人工股関節置換手術闘病日記



K.K.


 2001年、21世紀を迎える年に、念願の人工股関節全置換手術を受けました。 私も、多くの手術をされた先輩のお話を伺い安心して、手術を受ける事が 出来ました。今回入院中に日記を書きとめ、「らくちん」の誌上に載せて 頂く事で、この後手術を受ける方、受けようか考えている方の参考になれば と思い、拙い筆を取りました。私のケースがすべてではなく、一例として 読んで頂くと幸いに思います。


9月15日(土)
 AS友の会総会、東京ドームホテルのシンシアにて開催される。初めて 出席し、総会終盤のアンケートに対しての質疑応答で自分のアンケートが 最初に読まれる。人工股関節手術前で、入院に対しての心がまえを青森の S氏、奈良のT地区長、佐賀のT氏よりアドバイスを頂く。総会で知り 合った東京のH夫妻と懇親会で同席させて頂き、大いに飲み、食べる。 初めて田中会長にも挨拶させて頂き感激。以降、二次会、三次会とリミット の午前1時まで飲み、最後は表に出てラーメンで〆。精力的に回った つもりが、役員の方に挨拶しきれず、次回は必ず話すぞと心に誓う。 非常に有意義で忙しい1日でした。

9月16日(日)
 朝9時の新宿発の高速バスで山梨の家に戻り、中学生の長男の体育祭へ。 さあいよいよ明日は入院!。

9月17日(月)    入院初日
 朝、山梨の富士吉田の自宅を出て、すぐ車の異音に気が付き、 タイヤを見るとボルトが刺さっている。まだ時間も早く、車屋さんも 開いていないため御殿場まで降りてディーラーで修理。そのため、 相模原の病院に着いたのは10時30分で、45分の遅刻。

 15年も外来に通った病院であるが、5階の入院病棟に上がったのは 初めて。4人部屋だが案外広い。3人の部屋の先輩に明るく挨拶。 ラウンジもゆったりしている。長い入院生活、くつろげるだろうか。 病棟の看護婦さんも皆、若くて可愛らしい。外来に通っている時には、 想像もつかなかった。早く仲良くなって、やさしくしてもらおう。

 妻が荷物をかたずけている間に、早くも昼食。朝食が遅く、お腹は 空いていなかったがムリして完食。量は程々だが、味付けは薄い。 これから3ヶ月近くこの食事かと思うと辛い。食事後、総会の時の 井上先生のアドバイスから、さっそく病室のベットのマットを柔らかい スポンジタイプに変更してもらう。
 枕も2つ使わせてもらいベットの背もたれを少し上げれぱ、眠れる かな〜。入院病棟の担当医は外来と替わり若い茶髪の体格の良い先生。 足の可動範囲の測定など、ベットサイドで簡単な診察を受ける。 会話の中で、私が「AS」と話すと、「エッ!?」……この医師は AS=強直性脊椎炎と知っているのだろうか、何かチョット不安。


 タ方、担当医より9月20日(木)、27日(金)の2回、手術用に 貯血(各400cc)を行い、さらに1週後の10月4日(木)に手術を 予定していると告げられる。9月17日(月)の入院よりなんと17日後が 手術、大学病院の本院に隣接する分院で、療養病院的な要素の強い病院 であるが、それにしても遅い。


 入院初日の夜、10時消灯。こんなに早い就寝は何年ぶりか。ベットで 目を閉じるとかすかにジェット機の音。ここは厚木基地の着陸進入路に 近く、タッチアンドゴーの夜間練習か。Xデーは近いのか。

9月18日(火)    入院2日目
 本日は検査ラッシュ。寝起きに尿を採り、朝食前に採血(医師が遅れて 8時すぎに来て、朝食1時間お預け)。9時25分より胸、膝、股関節の レントゲン撮影。10時30分より心電図。昼食をはさみ、13時45分より 股関節の断層写真の撮影。14時30分より耳たぶを少し切り、出血が止まる までの時間の検査。約90秒で止まる。

 今日の検査、朝の採血以外はすべて女性の方が検査。この世界の女性の 社会進出はめざましい。そのうち、医師も皆、女性になってしまうのか。 心電図の技師の方、断層写真の技師の方、私の右股関節が伸びぬゆえ膝の 下に枕を入れ検査を行う。これが結構楽な為、早遠病室に戻った後、看護婦 さんに頼む。これで仰向けで眠るのが楽になった。

9月19日(水)    入院3日目
 朝8時から入院後初の回診。教授先生を筆頭に講師の医師、若い医師、 その他約20名の大名行列。主治医から教授先生に「彼が強直性脊椎炎の患者 さんです。」と紹介され、若い医師がものめずらしさに殺到するかと思いき や知らんぷり。教授先生から「大丈夫ですよ。すぐに楽になるようにして あげますから。」と暖かい言葉。本当は若い医師達に持っている知識を全部 出しASのいろはを一席ぶってやろうと思ったのが肩透かし。


 今日も検査。9時から首のレントゲン。13時から呼吸機能検査。肺活量は 3,470cc。背骨が曲がり縮んだ身長から算定すると、通常の95%だそうだ。 検査師さんから「1OO%くらい気合でいける。」とハッパをかけられる。 ブレスボリューム(息を吹き出すスピード)が、曲がった首のせいでうまく 勢い良く吹き出せず、やり直す事6回。少々息を切らす。

 検査の後、地下の売店で「らくちん第8号」にも紹介されていた、靴下 補助器「靴下エイドD」の取り寄せを依頼。売店の介護用品のカタログには、 他に3〜4つ靴下補助器が載っていたが、価格は他と比べ少々高かったが (4,000円)、信頼性で決める。毎朝、妻の手を煩わしていた事を考えれぱ 安い買い物。タ方、自室の有る5階のラウンジから、南の方向を見ると、 厚木基地方向に戦闘機が着陸態勢。たった10分間に3機も飛来して来る。 いよいよ訓練も佳境か。

