AS患者の手術にあたっての留意点
医療部長 井上 久
脊柱の可動域制限ならびに後弯(前屈)変形、全身の疼痛・筋力低下、
易骨折性、長時間同姿勢維持困難、長期薬物療法・・・などAS患者を
とりまく状況は、他の疾患ではみられない特殊なものが多く、
麻酔・手術(ASに対するものに限らず)に当たっては
医療側の慎重かつ丁寧なケアを必要とします。
過去に、
- 腰椎麻酔の際に10回以上穿刺された。
- 全身麻酔の気管内挿管の際にむりやり頸椎を屈曲されて、
骨折までは起こさなかったものの術後激しい頸部痛に悩まされた。
- 病因のベッドが背中のカーブに合わず入院中ずっと不眠に
悩まされた。
- じっと寝ているのが痛いのに「そんなはずはない」と
取り合ってもらえなかった。
・・・など、医療スタッフに理解してもらえず辛い思いもした
という話をしばしば耳にします。
このような事情に照らし、他院で手術を受けるAS患者さんには、
ASの麻酔・手術に関する留意点・注意点を書いた手紙を
主治医に渡すよう努力をしてきましたが、私が渡せる範囲には
限度があります。
そこで、手術・麻酔を受けることになった場合、次ページ
および次々ページ(註:「らくちん」紙面上でのページです。)
をコピーして主治医に渡せるよう、その手紙を本誌上に掲載します。
こうすることにより、我々AS患者の特殊な事情を医療スタッフの
方々に十分理解して頂き、安全な手術・麻酔、そして快適な
入院生活を送れることを願って止みません。
主治医 御机下
強直性脊椎炎(AS)専門診の担当医として、
そして私自身が脊椎矯正固定手術および両側の人工関節全置換術を
受けたAS患者としての経験も踏まえ、AS患者の手術・麻酔に
当たり留意すべき点を述べさせて頂きます。
〔手術〕
- “ガラスの首”、“ガラスの背骨”と患者さん達に日頃から
注意を促しているほどにAS患者の首は脆弱です(易骨折性。
脊椎骨折に脊髄損傷をともなう危険性は、一般の人の4倍と言われる)。
廃用性・不動性骨萎縮(粗鬆症)に加え、炎症性の要因も
加わって、年齢よりもはるかに骨粗鬆症が進んでいるはずです。
普通「固まったら硬いはず・・」と考えがちですが、
実は“脆い”のです。
従って、特に麻酔による意識消失下では、体位交換・ベッド移動
その他にあたり、通常より人員を増やして脊椎が折れ曲がらない
よう、捻れないよう、あたかも真っ直ぐでしかも折れ易い
「太い大きなチョーク」を扱うようにお願いします。
- 脊椎、特に頸椎、そして股関節や肩関節、その他の関節にも
拘縮があることが多いですが、麻酔下では痛みを訴えないため
他動的に無理に動かしてしまいがちです。
骨折発生の危険性は勿論、術後に覚醒してから手術創よりも
こちらの痛みを強く訴えることが少なくありませんので、
ポジショニングや体位変換や移動の時にはご注意下さい。
- 腹臥位、側臥位、砕石位など、特殊な肢位をとるのが
困難な場合が多々あり、むりやりその肢位で手術・麻酔が
なされると術後に激痛を訴えます(ただ、数日で軽快しますので、
それほど神経質にならなくてよいとは思います)。
術前に、手術室で、患者さんの意識下で手術時の肢位を
とってもらって様子を見ることが勧められます。
- 手術に際しては、このように脊椎強直・脆弱性につき
実感している整形外科医が麻酔開始時からポジショニングまで
極力陪席するようお願いします。
〔麻酔〕
- 胸郭の強直傾向による胸郭拡張制限があり、従って、
拘束性換気障害が既存していますので、術後換気、
術後肺合併症にご留意下さい。
- 頸関節罹患により開口障害がある場合が多いので、
術前にご確認下さい。
- 腰椎麻酔や腰部硬膜外麻酔は、靱帯骨化のため
穿刺困難なことが多く、麻酔科医はポジショニングや
