日本AS友の会会長 田中健治
日本AS友の会総会に出席すると、なぜかホッとして、気持ちが開放
されて楽になります。数ある障害の中でも、強直という独特の進行性障害と
痛みを抱えて生活していく中で、強靱な精神力の持ち主と信じられている
私にもやはり人並みのプレッシャーがあったのでしょうか。当日、参加
されている皆さんも実にのびのびとして明るく、活き活きした、その笑顔
と雰囲気に包まれているだけで気持ちが軽くなってきます。
1年に1回の総会は言うまでもなく、最近、定期的ではありませんが
関東・関西で開かれている懇親会や忘年会などでも、きっときっと日頃
どこかに閉じ込められている気持ちを発散させて、大いに楽しんで
おられることだろうと思います。是非、これからも続けていってほしい
と思いますし、できるだけ多くの方が参加しやすい方法を編み出して
いってもらいたいと希望します。
小さな寄り合い。大きな寄り合い。潰れては何にもなりませんから、
ボチボチと取り組んでください。
何をするにも、世話役さんがいなくては出来ません。新しい会員さん
でも、賛助会員さんでもいいんです。是非、お手をあげていただきたい
と思います。日本AS友の会では、会則に「賛助会員は会員と同等の
権利を有する」と謳っておりますから。
私たちの友の会は確かに患者会ではありますが、何をするにも家族
やそれ以外の賛助会員さんが気持ちをひとつにして参加してくれます
ので、ともすれば狭くなってしまいがちな視野も広がり、大変有難い
事だと感謝しています。
強直性脊椎炎(AS)の病歴も様々なら、年齢の幅も10代から70、
80歳代までと実に幅広く、また軽い症状の人から重度の人まで、
脊椎の強直も1本の棒のように真っ直ぐな人から前に湾曲する人まで
と、これら色んなタイプの人達がいてこその友の会なのですが、
患者全員が大なり小なり抱えている強直やこわばりで、身体は常に
硬く、曲げようと思っても曲がらず、伸ばそうと願っても伸びない
この苦痛は、なかなか常人には理解され難いものがあるでしょう。
私はいま、両下肢を股関節から失って、いわゆるダルマさんに
なっています。切断手術から1年半が経ち、漸く身体を真っ直ぐに
立てられるようになりました。なかなかすぐには切断創が硬くならず、
痛んだり、これまでの長い年月立つか寝るかで座るということが
無かったため、いわゆる自転車で言えばサドルが当たる部分、
内股で柔らかい箇所に加重が掛かって水疱が出来たりで、思ったより
時間が掛かりました。
特にリハビリに励んだと言うことでも無く、幸いにも印章彫刻
という仕事を生業(なりわい)にしてきましたから、ベッドの上で
背中を起こして仕事が出来ないか、折角、注文をいただいている
のに……以前、腰が痛んで半年間まったく動けなくなったときでも、
一度だけだが彫刻をしたことがあったのではないか……などと考えて、
何度か失敗をしましたが何とかものにすることが出来ました。
何しろお客さんに使っていただく印鑑ですから、適当では通用
しません。姿勢が姿勢ですから、集中力が以前以上に必要で、ふと
気が付くまでは、痛みなど忘れて集中しているわけでしょう。
以前の私も何かにつけて、仕事、スポーツ、娯楽、ボランティア
活動、何にでも首を突っ込んで、夢中になってやっていました。
夢中になっているその間だけは痛みを忘れていました。もちろん
大事な友の会のこともその中に入っていますが。皆さんも多分
そのようにして過ごしておられるのだろうと思います。
かつて友の会の監事で、産業廃棄物処理会社の役員をされていた、
故、Yさんなどは、毎晩真夜中に痛みがひどくて眠れないものです
から、毎晩のように麻雀をして、その間は痛みを忘れ、疲れ切った
明け方から僅かな時間熟睡して出勤していたようです。随分前屈
姿勢の酷い方でしたから、確かにマージャンもお好きだったの
でしょうが、さぞかし、しんどいときもおありだったでしょう。
そう、いまの私の場合、電動車椅子での散歩や相変わらずの
いろんな公式行事、スポーツ、ボランティア活動、娯楽など、
頻繁に出かけることも、気が付かないうちにいいリハビリになって
いるのでしょう。
家に閉じこもっているばかりでは、どうしても気持が前向きに