9月20日(木)    入院4日目
 朝、貧血のチェックのための採血。その後、午前中は検査予定も無く、 ラウンジのTV(自室の個々のTVは小さく有料)でサッカーU-17予選 リーグ最終戦の対フランス戦を観戦する。残念ながら1対5で惨敗。 知らぬ若い患者さんと応援する。14時より腰のレントゲン。毎回思うが、 検査をする際いつもいつも「骨の病気で背骨も首も真っ直ぐ伸びません。」 と説明せねばならない。「ASです。」といえば、せめて医療関係者なら わかる様にならないものか。


 16時より手術の為の第一回目の貯血(400cc)を行う。ASのため、薬を 長く飲んでいるので、献血の経験は無し。400cc の貯血といっても、5分 で終了。その後、点滴を15分程行い、念のため車いすで病室まで戻る。 これもまた初めて乗った車いす。80kgの巨体には窮屈に感じる。

 「退院までの間には、72kgまで落とすぞ」と決意を新たにする。貯血を して下さった中堅どころの先生、私の手術に立ち会って頂けるという事 なので、病室を出てから戻るまでの間、いろいろと質問をさせて頂く。 入院してもなかなか主治医の先生と直接話す時間がなかった中で有難かった。 入院以来毎日、入浴が許されている。入院前は仕事で汗をかき(もともと 大汗かきだが)、入浴していたが、入院してからは、汗もほとんどかかず、 こざっぱりして気持ちが良い。同じく入院以来毎日、続けているのが 地下売店での買い物。特に買うものが無くても、毎日行って、買うものが 無いかを探している。これも時間の余裕がなせるわざか。

9月21日(金)    入院5日目
 今日は何も検査が入っていない、朝、担当の看讃婦さんに確認すると 現時点では、9月27日の貯血まで何も入っていないとの事なので、 思い切って明日からの3連休、外泊出来ないか聞いたところ、医師に 確認しO.K.の返答。ラッキーと思い、実家に連絡(山梨の家では遠すぎる) し外泊させてもらう事にする。

 ちょうど退屈して来た時期。この先の長丁場を考えると良い息抜きか。 9月24日(火)午前まで4泊5日のバケーション。そうこうしていると、 いいタイミングで先日注文した「靴下エイドD」が届いたとの連絡。 早速ためすと、これがすこぶる優れもの。皆様にもぜひお勧めします。 (4泊5日のバケーション。幼馴染と羽を伸ばしすぎたので略。)

9月25日(火)    入院6日目
 幼馴染の友人の車で、11時に病院に戻る。ナースステーションで外泊の 用紙を返却し、今日のスケジュールを調べてもらうが、今日も何も無し。 また今日から同じ生活が始まる。会社の先輩が午後お見舞いに来る。話が 弾み長く座ったせいで、手術を待つ右股関節に体重をかけると痛い。

9月26日(水)    入院7日目
 先日、井上先生に電話した際に、主治医の先生に手術に際してのお願い 事項をお話しして頂けるという事だったので、本日の回診の時に主治医の 都合の良い時間を聞く。今夜井上先生に電話をしよう。本日も検査も何も 無し、会社の先輩の持って来てくれた漫画を読み時間を潰す。

9月27日(木)    入院8日目
 朝、貧血の検査で採血。本日初めてのリハビリ(先生に暇だと伝えると 入れてくれた)。15時に1階のリハビリ室に。手術する右足の可動範囲と 動かす力の測定。左足も併せて調べる。明日より毎日、術前に筋力が落ちぬ 様に筋カトレーニングを行うとの事。これで少しは退屈がしのげる。


 16時より2回目の400cc の貯血を実施。点滴までいれ30分で終了。 貯血の間、担当の若い医師と会話。「自分が体に入れる、人工関節が 見られないものか」と質問するが、「術前に現物を開封する事は出来ない」 との返答。これから自分の体に入り、長く付き合う相棒。一目合って挨拶 したかったが会えずに残念。

 貯血後の点滴が漏れ、腕がポッコリ腫れて痛い。夜、井上先生宅に電話。 明後日の土曜に所用の途中に来院してくれるとの事。術前1週間を切り、 少々ナーバスになっている時期に、有難いやら、嬉しいやら。

9月28日(金)    入院9日目
 14時20分より、筋カトレーニング。仰向けになり両膝を立て、膝下に 三角枕を入れ手術する右足首に1.5kg の重り、左足首に2.Okg の重りを 付け、膝を伸ばし持ち上げ3秒保持。各10回4セット。次に同じく膝下に 三角枕を入れ、アルミパイプのやぐらの両端にひっかけたゴムベルトに 踵をかけ、膝を伸ばして押し下げ、3秒間保持。各10回4セット。 トータル30分の筋カトレーニングを実施。筋トレ終了後、手術する右足が 痛む。夕方看護婦さんより、手術前後の準備の書面を渡される。

(以下、書面要点抜粋)

