里…というやつ) をやるのは人生の無駄のような気がします。

 しかし、これは人それぞれの人生観ですし、価値観でしょうから、 私が偉そうに言える立場ではありせんけどね。 その証拠に、AS専門診を開設して、全国から患者さんが訪れるために、 必然的に(努力せずに)、日本の医師の中では、 ずば抜けてたくさんのAS患者さんと接している私…の自慢は、 情けないことに「ただ一人のAS患者さんも治せたことがない」 ですから…。

 とにかくご自分のことなんだから、当事者は患者自身なんだから、 積極的に病気について勉強して、医師に全面的に寄り掛からないで、 医者の持つ知識・経験と、薬を処方できる資格を利用して、 自分がASとうまく付き合い、自分なりの充実した人生を 謳歌していく…というのが、AS患者の望ましい姿だと思います。

 まぁ、理想ですけどね。北欧の患者さん達と会うと、 そんな印象を強く受けます。少し暗く厳しい話になりましたが、 こういう話を明るく前向きに受け止められるかどうかで、 AS患者の人生が大きく違ってくると思うんです。


 ところで、この4月にASにも健保で適応が通った 生物学的製剤の「レミケード®」、 何人か投与した患者さんを知っていますが、 よく効きますよぉ…。近々、現在治験中で同じような 効果が証明されつつある「ヒュミラ®」も 認可されるようです。

 ただし、これらの一見“夢”のような薬であっても、 当座の痛みと炎症が軽くなるだけであって、 ASが治る訳ではありません。また、強直、 すなわち脊椎が骨と骨でくっつくのを抑制できるという 科学的立証はなされていません。
 となると、つまり極論すれば、「根治療法」でなく、 肩凝りの時の肩叩きとかマッサージと同じような 「対症療法」の域を出ないものです。 かなり強力ではありますが…。

 でも、これから仕事に勉強に頑張らねばならない 若い患者さんにとって、痛みがとれて楽になる、 動き易くなるということは大きな恩恵です。 投与開始から2週間以内に効いてきますが、 点滴をしている最中から、痛みが退いていく〜と 言った人も居ました。肉体労働に戻れた人もいます。

 ただ、2割ぐらいの割合で効かなかった人もいます。 やってみなければわからないということです。 中にはこの“最後の手段”で効かなかった場合、 もう打つ手がないと思うと怖いから、 なかなか踏み切れないという人もいます。

 使用適応基準(どんなケース、病状に使うか?)は、 薬品説明書に書いてありますので、 そこは医師に任せるとして(勿論、インターネット その他で調べても良いですが)、より有効である 可能性が高い人は、いろいろな報告をまとめると、 次のような人のようです。
1) 若い人
2) 罹病期間が短い人
3) 機能(体の可動性)が保たれている人
4) 赤沈やCRPが高い人
5) HLA−B27が陽性の人
6) 初回投与の人

 また、使い始めたら一生続けなければならないのか? という心配も出ますが、病状が軽快・安定したら、 途中で中止できる可能性は十分にあります。 中止して、1年経過しても痛みが戻らなかったという 症例の報告もありました。

 特にASは、生物学的製剤の適応となる他の病気と ちょっと違って、40歳を過ぎる頃になると、 病勢が鎮静化して痛みが軽くなる人が多いので (例外もありますが)、それまでこの薬を使って なんとか充実した人生を送り、その頃になったら 中止すればいいといった方針が立てられる病気ですから、 根治療法でなく対症療法であっても、 ある意味“AS向き”の薬と言えるかもしれません。


 それと、とにかく副作用は心配のタネですが、 我が国のAS患者に対する治験では(33例ですが)、 その発現率は8〜9割に上ります。 この数値を聞くと驚くと思いますが、 でも無症状でも血液検査で異常値が出たものも 含めての話ですし、ASの場合、体力も免疫力も強い 若い人が多いためか、入院して濃厚な治療を しなければならなかったとか、生命にかかわるような 重篤なものは出ていませんからご心配なく。

