強直性脊椎炎患者とドライブ

ジョン・エーレンドソン博士
(ノルウェー)


 ASIF(強直性脊椎炎国際連盟)では、1.AS患者の妊娠・出産  2.AS患者のドライブという二大プロジェクトが進行中でしたが、 1.についてはモニカ・オステンセン教授による報告を、「らくちん」 第7号に「カナダの会報から」として掲載しました。この度、2.に 関する報告書が、ASIFノルウェ−代表のジョン・エ−レンドソン博士 から小冊子として発表され、事務局に送られてきましたので、邦訳を 掲載します。日本でも、仕事に遊びに自動車を利用するAS患者は たくさんいるようですので、参考にしていただけれは幸いです。


はしがき

 自動車の安全性は最近大幅に向上してきており、たえず改善が 施されている。しかし、安全システムは主に健康な人を基準に設計 されているため、中・重度の強直性脊椎炎(AS)に罹っている人には 問題がある。脊椎の著しい硬直および湾曲、それに伴う首や背中の 運動機能の低下などは自動車の設計には全く反映されていない。

 強直性脊椎炎国際連盟(ASIF)および英国強直性脊椎炎協会 (NASS)は安全に車を運転できるよう一定のガイドラインを会員に 提供してきた。現在の車の安全性と今後の可能性に対する理解を深めて いただくために、本冊子は車の安全に関する背景知識を提供し、また、 車の安全システムがどのように機能するかというその原理にも触れている。 車内の主要安全システムであるシートベルト、座席の背もたれと ヘッドレスト、およびエアバッグに関する簡単なアウトラインを 本テキストで提供している。本書を通して安全運転に対する関心を高め、 強直性脊椎炎(AS)の患者が車の安全機能の将来の発展を認識する ことを願っている。

 本書を準備するに当たって、スウェーデン、イョーテボリにある ボルボ自動車の技術者の好意により、多くの貴重な示唆を与えて いただいた。ボルボ安全センターの生体力学の専門家である ロッタ・ヤーコブソン主任研究員が本書で取り上げた自動車設計の 基本原理および様々な安全システムについて長時間の説明をして くださった。ロッタ・ヤーコブソンは「車の安全の視点」から評価 するために、本書の原稿を最終的にに通読してくださった。なお、 ボルボ社は多くのイラストを提供してくださった。
 これら多大なる協力に感謝申し上げたい。
 本書の勧告は、強直性脊椎炎患者の車の安全に関する特別の調査に よったものではなく、健康な人々の常識的な知識と強直性脊椎炎に 対する一般的な知識に基づいている。そのためASIF、NASS、 ボルボ社および著者は一般的な情報を提供するのみであって、 本書の指針に対していかなる責任も負わない。

 車の安全に関する記事に対し、なお一層の研究を深めていただく ためにテキストの中に参考文献を挙げているが、網羅的なリストを 作成するには至っていない。

January 1998
Jon Erlendsson
Consultant rheumatologist



背部の易損性の増加

 本書は車の安全に関する一般的な助言という形態をとってはいるが、 特に中・重度の強直性脊椎炎の方々、すなわち、背部が湾曲し脊椎が 石灰化によって硬直化している人々に焦点をあてている。
 図1は背骨のリウマチの炎症がどのように石灰化し靭帯 および脊椎の小関節の硬直が起こるかを示している。石灰化は頸椎の 辺縁でも同様に見られる。逆説的に言えば、頸椎そのものがしばしば カルシウムを失い、骨粗鬆症を引き起こし、強度を喪失する。背部の 筋肉もまた弱くなる傾向を示す。

図1


 広範囲に及ぶ石灰化と硬直の場合、脊椎と頸部を曲げることが できず正常な方法でエネルギーを吸収することができない。木が 嵐の中で揺れることによって折れるのを防いでいる様子と比べられたい。 もし、事故に遭ったとき脊椎が曲がることができなければ、それだけ 骨折の危険性が大きくなる。正常な脊椎は前後に曲げたときの軸は 椎間板を通る。ASでは軸は前に曲げると前に、後ろに曲げると後ろに 移動する。そのため不規則な骨折の危険が増し、不安定になると 考えられる。骨折は時には通常のX線写真では発見が困難である。

 脊椎の骨折の危険性は場合によっては転んだくらいの小さな事故で さえ増加する。もし背部が異常に湾曲している場合、交通事故時の 骨折の危険性はさらに大きくなる。そのため、通常の車の座席では 合わないことになる。

