「昨日、今日、そして明日へ」

日本AS友の会会長 田中健治

 こんにちは、お電話をありがとうございました。無人島で、はじめて 人に会った時ぐらいうれしかったです。
 とにかく、まわりに同じ病気の方がおられないので暗中模索で生きて きました。体の痛みと病気進行の不安の中で、医者さえ味方でなかった ので、ありとあらゆる事を試みました。もうその生きざまが“まんが” であります。
 (中略)
 「会」のあるリウマチの人達がうらやましかった私です。皆、どうし てたの?、皆どうしているの?などと同窓会で出会った友達に言うように 同病の方に聞いてみたい気がしています。
 (後略)

 文章表現豊かなMさんからのお便りの一節です。30歳代後半のMさんは 高校三年頃から約15年間、病名が判らないままに病気だけが進行して ゆきました。公立病院を受診していながら、しかも比較的情報量の多い 関西におりながら、こういう状況下におかれたということに驚かされ ました。自分で勝手に医学書を漁り、自分で勝手に「強直性脊椎炎」 だろうと診断を下しながらも、医師の口からそれが間違っていなかった ことを告げられたとき、心の底からホッとしたと言っておられます。
 もっと早く診断がつけられていたら、もっと早く友の会が出来ていたら、 Mさんは随分と助かったことでしょう。「友の会」の存在の意義を、 これほど強く感じたことはありません。

 第2回総会の席上、活発な意見交換が行なわれましたが、後日、 その中のおひとりからお電話をいただきました。
「皆さんのお話を伺ったり、生活態度を拝見したりして、帰宅して から反省いたしました。せっかく前向きに生きようと考えて友の会に 入会させていただいたのだから、病気のことばかり考えて怖じ気づいたり、 病気を人前で隠したり、気に病んだり、そんなことはもうやめたと 思い始めたら、肩の力が抜けて楽になりました。
 ただ、総会について言えば、時間の関係もあるので仕方ないかも 知れませんが、もっともっと心を開いて話し合える状況を作って もらえたらと思いました。」

 いまAS友の会で、多くの方が望みしかも実現しない、最も欠けて いるものは、この横のつながりなのです。
 今年は是非、関東、関西、或いはもっと小さいサークルでいい集まり が持てるよう、企画立案してみたいと思っています。
 会員の皆様のご協力をお願いいたします。


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