人工関節の手術を受ける患者様へ
  1. 2〜3日前の準備
    • 仰向けの状態で排尿の練習
    • 寝たままでの食事、洗面の練習
    • 体位交換、術後2週間は自分で寝返りを打てぬため、看護婦と一緒に行う
    • たばこは1週間前から制限
    • 筋力低下防ぐ為、下肢挙上等の運動
    • 準備するもの
      1. ゆかた、丁字帯
      2. バスタオル
      3. 紙おむつ
      4. マジックカップ(蓋付き、ストロー付コップ)
  2. 手術前日の準備
    • てい毛(片足全部と陰部、腰部)
    • タ方16時から17時浣腸
    • 21時30分以降は飲食禁止
    • 21時以降、手術箇所の消毒とテープ貼り
  3. 手術当日
    • 朝一切飲食禁止
    • 6時、体温、脈拍、血圧測定
    • 洗面、歯磨き可、化粧不可
    • 朝点滴、手術室に行く前、麻酔効果を高めるための薬の服用.内服後歩行不可
    • 寝衣は、そのまま手術室前で手術着に着替え
  4. 手術後
    • 合併症予防のため、深呼吸、うがいの励行
    • 痛い時は、鎮痛剤が出ます
    • 飲水、食事は麻酔が覚めてから
    • 手術室で尿管挿入、翌朝以降はずす
    • 患部安静のため、しばらくの間絶対安静.体位交換したい時はナースまで

 夕食後、手術の麻酔担当の女医さんよりベットサイドで問診と事前の 簡単な検査を行う。全身麻酔の気管チューブ挿入の前に、その後の経過を 考え、脊椎への局所麻酔をためしたいとの事。知っている限り、AS患者の 場合は脊椎に針が入りにくいと話はするが。

9月29日(土)    入院10日目手術5日前
 術後の食事練習として、本日の昼食を横になったまま食べる練習をする。 首が左に曲がっているため、左肩を下にして横になって食べると、食事が 見やすい。指は大丈夫なのでスプーンやフォークで食べるより、箸の方が 細かい物もつまめて食べやすい。食事は10分もかからず終えるが、下にして いた左あごが疲れ、食べ物がなかなか下に落ちて行かない感じがする。


 井上先生が所用の途中に病院に寄って下さる。土曜であいにく主治医と 会う事は出来なかったが、AS患者の股関節手術に際しての注意点を書いた お手紙と 「強直性脊椎炎 療養の手引き」、 その他資料のコピーを預かり、医師に渡す。その間、井上先生と30分程 雑談する。総会の時のお話や術後の注意事項など、お話を頂く。

 また、手術担当の麻酔医より脊髄への下半身麻酔にトライしてみたいとの 話を伝えると、「ぜひともトライしてみてもらいなさい、うまく行けば ずいぶん術後が楽だから。」との返答。お忙しい中、寄って頂き本当に感謝。

9月30日(日)    入院11日目手術4日前
 今日は本当に何も無い。日曜だから、外泊する人も多いし、見舞い客も 多い。入院してから、生活のけじめをつけるために日中はパジャマで 過ごさない様にしている。たとえトレーニングウェアにでも、朝着替える 様にしている。


 今日はベルリンマラソンの高橋尚子でも見て過ごそうか。午前、 ラウンジで、神経内科に入院している30歳前後の2人の男性と話をする。 病名を聞くと、MS(多発性硬化症)の疑いで検査をしているとの事。 2人ともMSの疑いが有り、たまたま同じ病室に入院する。「無人島で 人に出会った様な感じ」とどこかで聞いた様な言葉。この病気も厚生 労働省の特定疾患指定されており、自分の意思通りに四肢が動かなくなる 病気、2人とも発病したばかりで不安な面持ち。

 ASキャリア20年以上の私としては、難病の先輩として「今は厳しい かもしれないが、自分の病気を良く知り、気楽に明るく前向きに考え生活 していくしかないよ。」とアドバイス。井上先生の言われた総会での 「我々は希少民族。神様がASという試練を与えてもがんばって前向きに 生きて行ける、選ばれし者」の話をした所2人とも感銘した様子。自分も ASと診断されたばかりの頃はなかなか開き直れなかった時期がある。 がんばれ若者!

10月1日(月)    入院12日目手術3日前
 本日のスケジュール、朝一で採尿。食事前に採血。前回2回目の貯血 の後、腕が大きく腫れ、その後、腕が手のひら大に紫色に内出血。結局 2週間近く直らなかった。貯血した若い医師が来るたびわざとアザが 見えるようにしていたが。今日の採血をした医師は上手い。その後、 午前中に2回目の心電図、胸部レントゲン、呼吸機能の3つの検査を行い 午後リハビリで前回と同じメニューで各10回5セットに増やし、 筋力トレーニングを行う。

 昨日よりきっぱり、喫煙を休止(入院以来、本数はだいぶ減っていた のだが)。手術4日前では、時すでに遅しか。口寂しさを、ノンシュガー飴、 パイポでしのぐ。夕方より若い担当医とベットサイドで簡単な問診と チェック。その際、以前頼んでおいた、人工関節のカタログ(実物は 見せられないという事だったので)を見せてもらい、手術の手順もカタログ を使い図解で説明してもらう。非常にわかりやすい。

10月2日(火)    入院13日目手術2日前
 前日の担当医との話の中で、心電図の波形が通常の形と若干異なるので 念のため、16時から心臓の超音波診断を行う。結果、手術には問題無いとの事。


 それ以外、何も予定が無い為、術後の練習として、1 日杖を使わず、車いすで 過ごしてみる。看護士さんに、ベットからの移り方、トイレの使い方を教わり、 その後は自由に院内を車いすで回ってみる。

 車いすを使って気が付いた事、エレベーターのボタン、自販機のボタンに 手が届かない。売店の狭い通路は人がいると、通れない。病院の1 階は カーペット敷きで、車いすがなかなか進まない。その他いろいろ不便が有る。 逆に車いすに乗ってみて普段、前屈みで歩いており長く通った病院のロビーが 吹き抜けなのを初めて知る。

10月3日(水)    入院14日目手術前日
10時よりリハビリ。いつもと同じメニューで約40分実施。次は術後 2週間たってから。


 リハビリ再開との事。11時30分からてい毛する。12時の昼食までに 剃り切れず、手術する右足全部と左足の膝から上で、第一ラウンド終了。 14時から、てい毛第ニラウンド、腰部、陰部をてい毛する。ASのため、 下がうまく見られないので、うら若き可愛い看護婦さんにすべてやって もらい、恥ずかしいやら、緊張するやら。