 咽喉頭炎や副鼻腔炎、肺炎(1例のみ)や 皮膚の感染症(オデキ、ミズムシ、皮下膿瘍、帯状疱疹) など、感染症がやはり多くて全体の4割程度に 見られたようです。

 その他は、発疹、胃腸障害、発熱などが少数出ました。 通常、投与前の準備として、結核を初めとする感染症や 全身状態のチェックを入念にやりますし (ツベルクリン反応が強陽性の人には、 抗結核剤も併用すれば大丈夫のようです)、 初回投与の際は、通常、数日間入院して行われますし、 主治医も慎重になりますので、副作用については、 巷で言われるほどには、特に若いAS患者では 心配しなくてよいと思いますよ。

 ただ、長期の経過観察のデータがまだないので、 長期的な人体への害については、分かっていません。 そこまで心配して、止めてしまうのかどうか、 こうなるともうその人の人生観でしょう。 人生の最も大切な時期を動けずに悶々として 過ごすのでは、本人は勿論、周囲も辛いですよねぇ。

 ボルタレン®やロキソニン®や セレコックス®などのいわゆるNSAID (非ステロイド系抗炎症剤)だって副作用はありますし、 胃潰瘍で突然大量吐血して救急に担ぎ込まれたり、 腎障害を起こして人工透析になってしまったとか、 なかには死亡例の報告だってあるんですから…。 勿論、稀中の稀なお話しではありますけど。

 それから、大きな問題となる費用のことですが、 確かにこの薬は高い。ASに対する通常の投与量は 体重1kg当たり5mgですから、41kg〜60kgの人 だったら1瓶が100mg入りですから3本必要になります。
 1瓶の薬価が約10万円ですから、 自費で払うとなると1回約30万円になります。 健康保険で3割負担としてもおよそ9万円かかる訳です。

 ただ、毎月注射する訳ではありません。 初回、2週間後、その後は6週間隔で注射していくのが 基本的な使い方です(量や間隔は経過により多少変動します)。
 さらに、高額医療費制度があって、年齢や所得に よっても変わってくるのですが、自己負担はさらに 軽くなって、レミケード®の場合は 初回が約8万円、それ以降は約4万4千円程です。

 他の生物学的製剤もほぼ同じようなものです。 さらに、勤務先(会社や組合)によっては、 自己負担限度額が2万円のみで良いというところも あるようです。
 このように人によってかなりの幅が出ますので、 勤務先の健康保険担当部署や市区町村役場の 国民保険健康課や保険年金課に聞いてみれば、 一番正確な情報をもらえるでしょう。


 このように副作用や経済的負担は確かに頭の痛い 問題ですが、とにかく、効く人にはよく効く薬ですので、 特に若い人で症状の激しい人には、元々、医者としては 薬の使い方が消極的である私でさえ、 もっと積極的に使って良いのではないかなと 思うようになりました。

 自分自身が重症のAS患者である私は、 大学の診察室でAS患者さんに出す薬は、 ほとんどはまず自分自身で試してきましたが、 今はもう“アラ還”の域に達して、ASの炎症自体も 枯れてきてしまっているので、多少痛みがあっても、 この薬を使う気は毛頭ありません。 そういう薬でもあります。

 最後にもう一度言います。患者である私も “お勧め”のこの薬、しかし、使用適応はしっかり 守って慎重に使うべき薬であることは間違いありません。 薬が体内に入ってくる先は、患者自身の身体、 医者の身体ではありませんぞっ!!


編集部註:
 井上医療部長は、連日24時間体制で友の会員からの 医療相談に応じております。何か困ったことがあると、 何かを疑問に思うと、私どもは直ぐにでも 回答が欲しくなります。
 心配で夜も眠れなかったり…、そんな時に直ぐに 私たち会員の疑問に対応してくれる、 安心サポートしてくれる頼もしい味方が、 友の会事務局です。事務局医療相談を活用しましょう。


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