 ほとんどのAS患者は背部の痛みに慣れている。もし小さな事故の 後に新しい痛みが起こり、動くことで痛みが増し、静止すると和らぐ 場合、骨折の可能性が考えられる。


個人情報カード

 幸いなことに、このような骨折はめったに起こらない。だが、 このことはパラメディカルスタッフやメディカルスタッフが 強直性脊椎炎の骨折を見慣れていないということを意味している。 特殊な試験や治療を要求できなくとも、診断情報や自分の背部に関する 特別の問題点を記したカードを持ち歩くことは大いに役立つであろう。 いくつかの国では強直性脊椎炎協会が会員に情報カードを提供している。 図2はデンマークの情報カードである。この強直性脊椎炎の 個人情報カードには側面からの写真が付けられている。AS患者たちに とっては憂鬱なことかもしれないが、これは非常に役立つのである。 (Morbusu Bechterew=強直性脊椎炎)

図2


 カードの裏面には次のように記されている。
 強直性脊椎炎
 硬直した背部と頚部に気をつけてください。
 私は強直性脊椎炎に患っています。このため背部が石灰化し硬直し 湾曲しています。不安定な不規則性の骨折が背部と頚部に起こる 可能性があります。運動や麻酔や変形に注意してください。私の正常な 姿勢は写真にあるとおりです。骨折を発見するにはX線写真に加え 補足の調査が必要です。


一般的な安全運転

強直性脊椎炎ドライバーの法律上の義務

 我々が確認できる限りでは、ヨーロッパでは強直性脊椎炎患者が 運転する場合の法的な義務として特別のルールを設けたり、指導書を 発行したりしている国はほとんどない。しかし、たいていの国では 免許当局に障害の程度を報告するよう促している。

 このことに関する会員の質問に答えて、英国強直性脊椎炎協会 (NASS)は1979年に、関係省庁に連絡をとり、説明を求めた。 与えられた答えは、特定の説明がなされていない国の脊椎炎患者にも 役立つと思われる。つまり「脊椎炎という診断を受けた者が自分の 身体状況を免許許可局に知らせる義務はない。ただし、頸部や周辺の 関節、特に股関節部に制限のある場合、ドライバーはその障害を 免許許可局に届け出る義務がある」というものもあった。この場合、 免許は1年から3年ごとに書き換えられ、その都度検討する必要が ある。このようなケースの場合、自動車には障害のある頸部の動きを 補正するために適切にミラーを取り付けることが運輸省によって 求められている。NASSには運動が困難ながらも運転をする会員が 大勢いる。彼らはこれらの義務に従い、知る限りでは、運転免許証の 更新ができなかった者はいない。

 NASSは会員に対して上記のような状況を保険会社に知らせる ように提言している。


道路の安全

 幸いなことに、道路の安全に対する関心が高まっている。よりよい 道路や自動車を作り、飲酒運転を防止し、ドライバーが安全運転に 一層の関心を払うように態度を改めさせることは非常に大切である。 ほとんどのドライバーは交通法規を知っている。警察官が近くにいると、 誰もが速度を制限する。交通規則を教育しなおすよりも態度を変えさせる ことが必要なのである。次の事実を考えれば、道路の状況が戦場と同じ だと思えるだろう。世界中には6億台の車がある。毎年50万の人が 交通事故で亡くなり、1,500万もの人が病院で手当てを必要とする怪我を 負っている(文献1)。以上のことから、 車に搭載されている安全機構を調べ、この機構が最大限に発揮される にはどのようにしたらよいかを検討することを本書の目的とした。 以下で、図3に示されている各装置について個別に取り扱う ことにする。

図3


安全装置の開発

 自動車製造業者はドライバーがミスを犯してもそれを補うことの できる能力を車に与えようと努力している。ひとつの例が、アンチ ロックブレーキ(ABS)である。この装置により、ドライバーは 強くブレーキを踏んでもハンドルのコントロールを奪われることはない。


特製ミラー

 見ることと見られることは殊のほか重要である。もし首の動きが 著しく制限されている場合、他の車や、歩行者を見ることは非常に 困難である。いくつかのタイプのミラーがこの問題を解決する。車内に あるバックミラーは大きいほうがよく、必要ならば全景(凸面鏡)が映る ものがよい。また、2つのサイドミラーを取りつける必要がある。なお、 非球状のサイドミラーか、あるいは通常のサイドミラーに広角の補助 ミラーを取りつけることで視野を拡大することができる。アクセサリー ショップで車のダッシュボードに取り付けるタイプの回転アーム式の ミラーを選ぶことができ、見えにくい場所に角度を向けることができる。


 T字路や十字路で右ないし左を見にくい人もいる。この場合、 ボンネットの先端に2つの補助ミラーを直角に取り付けることで助けに なる。特に電動で調節することが可能ならばさらに良い(図4