 16時30分より浣腸。同じ看護婦さんにやってもらう。若いのに本当に 一生懸命よくやってくれ、頭が下がる。17時30分より抗生物質の反応検査 で腕2ヶ所に皮下注射し反応をみる。これが少々痛い。 18時より最後の夕食。これで明日の夕食まで食事無し。


 18時30分より主治医、担当医より、別室で妻と一緒に手術の説明を 受ける。手術は4時間程度。術後2日目より、ベッドは30度の角度まで 上げられるとの事(それなら食事が楽だ)。術後、骨を強くする薬と、 肺血栓防止のための薬の服用をするらしい。術後2週間でリハビリを 開始し、3週間目から体重をかける練習を始める。その他、細かい説明を 受け、手術誓約書を記入、捺印し提出する。


 21時より手術部位の消毒を行い(手術の説明の中でも、人工物を体内に 入れるため、菌が入らないよう特に注意するとの事)、大きなテープを貼る。 21時30分より飲食一切禁止。さあ、明日は手術だ、少々神経質になって いるが、皆さんのお陰で不安は無い。術後しぱらくの間は日記も書けぬ かもしれないが、後は手術をガンバルだけ。

  (10月6日(土)日記再開。)
10月4日(木)    入院15日目手術当日
 朝7時より点滴し、8時にはストレッチャーで手術室へ。水色の手術着を 着た看護婦さんが約20名。ストレッチャーで運ばれて来た手術を受ける人が、 私を含め3名。手術室の入り口の横のカーテンで仕切った場所で、あっと いう間に青い手術着に着替えさせられ、第4手術室に入る。

 ストレッチャーから手術台に移り、麻酔チーム5名程が、麻酔の開始。 担当の麻酔の女医さんも見える。予定通り、最初に腰に下半身麻酔を打つ。 やや左側からうまく針が入り、左足から順番に感覚が無くなっていくのが わかる。難しいと言われていた、下半身麻酔が入った事で、調子に乗って 麻酔の先生に「AS患者に下半身麻酔が入ったのだから、学会で発表したら どうですか」と冗談を言う。9時には、腰から下すべてに麻酔がかかり、 麻酔医が2名程残り、変わって整形外科医が3名、自動ドアが開き入って いる。

 手術開始、下半身麻酔の為か、音が入って来る、目も見える。中堅の医師 が尿管チューブを入れているのがわかる。主治医が右足をひねっている。 昨夜付けた消毒のテープを剥がして、消毒をし直している。メスを入れて、 一気に切開しているのがわかる。当然痛みは無い。次々に音が入って来る。 体をやや斜めにし、背骨の曲がりに合わせて背中の下にタオルの様な物を 入れているので、手術している所は見えない。

 出血を吸い取るバキュームの音、電気ノコの様な音、電動ドリルの音、 ハンマーで打ち込む様な音、ノミをたたく音。まるで、大工仕事のようだ。 まどろんでは、気が付き色々な音が耳に飛び込んで来る。怖い、恐ろしく なってくる。壁の時計が見える。12時頃だろうか。麻酔の女医さんが、 「痛くないですか」と聞いて来る。痛みはなかったが、「少し痛くなって 来ました」と答え全身麻酔に変えてもらう。麻酔医が「全身麻酔に 変えます。」と声を発すると、整形外科医が手術台からさっと離れる。 麻酔医が鼻から挿菅、鼻の奥にズンと痛みが走り、しばらくすると意識が 無くなる。


 次に気が付くと手術終了。手術室の時計を見ると16時30分。4時間の 予定の手術が8 時間30分掛かっている。次に目が醒めると、病室のベット の上。ベッドサイドに妻と両親が立っている。気分は最悪。痛みはまったく といって無いが、とにかく疲れた。手術前には看護婦さんに「手術後の 食事は大盛りにしておいてね。」と言っておいたが、手も付けられず。

10月5日(金)    入院16日目手術翌日
 目が醒めると昨日と違って気分が良い。看護婦さんが全身を綺麗に 拭いてくれた。針の跡のガーゼを取り、暖かい蒸しタオルで拭かれ、 枯れ木が水を吸う様にみるみる元気になっていく様な気がする。 非常に気持ちが良い。朝7時の朝食、がんばって完食する。 足の固定は医師の指示で三角枕は使わず、枕を股の間にたくさん入れ、 右足の内転を防ぐ。外転中間位(足を外に30度開き、つま先を真上にした形) で過ごす。

 床ずれを防ぐために、定期的に体位交換し横向きにしてもらう。右足が 術部なので、左を下にする。ASで首が左に大きく傾いているので、 横向きで眠るのが辛い。つい仰向けでいる時間が長くなるが、背骨が 当たって痛い。夕方、回診時に担当医から、手術の時股関節がだいぶ強直 しており、関節をはずすまでに時間が掛かり手術が長引いたとの事(後日 聞いた話では、結局股関節が脱臼出来ず、骨頭を切断してから砕いて 外したらしい。)


 手術前股関節が伸びなかったので、筋肉、靭帯も収縮して短くなって いたらしい。先生に右足は真っ直ぐ伸びる様になるのかと聞くと、 きっちりリハビリをするのが大事と言われる。

10月6日(土)    入院17日目術後2日目
 昨夜仰向けで眠ったため、背骨が痛い。夜中に何回か横向きにして もらったが、1時間毎に目がさめる。本日ベッドのマットを柔らかなもの 2枚重ねにしてもらう。背中の痛みは無くなるが、体が沈む。夕方の 点滴で、点滴は終了。後は傷口のドレーンチューブ、尿管チューブの 2本だけ。術後37度台の微熱が続く。術後2週間まで、あと12日間は 寝たきり。耐えられるだろうか。