なりにくい面が出てくるようです。あの薬漬けになっていた難治性
下腿潰瘍悪化による昼夜に亘る激痛が消え失せた今、あとは気持ち
を前向きに持っていくだけで済むものですから助かります。お天気
の良い休日、出来るだけ散歩に出かけるようにしているのです。
自宅のすぐ近くの和歌川は、万葉集に詠まれている和歌の浦や
片男波(かたおなみ)という、古(いにしえ)の名所につながって
います。この川沿いにそって2、30分、いつも妻と一緒に河川敷で
やっているテニスや野球、サッカーなどを眺めながら、ダイエー
和歌山店までいくのが通常のコースです。
ダイエーでゆっくりして、また散歩しながら帰路につきます。
時には、お尻が痛いときもありますが、湿布と薬で凌げていますし、
痛みも徐々に軽くなっています。
私が動くと、どこにいても仮にそれが病院であっても同じこと、
人々の興味津々の視線が注がれます。しかし、これは真っ直ぐな
ときも今もまったく変わりません。ただ変わったのは私の気持ちで、
プレッシャーに慣れるというのか強くなるというのか。
昔、若い頃、両松葉杖で3点歩行していたときに幼児を荷台に
乗せた父親が、追い越しざまに私の周りをぐるぐると舐めるように
見つめながら、自転車が失速して倒れそうになるまで回り続けた
その時と、股関節が化膿して人工関節置換手術の後、近所を足慣らし
に歩いているととき、通りすがりの近所の主婦と顔をあわせるのが
なぜか嫌で、逃げたくなる自分を励まして無理に挨拶を交わした時と、
もう一つ、病院の食堂で壁にもたれてうどんを食べていると、
2メートルほど前ですしを食べている男性が初めから終わりまで、
実に嫌な目つきで私をじっと見つめていたことが、プレッシャーの
強い印象として残っています。
見つめるといえば、ある日、病院の待合室で、長いす4列ほど
隔てた向かいの壁際に学生風の男性が立ったまま本を読んでいました。
私もこちら側の壁にもたれて内科受診で順番待ちでした。ふと、
見るともなしにあたりに目をやると、思わず目をそらせなくなって
しまいました。
長い待ち時間を読書ですごしているその学生に並んで、1メートル
ほど離れて佇んでいるご婦人の顔は、まさしく映画にあった象皮病。
お目にかかったのは初めてでした。
あまり見つめることは、いくら距離が離れているからといっても
失礼ですから、それとなくそっと見ておりました。まず、感心した
のは、本を読んでいる学生風の男性。時折本から目を離したおりに、
すぐ隣に立っているその女性に気づいているんでしょうが、何てこと
も無い様子。うーん、近頃の若者はいいなあ、と思わず嬉しくなって
しまいましたが、前を行き来する人の中には、通りすがりにハッと
して、思わず一歩遠回りする人もいます。
この女性の家族はどうしているんだろうか。もしこの人が私
だったらどうだろうか、顔を隠さずに外を歩けるだろうか、
この人は随分勇気のある人だな、などと様々に考えていましたが、
やがて、1時間ほどたった頃、「待たせたなあ」と中年の男性が
彼女の肩を叩き、押すようにして正面玄関へ向かっていきました。
やはりそうだったのかと合点がいきました。彼女を愛する人が
いた。多分ご夫婦なのでしょう。何のこだわりも違和感も感じ
させませんでした。ごく普通の中年の仲の良いご夫婦の姿でした。
きっと、この男性もこの女性に愛されてこそ幸せなんだと。
じわっと涙ぐむのも仕方の無いことでした。何故って、
素晴らしく美しい姿に出会ったのですから。しかしこのお二人に
とっては何でもない普通のことなんでしょうが……。
社会には、たとえその人がどんな状態であれ、誰かその人を
心から愛する人がひとりでもいれば、周りの人はその人を
受け入れずには置かないという不文律のようなものが存在します。
友の会はお互いに、いかなる会員さんをも、友の会全体としても
また個人としても、大手を広げて受け入れ、愛しています。そして、
社会のいかなるプレッシャーにも負けないように、わたしたちは
「何か、われを忘れて夢中になれること」を、どんなことでも
いいから見つけて、気持ちのリフレッシュを図りたいものです。
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