図4


 さらに進入路から高速道路に入るときが問題である。しかし、ドアに 取り付けたサイドミラーか車内の補助ミラーを使用することで、 この問題を解決することができる。


高い位置に取りつけた第三のブレーキライト

 ブレーキライトを高い位置に取り付けることで、後続車の追突を防ぐ ことができる。衝突の多くは交差点で車が停止したときに起きている。 車が停止するときにブレーキペダルを踏むことで、高い位置に取りつけた ブレーキライトが点灯すれば後続車から容易に見られることができる。

 運転中は車間距離を十分に取る必要がある。すなわち、自分と前の車の 間は最低3秒の間隔が必要である。これこそ最も効果的な「エアバッグ」 である。スウェーデンのAS協会は後続車に安全な車間距離を取って もらうために中折れ帽を着用させている。スウェーデンではこれを 「トリルビー(中折れ帽)をかぶった老人」と呼んでいる (図5)。

図5


事故時の安全を目指して
 事故が起こった場合、乗車している人ができるだけ怪我をしない ように、車の安全システムを設計しなければならない。我々が話して いるのは数千分の1秒という非常に短い時間のことであり、衝突が 起こって瞬時に安全システムが働かなければならないのである。 第一に、我々は自分たちの車の安全システムについて知らなければ ならず、それを正しく使用しなければならない。車が高さを自動調節 するシートベルトを備えていても、我々が使用しなければ何の役にも 立たない。どの安全システムも、車に乗っている人間よりも車自体が 衝撃を吸収するような構造を目指して作られている。そのため、 自動車は前方や後方に、またできるだけ両サイドにもエネルギーを 吸収する領域を設けている。乗車した人は衝撃を最小限に食い止める、 頑丈で安全な車内におり、シートベルトを着用することで車に 「ぴったり」とつながる。(図6

図6


 エネルギーの方向を衝撃吸収部分でゆがませるのは、衝突時の衝撃を できるだけ分散させるためである。事故の時、最近の車が旧い車より 「ザクザクと音をたてる」のはこのためである。スウェーデンでの 1978年から1981年にかけての大掛かりな調査によると、新しくて重量の 重い車は旧くて軽い車よりも安全であることが解った。新しくて軽い車は 旧くて重い車と同程度の安全性であった (文献2)。

 極端な状況だからといって、安全システムを無視してはならない。 パラシュートが開かないかもしれないからといって、パラシュートなし で飛行機からとびおりるであろうか。


むち打ち症

強直性脊椎炎の人もしくはそうでない人のむち打ち症

 あらゆる事故で、特に後部からの衝撃の場合、乗車している人は いわゆるむち打ち損傷を受ける可能性がある (文献3)。 AS患者2でない人の後方からの衝撃によるむち打ち症は首が後ろに ひどく曲がった後、再び前方にひどく曲がることによって起こる。

 多方面の分野の専門家で構成された「ケベックむち打ち関連障害対策 委員会」は1955年に科学研究論文を発行した (文献5)。対策委員会はむち打ちを、 加速−減速メカニズムによる頸椎のエネルギー移動と定義した。衝撃は 骨ないし軟部組織の損傷(むち打ち損傷)を引き起こし、さまざまな 症状をもたらす(むち打ち関連障害=WAD)。

 ASの症状が進み著しい硬直がある場合、むち打ちのように頸部は 動かないが、健康な人に起こる状態を見ることで力の動きを知ることが できる。図7には後方からの衝撃による鞭打ちの仕組みが 描かれている。

図7


 後方からの衝撃で車(および座席)は前方に加速する。このため、 乗車している人は前に押し出されるような感じを受け、体はその力で シートの背もたれに沈み込む。脊椎は引っ張られ、上方に動く。 いわゆる、反りの運動である。

 頭部は惰性のために玉突きのように動き、首にS字状に首に力が 加わり、つづいて勢い良く後方に曲がる。この動きは首がこれ以上 曲がらないところまで、またはヘッドレストにあたるまで続く (文献6)。

 乗車している人が背もたれとヘッドレストに押さえつけられたとき、 背もたれの弾性とリクライナ機構によって体は跳ね返される。 背もたれとリクライナ機構は、バネやトランポリンのように働くの である。この弾性のために、体は、場合によっては、衝突した車の 衝撃スピードよりも速い速度でシートベルトのある前方に押し出される。 このため、頭部は前方に動き首の曲がった姿勢で止まるのである。
 傷害を受ける危険性は重量のおもい車に乗っている人ほど少ないが、 車の設計において重量は多くの要素の中のひとつにすぎない (文献2)。