10月7日(日)    入院18日目術後3日目
 手術より4日間、便が出ておらず、お腹が張る。前日夜、下剤を飲むが 効果無し。今日、看護婦さんに勧められ、浣腸をしてもらう。普段は毎日 お通じがあるので、便が出て非常に楽になる。今朝やっと熱が36度台に 下がる。術後は朝夕37度台、日中は38度台まで上がる。体に人工物を入れる と、微熱が続くらしい。しかし、昼には37度、夜は38度と上昇。微熱は、 その後も術後1週間ほど続く。

10月8日(月)    入院19日目術後4日目
 今朝の傷口の消毒の時、傷口に入れておいたドレーンパイプ(術部からの 血液などを抜くパイプ)を取り外す。あと私の体を束縛しているのは尿菅 チューブと、術後より、肺血栓防止のため足の裏から甲にかけて巻きつけ、 足の裏に空気で圧をかけ、血の巡りを良くしているAVインパルスという 機械の2つだけ。

10月9日(火)    入院20日目術後5日目
 本日朝、主治医が顔を出し、足の状態と痛みの確認。痛みは手術の翌日 より、足を動かさなけれぱまったくという程無い。主治医より「右足の踵や 指はどんどん動かしなさい。」と言われる。夕方よりCPM(ストライカー) という機械をベッドの上で右足につけ、軽い足の運動の開始。右のお尻の下 から、踵までをその機械の上に乗せ、マジックテープでとめられ、膝を 伸ばした0度の角度から、膝が90度になる角度まで機械がゆっくり15秒程 かけて上昇し、15秒程かけて下降する。それに合わせて股関節も45度くらい まで曲げ伸ぱし。これを1時間ベットの上で行う。自分は機械に任せて横に なっているだけ。とても気持ち良くて寝てしまう。

10月10日(水)    入院21日目術後6日目
 本日朝、恒例の回診。主治医の先生より「今日レントゲンを取り、状況が 良い様なら、少し早いが車いすに乗ってみよう。」との話。手術前の説明 では、手術後2週間は寝たきりで安静と言われていたので、非常に嬉しい。 回診後、早速、簡易型の移動出来るレンドゲンの機械がベッドサイドまで やって来て、レントゲン撮影。昼食後、医師の許可が出て車いすの準備。 尿管チューブを抜き、AVインパルスを外し、浴衣、T字帯から トレーニングウェアに着替え。


 ところが、手術をした右足が言うことを聞かない。看護婦さんに手伝って もらい、どうにかベッドの横に座るが、左足1本で立ち上がった所、目が ぐるぐる回る。手術日より6日間寝ていただけで、上下が良く判断出来ず、 目が回り気持ち悪くなり立っていられない。ひや汗も出てくる。

 どうにか、車いすにのけぞる様に座り、30分程我慢して体を慣らし、 その後少しずつ車いすの練習。右足の指先や足首は今まで通り動くが、 膝、股関節が全然思い通り動かせない。ベッドで寝ている時は元気で あったが、起き上がり車いすに乗るだけでヘトヘト。すこしずつがんばろう。

10月11日(木)    入院22日目術後7日目
 今朝、主治医がベッドサイドまで来て、「昨日から車いすに乗って良いと 許可したが、まだまだ筋肉や靭帯が、しっかり股関節を包むのに時間が かかる。この時期に脱臼をすると大変な事になるので股関節の曲げすぎ、 内転に注意して欲しい。また、車いすについてもとりあえずは検査の時と 大便の時だけにして、あとは安静にしてくれ。」と言われる。

 医師の指示に従い、本日は車いすは1回だけ乗り、昨日から使っている 2kgの砂嚢(砂の入った重り)を膝の上に乗せ、股関節を伸展させ、足を 広げ真っ直ぐつま先を上げた体制(外転中間位)で過ごす。

10月12日(金)    入院23日目術後8日目
 今朝、朝食後、トイレに行った帰りラウンジにいたところ、すぐに婦長 さんに見つかり、部屋に強制連行される。


 夕方4時頃より、左あばら骨下、肩甲骨内側、左肩甲骨下から脇に かけて、えもいわれぬ痛みが続き、息もしずらい。汗もじわじわ出てくる。 ずっと長く仰向けで、柔らかいマットの上で寝ていたためか。準夜の 看護婦さんに、向きを変えてもらったり、背中に湿布を貼ってもらったり する。上体が少し起き上がる様な形で背中の下に枕をを入れ夜9時30分頃 やっと痛みが引き楽になる。

10月13日(土)    入院24日目術後9日目
 昨日の事が嘘のように背中が全然痛くない。柔らかいマット2枚重ねで、 背もたれを上げたり下げたりしていて、上げすぎた時に首が内に入り過ぎた のが原因だろうか、出来るだけ枕を低くして過ごす。今日マットの1枚を、 硬い通常の物に交換してもらう様に頼んでおいたが、週末で備品担当の 部署が休みのため、交換は月曜になるとの事。

 19時前にトイレに入っていると、突然、昨日と同じ背中の痛みが襲う。 すぐにベットに戻って、背中の下に枕を入れて仰向けに寝ると、10分程で 痛みが引く。

10月14日(日)    入院25日目術後10日目
 本日、担当の看護婦さんが機転を利かし、空きベッドのマットを借用し、 マット交換をしてくれる。下に通常のマットを敷き、上に柔らかいマットを 乗せる。今度は背中も沈み過ぎず良好。

10月15日(月)    入院26日目術後11日目
 本日、回診で若い担当医から、「今週から、徐々に体を動かして行く 練習をしましょう。」、傷の消毒の時に別の医師から、「水曜に抜糸 しましょう。」と今週は良いペースになりそうな予感。