穿刺方向が悪い、つまり技術的なものと思って
何度もやり直しがちですが、もともと靱帯骨化により
穿刺・貫通できないということにご留意下さい。
軽症の場合には、特に穿刺可能な場合もあり、
腰痛麻酔で行ったケースもあるにはあります。
しかし、穿刺できたとしても、クモ膜下腔や
硬膜外腔が狭くなっているので、薬液量および
その拡張が不良という点につき留意しておいて下さい。
- 抜管時のバッキングの際の頸椎・頸髄損傷にも
十分ご注意下さい。
- 頸椎が強直もしくは拘縮している場合、
麻酔中、頸椎の可動域以上を強いる力が加わり続けると、
術後激しい痛みを訴えることがあり、最悪の場合は、
頸椎の骨折を招きます。
従って、術前に頸椎の強直肢位や可動域の確認を行い、
麻酔・手術中は、可動域以上の力が加わらないよう
(加わり続けないよう)硬い枕などで高さを正確に
合わせるようにして下さい。
- 頸椎が屈曲位で強直している重症例では、
気管内挿管は困難を究めます。
麻酔下では、患者さんの苦痛の訴えがないため、
つい挿管操作に夢中になってムリヤリ挿入操作を
してしまいがちとなり、その時に頸椎損傷の危険性が
高まりますので注意して下さい。
- 喉頭鏡を使っての経鼻挿管、喉頭マスクなどを
駆使することによって、ほとんどのケースで
全身(吸入)麻酔が可能です。
気管内挿管に固執しないよう麻酔科担当医に
言っておいて下さい。
(麻酔による頸椎骨折の報告例があります)。
- 長期間、NSAIDによる薬物療法中の患者さんが多く、
また、重症例ではステロイド、あるいはSASPやMTXなどの
免疫調整剤を長期間服用されている患者さんもいますので、
ご留意下さい。
- AS患者の麻酔については、麻酔科の臨床医学雑誌に
散見されますのでご参照下さい。
〔病棟管理・看護〕
- 脊柱の湾曲に沿ったベッドメーキングをお願いします
(適宜ギャッジアップ、枕や毛布などで調整)。後弯位で
脊柱の可動域が著明に減少した重症例の場合は、通常、
敷布団は柔らかい方が楽です。
一般の患者さんとは条件が全く違いますので、
特に術後は、身体の各部位の肢位について、できるだけ
患者さんの希望通りにしてあげて下さい。
- ASは、同じ姿勢を続けるのは痛くて苦痛です
(運動により痛みが軽減することが診断基準に
入っているくらいです)。
従って、術後は、頻繁な体位交換が必要(希望)に
なるかもしれません。離床までは手が掛かると思いますが、
よろしくお願いします。
- 背部清拭などで側臥位にすね時は、1本の丸太棒を
扱うように大人数で行うようにして下さい。
また股関節が外転位で拘縮(内転位困難)
していることが多いので、側臥位にする際には、
足の間に枕などを入れて内転しないようにして下さい。
- 起立・歩行開始後の転倒には特に注意させて(して)下さい。
手をついてそれに体重をかけて起き上がろうとして、
その手がはずれて頸や額をぶつけ、頸椎過伸展強制により
頸髄麻痺が発生したケースもあります。
この意味では、時に全体重をかけてしまう松葉杖は、
ある程度の上肢筋力や体力がない病状の時には、
使用を避ける方が良いと思います。
〔その他〕
- ごく稀に、手術侵襲を契機に、関節痛や全身状態が
急激に悪化するケースがありますが、これは予防の方法がありません。
しかし、時間の経過とともに回復します。
以上、なにやら不安感を助長するようなことを書いて
しまいましたが、丁寧に扱いさえすれば、
それほど危険なことはないと思われますので、
過剰なご心配もご無用です。
なにとぞよろしくお願い申し上げます。
順天堂大学整形外科・AS診 井上 久
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