むち打ち関連障害−WAD
 むち打ち損傷は頸部の痛み、頭痛、めまい等を起こし、また他の 多くの症状を引き起こす。これがむち打ち関連障害である。

 痛みは捻挫によって起こることもあるが、ほとんどの場合その根源的な 損傷が解っていない。

 損傷は前方(文献7)および後方 (文献6)への曲げ によって起こる。幸い、たいていはわずかな不快感のみで、痛みや他の 症状を示す場合も数週間から数ヶ月で消失する。しかし、痛みや不快感が 長期間にわたって持続することもある (文献8)。

 三点式シートベルトは反り運動を抑える、と同時に頭部と頸部は 十分な高さをもったヘッドレストによって保護される。一方、三点式 シーベルトは体のみを保護するものであり、頸部と頭部は過渡に前方へ 曲がる危険性がある。

 むち打ち症や他の損傷を防止するためにヘッドレストだけでなく 車全体の設計を考慮することが重要である。それにもかかわらず、 後章で述べるようにヘッドレストの適切な設計は怪我を減少させるに 役立つ。必要ならば、自分の車のヘッドレストを操作してみるが良い。


シートベルト

命を守る大切な装置

 三点式の腰−肩−ベルトは事故において命を守る最も大切な装置 である。これによって傷害の危険性は40%から60%も減少する (文献9)。

 ただし、シートベルトは正しく装着しなければならない。腰部の ベルトは腹部ではなく骨盤の上にぴったりと着用する。もし肩の 部分の高さを調節することが可能ならば、肩と首の中ほどにベルトの 位置を決める。車によっては高さ調節が自動的に行われるものもある。 シートベルトを腕の下に入れてはならない。このようにすると胸部や 腹部の怪我を招く。事故の場合に備えてシートベルトはできる限り きつく(ぴったりと)締めなければならない。シートベルトがゆるいと、 ベルトで押さえられる前に体は加速し、怪我の危険性が増す。 正面衝突でシートベルトが確実に作用するのに二つの方法がある。 シートベルト・ウェブロックとベルト・プリテンショナーである。

  1. 突然の原則が起こった場合、シートベルトはウェブロックによって リアクタースプール機構が働き固定される。このシステムは通常の 状況下ではかなり自由な動きをするが、いったん事故が起こると 防止装置が働く。
  2. ベルト・プリテンショナー機構は乗車している人が動き始める前に 作動し、シートベルトは体をしっかりと固定する。(図8

図8


 ただ、最初の停止に続く特定の動きによる胸部への圧力と頸部への 圧迫を少なくすることが望ましい。これは激しい正面衝突時に シートベルトが約10%変形することによってなされる。(激しい衝突の 後、シートベルトを取り替えなければならないのはこのためである)

フォースリミッター

 いくつかの車にはフォースリミッターと呼ばれる装置が備えられ、 ベルトに過度の負荷がかかった場合、シートベルトをしっかりと固定する ようになっている。図9はその一例である。これはスティファー ベルトと繋がり、ベルトにかかる負荷値はフォースリミッターによって 決定される。

図9


 頸部を損傷する割合は三点式シートベルトを使用することで増加する。 衝突時に体は押さえつけられるが頭部と頸部は押さえられないからである。 しかし、AS患者でない人の場合、シートベルトの使用で生じる頸部の 問題はさほど多くない。

 衝突時にAS患者の頸部にかかる圧力を考えると気がかりである。 しかし現状では、シートベルトの代わりとなるものが見当たらない。 ケベック対策委員会によるむち打ち関連障害に関する大規模な調査に よれば、医学的もしくは職業上の理由からシートベルト着用を免除されて いる人がそれによって損失をこうむることがあっても利益を得ることは ないと強調している(文献5)。

安全を失うもの

 時速50 kmでの正面衝突は状況と車にもよるが平均15Gから20G、 最大で35Gの減速力が加わる。[G]は加速度に使われる用語である。 1Gは地上における通常の重力である。20Gでは、人や物が20倍の重さ になる。自動車でベルトを着用していない人や固定していない荷物には 正面からの衝撃で後方からの莫大な力が加わることになる。このことは、 人であろうと犬であろうとベルトを着用したり荷物を固定したりすること の重要性を強調している。

 後部座席でベルトをしていない人は前部座席でベルトを着用していない 人と同様に怪我をする危険性がある (文献2)。

 シートベルトはすべて三点式のタイプが良い (文献1011)。 後部座席の中央にあるシートベルトが腰ベルトの場合、7歳以上で、 かつ背の一番低い人が使用するようにすべきである (文献9)。


【要 約】
 いつでも乗車しているすべての人がシートベルトを着用すべきである。 事故の場合を考えてシートベルトはできるだけきつく留め、体と首への 圧力が少なくなるように調節すること。