 午後、股関節のレントゲン撮影。夕方主治医が写真を見せてくれ、 「人工関節はきちっと入っている。予定通り、術後3週目から荷重をかける 練習をするので、無理をしない様に。」との事。自分のレントゲンを見て、 骨盤の受け皿を止めている4本のビスのネジ山まで、はっきり写っている。 人工関節の先の部分は、大腿骨の膝に近い部分まで、入っている。 あれだけの大きな人工物が、体に入っているのに全くと言っていい程、 違和感も無く、痛みも無い。不思議なものだ。

10月16日(火)    入院27日目術後12日目
 本日、妻と息子が見舞いにくる。山梨からなので遠いし、なかなか 見舞いに来られないが、妻も仕事が有るので仕方がない。昨日から、 車いすが解禁となったので、妻に車いすを押してもらい、正面玄関前の 噴水で日向ぼっこをし、久々に表の空気を吸う。会社の元部下3人が、 山梨から遠い所を見舞いに来てくれる。有難い。


 夜、車いすで公衆電話から、井上先生に術後の状況報告。

10月17日(水)    入院28日目術後13日目
 朝、回診の時に、整形で一番偉い教授の副院長先生から、「君、井上先生 知ってるんだ。」と声をかけられる。井上先生の顔の広さにびっくり。 主治医より、「傷の痛みが無い様なら、痛み止めの飲み薬を止めて みようか。」と言われる。術後より、飲んでいたインテバン® を中止し様子を見る事とする。

 術後より、痛みが有る訳でも無く、昼間寝ている訳でも無いのに、 夜眠れない。医師に頼み睡眠導入剤を出してもらう事とする。昼前、 抜糸を行ない消毒。先生と話をしているうちに、あっという間に終わる。 ちょこっと痛かっただけ。明日から、介助付きでシャワーが浴びられる との事。久々に髪が洗える。

10月18日(木)    入院29日目術後14日目
 昨夜、睡眠導入剤をもらい服用。久々に朝まで、一度も目が醒めず 6〜7時間眠る事が出来た。ただし、少し寝覚めが悪く、ぼ一っとした 感じがする。今朝、起床してすぐ採尿。朝食後採血し9時15分から術後 4回目の股関館レントゲン。これでインテバン®を止めるか、 決めるのだろうか。


 昼前、術後初めてシャワー入浴。髪を洗うのも1週間ぶり、膝から下に 手が届かず、自分で洗えないため、看護婦さんに介助してもらう。 久々に入り、気持ちがいい。


 午後、薬剤師さんが病室まで薬の説明に来る。インテバン® は痛みも無いため止めるとの事。消炎鎮痛剤はボルタレン®→ ロキソニン®→インテバン®と20年近く飲んで いたため、少し不安。

10月19日(金)    入院30日目術後15日目
 本日よりインテバン®を止めるが、痛みは特に無し。 急遽、本日より、術後初のリハビリに入る。リハビリは術後初回のため、 軽めで30分程度で終わる。術前と同じ、女性の理学療法士の先生が 担当してくれる。ゆっくりストレッチをしてもらうと、股関節がほぼ 予定の90度まで曲がるが、伸ばす方が10度以上伸びきらない。カルテを 見てもらうと、手術時、麻酔がかかった状態でも20度伸びなかったらしい。

 約1年前から、股関節が伸びきらなくなってしまったため、筋肉と靭帯が 短くなっているのが原因らしい。寝そべって、右足を伸ばすストレッチを すると、脊椎が強直しているため、寝台につけている左肩が持ち上がり そうになる。それをこらえ、右股関節回りの筋肉の伸展の痛みに耐える。

10月20日(土)    入院31日目術後16日目
 9時20分よりリハビリ。前日同様股関節の曲げ中心にストレッチ。やはり まだ右足が10度程伸び切らない。根気良くやるしかない。併せて今日は、 右足2.Okg、左足1.5kgの砂嚢を付け、膝下に三角の枕を入れ持ち上げる練習。 最後にゴムを使って押し下げる筋トレも開始。トータル1時間で終了。

10月21日(日)    入院32日目術後17日目
 日曜日、リハビリも無ければ何も無し。14時から、CPM(ストライカー) をベッドで1時間かける。入院時、家から持ってきた、伸縮タイプの トレッキング用の細い杖が非常に便利である。カーテンの開け閉め、 テーブルの引き寄せ、布団直し、足元のクッション直し、着替え等、 手の届かい所の補助具となる。今では常に枕もとで待機している。

10月22日(月)    入院33日目術後18日目
 8時40分よりリハビリ。ストレッチ30分の後、筋トレ30分。股関節が 伸びぬため、足の付け根の筋肉を時間をかけて、念入りに伸ばす。 額に脂汗をにじませながら痛みに耐える。午後、特浴で障害者用の浴室で、 リフトを使い手術後初めて湯船につかる。


 夜、井上先生に電話。リハビリの状況報告と股関節が伸びぬ事を 相談する。先生いわく、「1年間伸びなかったのだから、筋肉と靭帯を 伸ばすには、2〜3年かけるつもりでやる。−10度なら伸展する可能性 は大。」と言われ、伸びない事にあせっていた気持ちが楽になる。

10月23日(火)    入院34日目術後19日目
 10時49分よりリハビリ。リハビリより戻ると、同室の窓側の方が ベット移動で他室に移る。以前から、婦長さんに「窓側が空いたら、 移らせて欲しい」とお願いしておいたので、昼食後、窓側にベッド移動 させてもらう。窓からは遠く大山、丹沢が見渡せる。入院して1ヶ月以上 経ち、ベッドが移り、気分もリフレッシュ。