座席とヘッドレスト

座席とヘッドレストに何を求めるか

 座席は快適でなければならず、同時に事故が起こった際に乗車して いる人を保護するようにできている必要がある。後方からの衝撃に 対して、ヘッドレストは頸部の後方への反りを最小限にとどめる必要が ある。背もたれとヘッドレストは衝撃を防ぐために十分な強度が必要だが 「むち打ち症」の章で述べたように跳ね返りをできるだけ避けるように する必要がある。しかし、理想的な背もたれとヘッドレストを造るために、 どれほどの弾力性と硬さを持たせるべきなのか、いまだに決定がなされて いない。現在ある背もたれやヘッドレストよりもエネルギー吸収性を さらに良く改良したものが望ましい。それによって後方からの衝撃に 対して跳ね返り、すなわち「トランポリン効果」を減少することができる であろう。

 背もたれの形状や構造に関して、より多くの知識が必要である。

 座席とヘッドレストは一体構造が望ましい。このような方法で ヘッドレストが取りつけられていると調整の必要がなく、乗車している 人の頭の後ろに十分な高さを持ち、頭部との距離も近づけることが できる。

 車の座席とヘッドレストはそれぞれ設計がかなり異なっている。 中にはまったく効果のないものもあり、たいていは低すぎて不安定に なっている(文献4)。今日の研究から、 次の事柄を検討する必要がある。(図10

図10


  • 背もたれとヘッドレストの高さ
  • 頭の後ろからヘッドレストまでの距離
  • ヘッドレストの外形
  • 座席とヘッドレストおよび芯となる詰め物の弾力性
  • ヘッドレストの幅

 ヘッドレストは目の高さから垂直に7cm上高くなければならず、 背もたれとヘッドレストは一体構造として設計されるのが理想的である。

 ヘッドレストに関して重要なことが二つある。ひとつは頭部の 重心部より高く伸びているということである。これは目の高さより 7cm上にあるかどうかという問題に当てはまる。さもなければ、 後方からの衝撃を受けたときヘッドレストが首が曲がるときの支点 として働いてしまうということである(図11)。

図11


 ヘッドレストは、高さの調節可能なものが頸部の損傷を引き起こす 危険性を15%減少するのに対して、固定式のものは25%減少することが 判明している(文献2)。両者の違いは 多くの場合ヘッドレストが適切に調節されていないか、事故が起こった ときにヘッドレストが下に落ちてしまうということが考えられる。 高速道路の安全を扱っている保険協会の現状レポートは、高さを調節した ヘッドレストを固定するような機構を取りつけることを強く勧めている (文献12)。 図12にあるようなアルミニウム管で高さを調節し固定すれば ヘッドレストが下がってしまうような危険を防止できる。しかし、 ヘッドレストは背もたれとの関連で安全性を確かめることが極めて 重要である。一番高い位置に調節しても背の高い人にはヘッドレストが 低すぎる場合が多々ある(文献4)。 この要望に応えて、ある自動車メーカーはヘッドレストの伸長部品を 提供している。

図12


ヘッドレストと頭部との距離

 もうひとつの重要なことは、誰にでもできることであるが、頭と ヘッドレストとの距離をできるだけ近づけるということである (文献3)。 その距離は0cmから3cmにすべきである。これは首を自由に曲げる ことのできない人には特に重要なことである。

 多くのAS患者は背中や首が湾曲したり硬直したりしているため、 ヘッドレストを安全に使用するには特別の詰め物が必要である。 これに関しては後ほど扱う。

 ヘッドレストによっては水平方向に調節できるものもあり、頭部と ヘッドレストとの距離を調節することができる。だが、この機構では、 激しい衝突に対しても、ヘッドレストを所定位置に留めておける程の 十分な強度を有しているかどうかが疑問である (文献4)。

 背もたれを後ろに傾け過ぎるとヘッドレストと頭との距離が離れて しまうので、注意しなければならない (文献13)(図13)。

図13


 ヘッドレストと背もたれは同じ硬さと同じ弾力性の素材で構成する のが望ましい。「むち打ち症」の章で述べたように、体は後方からの 衝撃に対して首よりも早くかつ速く跳ね返る。この体と頸部での 異なった跳ね返りは、ヘッドレストよりも背もたれの方が速く エネルギーを反射する場合により大きくなり、頸部の最も低いところで いわゆる剪断力が働くことになる。

 現在のところ、背もたれとヘッドレストにどれくらいの硬さを 持たせれば最も安全であるか解っておらず、硬さと弾力性にどのような 特性を持たせたら良いかという点でも正確な方法は確立されていない。 そのため、背もたれとヘッドレストの弾力性はほぼ同じであると 見積もっておくしかないのである。

ヘッドレストに特定の形状をつける

 ヘッドレストを設計する上で、AS患者のためにはいかなる実際の テストも行われていないのだが、ボルボ自動車は個人の姿勢に 合わせて特別の詰め物をすることで、事故時に生じる頚椎の動きや 力の運動を最小限に抑え、脊椎の湾曲の変化をできるだけ少なく 食い止めることを提案している (文献313)。 もし「ベルクロ」(訳注:マジックテープの商品名)を特別の 詰め物の固定に使用する場合、「ベルクロ」素材の取り付けや 破れに十分注意しなければならない。

 しかし、過度に形状をつけるべきではない。体を前に乗り出して いるときに後ろから衝撃を受けた場合、体は後ろに投げ出され、 その時ヘッドレストの形状に添って、正確な位置に頭部があたるとは 限らないからである。この場合、ヘッドレストが頭部と頸部を十分に 保護することができなくなる。また、反りの動き(むち打ち症の項で 述べた、背がまっすぐに伸びてしまうこと)で、頭部と頸部がひとつの 位置にしっかりと固定されてしまい大きなトラブルを引き起こす 可能性がある。

 ヘッドレストはできるだけ幅がある方が良い。法律ではヘッドレスト の幅を最低17 cmと規定しているが、ある角度に曲がったときに 保護したり、衝撃を相殺するためにできるだけ幅を持たせるべきである。 当然、ヘッドレストの幅と後部座席に乗車している人の視界との妥協点を 見出さなければならない。

ヘッドレストの補正の例

 図14は、泡沫でできた特性の詰め物による、個人用に設計した ヘッドレストの例である。これはデンマークの外科用器具メーカーが 作成した。

図14


 図15は補充用の詰め物で造った例である。ノルウェー製で厚さ 7、9、12 cmの3つのサイズがある。このヘッドレストはポリエステルの 芯を用い柔らかい泡沫の層で覆われている。この種の補足のヘッドレスト は特定の自動車のために作られているのではないので、自分の車にきちん と取り付けられるかどうかチェックすることが必要である。現在のところ、 このようなヘッドレストを販売している国は限られている。本書の巻末に ある住所録で確認されたい。

図15


 背もたれとヘッドレストの硬さが同じであるかどうかという問題は 上記の2つのモデルでは解決されていない。

【要 約】
 頭部とヘッドレストとの間が密接しているのが一番良い。

 以下の点を確認すること

背もたれとヘッドレストが一体構造の場合
  • ヘッドレストの高さが目の上7cm以上出ているか。
  • 通常の状態で腰掛けたとき、頭の後ろとヘッドレストの距離が 0〜3cmの間にあるか。
  • 特別の詰め物が必要な場合、背もたれとヘッドレストはほぼ 同じ形状、硬さ、弾力性であることが望ましい。
ヘッドレストが調節式の場合
  • 上記の事柄に加え、次のことが必要である。
  • ヘッドレストは十分な高さに伸ばせることが必要である。
  • ヘッドレストは止めた位置で固定できること。

 バックミラーに注意し、後方からの衝突が避けられないと判断し、 かつ時間的な余裕が少しでもあれば、頸部の怪我をできるだけ 避けるために、
  • 真正面を見つめること、
  • ヘッドレストに頭を圧着すること、
が大切である。


前方からの衝撃に対するエアバッグ

エアバッグの設計と機能

 エアバッグはシートベルトの補助のためのものである。運転手用の エアバッグはハンドルの中央に取り付けてあり、ある車では補助席の 前方のフロントパネルに取りつけてある。

 エアバッグは車の減速力(突然の停止)を感知する装置によって働く ガス発生器で構成されている。エアバッグは布ないしナイロンでできて おり、無毒性のガスで膨張し、運転手および助手席にいる人に対し 衝撃をできるだけ押さえて保護しようとするものである。

 エアバッグはおおよそ50ミリ秒、すなわちシートベルトを着用した 人が前方からの衝撃によって動き出す前に、充分に膨張する。また、 エアバッグに乗車している人がぶつかると吹き出し口によって確実に 空になるようになっている。エアバッグが空になるときにエネルギー を吸収するので、乗っている人にかかる負荷を減少することができる。

 エアバッグが膨張するのは一瞬の間だけである。正確な時間はエア バッグのタイプや車の種類によって多少変化する。図16に ひとつの例が示されている。

図16


 エアバッグには2つのサイズがある。「ヨーロッパタイプ」は比較的 小型でシートベルトを着用している場合に最も効果を発揮する。 「アメリカタイプ」は大型でシートベルトを着用していない場合にも 前方からの衝撃に効果を発揮するようになっている。しかし、常時 シートベルトを着用することが強く勧められる (文献14)。