10月24日(水)    入院35日目術後20日目
 本日、朝の回診で主治医より、「明日で術後3週間経つので、切りの いいところで、来週月曜日から右足に体重をかける練習を始めよう。」 と言われる。「術後3週なら、明日からなのに。」とは思ったが、 大事にしてくれる主治医の指示に従う。

 本日、リハビリの先生が研修のため、リハビリ休み。一日暇なので、 午後一人で車いすで、正面玄関前の噴水でひなたぼっこ。知らないうちに 木々が色付き始めている。入院時は青々していたのに。

10月25日(木)    入院36日目術後21日目
 朝一で採血。8時40分よりリハビリ。リハビリ終了後、術後3週のため、 股関節のレントゲン撮影。午後、看護婦さんに手伝ってもらい、シャワー 入浴。3/4荷重(体重の3/4を右足にかける)まで、障害者用の浴室で 入浴だそうだ。

10月26日(金)    入院37日目術後22日目
 本日8時40分より、リハビリ。筋カトレーニングの砂のうを左足2.5kg、 右足2.Okgに各O.5kgずつアップ。右足は少々重く感じるが、上げられない 重さではない。

10月27日(土)    入院38日目術後23日目
 本日、週末のため、リハビリ無し。看護婦さんに手伝ってもらいシャワー 入浴する。人の手を煩わせずに、早く一人で入れる様になりたい。手術4日 前の9月30日から車いす完全解禁の10月16日まで、禁煙していたが、 今では入院前と同じぺ一スでたばこを吸っている。たばこをやめる、大きな チャンスを逃す。とりあえず、術後は心配された、タンのからみ、肺炎など も起こさなかった。

10月28日(日)    入院39日目術後24日目
 喫煙所は、自分の病棟の5階に設置されている。大きい病院内でも、 正面玄関の外と5階の2ヶ所だけなので、沢山の入院患者が集まってくる。 整形外科、神経内科、消化器外科、消化器内科の入院患者が中心だが、 若い世代の患者さんに無職の人が多い。体をここでしっかり直して、 職を探すという。

 今の日本の経済状況では、病歴が有ると就職も非常に難しいだろう。 職の有る私など良いほうだ。昨日より、手術をしていない方の左足の 股関節が少々痛む。右足が体重がかけられない分、負担がかかっている のか、また、消炎鎮痛剤を止めたのが原因か。

10月29日(月)    入院40日目術後25日目
 10時からリハビリ。今日から1/3荷重(1/3の体重を手術した足にかける) の練習開始。通常のストレッチの後、筋トレ(右足2.Okg、左足2.5kgの砂嚢 を着け、足上げ各70回、ゴムバンドの押し下げ左右各70回)に加えて、 ゴムバンドで両膝を縛り、立て膝で横に開く練習を左右各50回行い、 いよいよ待ちに待った歩行練習。

 平行棒につかまり、手術した右足の下にヘルスメーターを置き、体重の 1/3の26kgを目安に体重をかける練習。その後、左、右、左と平行棒に つかまりながら前後に歩き、右足の下にヘルスメーターを置き、26kgの 体重をかける練習。それぞれヘルスメーターを見なくても、おおよその 荷重の感覚がつかめたところで、平行棒につかまりながら、端から端まで 歩く練習。

 右足は体重をかけ過ぎない様に注意しながら歩く。スムーズに足が前に 出る。痛みも無い。何年ぶりだろうか。右股関節が痛み、体重がかけら れなくなってから。心の底から喜びが溢れてくる。まだ右股関節は充分 伸び切らないが、手術をして本当によかったと実感する。

10月30日(火)    入院41日目術後26日目
 8時40分よりリハビリ。前日リハビリの先生から「明日、病棟の 松葉杖を借りてから、リハビリに来て下さい。」と言われ、ブラック シャフトのかっこいい松葉杖を抱え、車いすでリハビリに行く。ルーチンの ストレッチ30分、筋トレ1時間、その後、前日同様、平行棒を使った 歩行練習を30分、最後に松葉杖を使った歩行練習を15分。ついつい 松葉杖で歩行の際、歩幅が広くなって体がぶれて先生に注意される。 合計2時間15分のリハビリ。

10月31日(水)    入院42日目術後27日目
 本日回診、主治医の先生より、「1週間ずつ荷重を増やして行くので はなく、急がず状況を見ながら、荷重を増やして行きます。」との事。 順調に来ていたため少々あせる。8時40分からリハビリ。昨日と同様の メニューで10時30分までリハビリ。その後、月曜から私に付いている 理学療法士(リハビリの先生)の卵の学生さん(3年生、女性)の実習 のため、45分程足の可動範囲の角度の測定や聞き取り調査に付き合う。 「良いリハビリの先生になるためなら付き合いますよ。」と快く協力する。

11月1日(木)    入院43日目術後28日目
 昨日同様、8時40分よりリハビリ。終了後、術後4週たったので、 股関節のレントゲン撮影。その後またリハビリ室に戻り、学生さんの 実習に11時まで付き合う。11時30分から、体のオーバーホールのつもりで、 かねてからお願いしていた耳鼻咽喉科で右の鼻の通りが悪いのを 見てもらう。医師の診断では、直すには鼻の軟骨を除去する手術が 必要らしい。術後のため、整形の医師と相談するとともに、念のため、 鼻のCTスキャンを夕方取り、明日相談。

11月2日(金)    入院44日目術後29日目
 8時40分よりリハビリ。本日は、大学の理学療法士の卵の学生さんが 多数実習に来ており、先生はてんてこ舞い。いくら大学付属の病院だから といって、実習に協力するのは良いが、リハビリ室がいっぱいになり、 歩行練習も、しずらくなってしまうのではどうしたものか。もう少し 考えて欲しいものだ。