 どちらのエアバッグを用いるかは車の種類によって異なり、 それぞれの車に合わせて造られている。

 エアバッグが作動するのは前方ないしほぼ前方からの衝撃で、 なお、ある程度以上の減速力が働いた時のみである。エアバッグが 作動する衝突速度は車が障害物に衝突したときの大きさ次第である。 それゆえ、エアバッグが作動する正確な速度を述べることは不可能 である。

 シートベルトのみを着用しているときに比べ、シートベルトと エアバッグを併用している場合では正面からの衝撃に対して怪我を する割合いが明らかに減少する。


安全に使用するためのルール

 エアバッグは命を守り、怪我する割合いを減少する。しかし エアバッグはまるで小さな爆発を起こすように急速に膨張するので、 以下に述べる簡単なルールを守る必要がある。

 エアバッグに近づき過ぎないように座席につくこと。

 エアバッグが装備してあろうが、無かろうが、ハンドルに顔や胸を 近づけすぎるのは非常に危険である。エアバッグに近づきすぎると、 膨張時に早くぶつかりすぎる(文献15)。 エアバッグは乗車している人にぶつかる前に充分に膨張する必要がある。 そして、ぶつかった直後に空になる必要があるのである。

 危険を避けるために運転手はいくつかのことを守らなければならない。 まず、膨張しきる前のエアバッグに衝突するのを避けるために、 シートベルトを着用すること。また、快適な運転位置を確保しようと して必要以上に座席をハンドルやフロントパネルに近づけすぎないこと。

 もし、体が湾曲しているならば、ハンドルの中央から顎までの距離を 測っておくと良い。自動車がアメリカタイプのエアバッグを装備している 場合、最低30 cm以上の距離をとるべきである (文献1617)。 エアバッグが小型のヨーロッパタイプの場合は、20 cm以上が望ましい (文献17)。この数字はおおよそのもの である。強直性脊椎炎患者の場合も以上の条件を守ることが望ましいが、 その上で快適な運転位置を見つけるのが適当である。

 車によっては運転手がハンドルから離れることができるように、 ハンドルの調節が可能なものもある。背の低い人の場合、ハンドル 近くに座る傾向があるが、ハンドルに接近して座る代わりに、シートを 高くするか、ハンドルを下にさげるほうがよい。もし背が低いために ハンドルに近づかなければ足がペダルに届かない場合には、延長ペダル を購入すべきである(文献18)。

 補助席側にエアバッグが装備されている場合は、身長が140 cmに 満たない子供を乗せる時には後部座席に座らせたほうがよい (文献18)。
 なお、助手席側に後ろ向きのチャイルドシートを装着すると 安全性が非常に高くなる。しかし、エアバッグと同時に使用すると 危険性の方が高くなる。衝突したとき、エアバッグがチャイルドシートに 当たり、その衝撃力で子供を死の危険にさらすことになる。従って、 チャイルドシートを取りつける場合、助手席側のエアバッグを使用不可 にしなければならない(文献18)。 エアバッグを一時的に取り外すことができるのは限られた車のみであり、 かつ限られた国の当局のみが許可していることに注意しなければ ならない。このような場合、チャイルドシートは後部座席に取り つけなければならない。

 フロントパネルに足を乗せてはならず、また子供や動物を膝に乗せて もならない。

 妊娠中の女性の場合、シートベルトやエアバッグの使用がとりわけ 有益である。しかし、妊娠後期の女性の場合、ハンドルから腹部間での 距離を取るのが困難である。このような場合、その女性は助手席か 後部座席に座った方が良い (文献1819)。 シートベルトの腰部分が腹部の下になるように特に注意すべきである。

【要 約】
 エアバッグはシートベルトを常時着用している時に、非常に有効な 補助手段となる。もし、体が湾曲していたり、背が低い場合には、 これまで述べたようにハンドルからの距離に注意しなければならない。 強直性脊椎炎の場合にも、ほとんどの場合、前方からの衝突に対して エアバッグの使用は非常に有効である。


側面からの衝突とサイドエアバッグ

 交通事故では、正面衝突と同様に側面からの衝突も非常に多い。 交通事故のうち人身事故の21%は側面からの衝突である (文献1)。

 強い構造を有し、かつ自動車内部にエネルギー吸収部分、ドア部に エネルギー吸収構造などが組み合わさると側面からの衝突に対して 安全性を非常に高めることができる。側面からの衝突による安全性を 高めるために、ボルボ自動車は1994年にサイドエアバッグを装備した (図17)。この機構は他の多くの自動車会社でも採用し始めた。

図17


 サイドエアバッグは前座席の各背もたれ部に取りつけられている。 膨張することによって、胸部を保護するクッションとして働く。 側面からのある程度以上の衝撃があるとサイドエアバッグは15ミリ秒 以内に膨張する。


将来の安全システム

 自動車の総合的な安全性能は近年飛躍的に向上しているが、車内に 関してはなお改善の余地がある。幸いなことに多くの研究が続けられ ている。たとえば、衝突の仕方によって最も適した安全システムが 作動するように中央処理装置が動くようなシステムがいくつか研究 されている。

 安全システムは二つに分類することができる。
  • 一般の安全システムは対象が、健康であろうが疾患があろうが、 太っていようが痩せていようが、とにかくすべての人に向けられている。
  • 同時に、安全システムは個人差を考慮に入れている。

一般の安全システム

背もたれとバックレスト

 ボルボ自動車にはWHIPSと呼ばれるむち打ちを防止するための 研究班があり、そこで新しい座席のデザインを研究している (図18)。新しいデザインが目指しているのは
  • 乗車している人にかかるG値を下げること。これは乗っている人に 加わる力をできるだけ緩和することを意味している。
  • 脊椎の動きを最小限に食い止める。これは、背中および首全体に 対する保護を意味し、衝突時に脊椎の曲りが変化するのをできるだけ 小さく抑えようとしている。
  • シートベルトを着用した人の跳ね返りを最小限に抑える。

図18


 後方からの衝撃があると体と背もたれの間に働く力によってWHIPS システムが作動する。リクライナーによって背もたれが後方に 平行移動し、それによりヘッドレストとの距離を増大させることなく 乗車している人と背もたれの間に働く力を減少することができる。 特別のエネルギー吸収が行われたとき、背もたれは後方に移動する ことが可能である。背もたれは乗車している人の背中と首を穏やかに 保護するように移動する。

 スウェーデンの自動車安全システムの最大の製造業者である オートリブは背もたれを外部枠と内部枠を用いて組み立てるデザインを 研究している。後方からの衝撃があった場合、内部枠がはずれ、 乗車している人の体はそこに押し付けられるため、背もたれに沈み込む ことができる。こうして、頭部はヘッドレストに近づくように動く。 背もたれは後方に最大20度まで傾斜することができる。

 サーブ自動車はサーブ可動ヘッドレストと呼ばれるデザインを 紹介した。これはてこの原理で働く。ヘッドレストは座席の背もたれに 圧力板で結合している。後方からの衝撃があると、乗車している人の 体は背もたれに押しつけられる。その時、圧力板は後方に移動し、 それによってヘッドレストを上方および前方に動かす。こうして 乗車している人の頭部は後ろに曲がる前にヘッドレストに 押さえられる。

 はじめに述べた二つのモデルは、後方からの衝突時に体の跳ね返りを 減少するものである。さらに、どのような場合でも頸部とヘッドレストの 距離が接近していることの重要性が強調されている。先に述べたように、 AS患者にとって最大3cmの距離を守ることはきわめて大切である。

 AS患者が上記、三種類の座席のデザインからどのような利益を得る ことができるかを述べるには更に調査を続ける必要がある。


サイドエアバッグシステム

 サイドエアバッグシステムは乗車している人の頭部の保護を向上させる、 もう一つの装置である。一例を示すと、「膨張可能な管構造」と言うこと のできるもので、この装置はドアの上に取り付けられ、15 cmの幅を もったナイロンチューブでできており、前座席に座っている人の頭の 高さで膨張する。このシステムはBMWの車のうちのいくつかに 採用されている。

 ボルボ社にはIC(膨張可能なカーテン)と呼ばれる研究班がある。 ICは前座席、後部座席の両方の座席に座っている人の頭部を保護する ことのできるカーテンである。膨張すると、カーテンは車内部の前方 から後部の柱までの上方を覆う。メルセデス・ベンツ社は似たような システムを導入の予定である。


個人差を考慮した安全

スマートエアバッグ

 スマートエアバッグやインテリジェントエアバッグは世界中で開発の しのぎを削っているものである。このエアバッグは乗車している人の 体重や座席での位置を考慮して膨張する。もちろん、衝突の大きさも 考慮に入れている。

 第一世代の「スマートエアバッグ」はメルセデス・ベンツ社で 製造されており、助手席にチャイルドシートが取り付けられた場合、 助手席側のエアバックは自動的に作動しなくなる。

シートベルト

 シートベルトは衝突時に乗車している人の体重に従って胸部にかかる 圧力をうまく調節できるように設計されるようになるだろう。


ドライブを楽しもう

 車の安全性を向上させるためにこれまで多くのことが実施され、 引き続き多くの研究が行われている。しかし我々は今まで述べてきた ことを基本にしなければならない。AS患者であれば、なおさら、 現在ある装置を充分に活用することが重要である。本書を通して 安全運転に対する関心を高め、今後ますます進化するであろう 安全装置に興味を抱かれることを願っている。


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