 リハビリ終了後、耳鼻科の再診。昨日のCTの結果の確認をするが、 先生より首が強直しているので、万が一鼻の出血が喉に回った時の処置の 問題など、リスクが有るため股関節の手術の際に挿管した、麻酔の先生 にも確認して、次週月曜に手術するか否かを決める事とする。

11月3日(土)    入院45日目術後30日目
 週末の為、リハビリ無し。外泊している人も多いらしく、入院患者の 数が少ない。前週、妻が家から持ってきてくれたパソコンで「闘病日記」 をワープロで起こし始める。

11月4日(日)    入院46日目術後31日目
 昨日同様リハビリ無し。晴天のため為、病院の敷地内の遊歩道を車いすで 歩いてみる。車いすで走ると、少々の坂、段差が大きな障害となる。30分程 散歩しカロリーを消費させ、日曜恒例の体重測定をする。段々慣れてきて、 片足で体重計に乗るのが上手くなった。先週、不覚にも200g増えてしまった ので、心配しながら乗ると76.4kg、先週よりマイナス600g。入院当初は、 食事は1日2,000kcal、その後、多いので1,800kcalに下げてもらい、今は 1,600kcalにしてもらっている。量は丁度よくなったが、1日1,600kcalの 食事にすると、揚げ物が一切無くなり、煮物、焼物中心のおかず、 物足りないが我慢。

11月5日(月)    入院47日目術後32日目
 朝8時20分回診。心配していたとおり、荷重1/3から1/2に増やす 指示出ず。前週同様1/3荷重でのリハビリとなる。痛みもまったく無く、 調子も良いのに残念。本日のリハビリより、大腿部のホットパック (ホカロンの座布団の様にでかい物)を15分と仰向けに寝て右膝から下を 寝台の外に出し、右膝上に2.5kgの砂嚢を巻き10分間、右股関節の筋肉と 靭帯を伸ばす練習が加わる。また、松葉杖の歩行練習も増やしたため、 みっちり3時間のリハビリとなる。


 午後、予約を入れ忘れた耳鼻科の医師がベットサイドまで往診。今回は リスクを持って手術するより、点鼻薬などを使用し様子を見ましょうと いう事で、鼻の手術は見送りとする。

11月6日(火)    入院48日目術後33日目
 朝8時40分よりリハビリ。ホットパック15分の後、ストレッチ。 ストレッチ終了後筋トレ。本日の筋トレは、重りの砂嚢を使わずに、 私にずっと付いていてくれる学生さんが足を押さえたところに力をかけ 曲げ伸ばしをする。その後1/3の荷重練習、平行棒を使った歩行練習、 松葉杖を使った歩行練習で合計2時間30分のリハビリ。昼食後、1日おきに 行っているシャワー入浴。右足が着けない分不便だが、杖を使ってどうにか 行っている。障害者用の車いすで入れる大きなお風呂のため、手摺も少なく 床も濡れているので、ケンケンで移動するのも怖いが賛沢は言ってられない。


 午後ラウンジの喫煙所で、いつも顔を合わせる消化器内科に入院している 30代後半の男性と話をする。お腹が痛み来院した所、腸が破裂する危険が あるため、緊急入院したとの事。本日検査の結果が出て、主治医から 難病指定されている「クローン病」だと診断された。突然の事で本人も ぴっくりしたが、うろたえずキチッと受け止めている。

 私も彼の話を聞き、以前のMSの患者さん同様の話をし、また前回のAS 友の会の総会の時の井上先生から有った「我々は、神様が試練を与えても、 前向きにがんばれる選ばれし者なんだ。」という話をする。本人からは 「お陰で力ずけられた。」と言ってくれたが、まったく世の中には大変な 病気が沢山有るものだ。

11月7日(水)    入院49日目術後34日目
 8時より回診。水曜は自分のいる病棟から回り始めるので早い。 本日より、荷重を1/2にアップするのを、ほのかに期待していたが、 主治医より「今週は1/3で行って、1/3荷重が2週間過ぎた月曜から 1/2荷重に変え、次週トントンと上げましょう。今が大事な時期だから、 無理せず今週は1/3荷重で歩行練習して下さい。」との事。

 少々残念で有ったが次週2ステップ上がれば取り戻せると思い、 納得する。8時40分より昨日と同じメニューでリハビリ。昨日より、 筋トレが砂嚢を使わずに、学生さんとマンツーマンの力比べ。砂嚢を 使っていた時より、時間は少ないが使っていなかった筋肉を重点的に やるので、これがきつい。学生さんが今回実習している内容についての リポートを作成中で内容も私のリハビリ中心という事なので、 出来上がったら私にも一部頂けるという。楽しみだ。

11月8日(木)    入院50日目術後35日目
 最近、入院生活のパターンが安定して来ている。朝食後、午前中一杯 リハビリ、昼食後、14時からCPMを1時間かける。午前、午後とも 平日はスケジュールが入って、暇を持て余す事がなくなってきた。 本日リハビリで先生から、「股関節の伸展が少し良くなっているかも しれない。」と言われる。ほんの少しだけ、股関節が伸びる様になった のかもしれないが、嬉しい気持ちになる。

11月9日(金)    入院51日目術後36日目
 午前中、いつも通りのリハビリ。昨日、生活のパターンが、安定して 来ていると書いたとたん、本日より毎日14時からのCPM(ストライカー) が、リハビリが進んで来ているからという事で、終了となる。ベッド上で いつもCPMを1時間かけている間、気持ち良くて昼寝をしていたので、 お昼寝タイムが無くなり残念。

11月10日(土)    入院52日目術後37日目
 今日は週末リハビリも無い。自主トレで病棟の廊下を、車いすで手術した 右足だけを使って漕ぎ、5往復(廊下が約70mなので700m)。その後、 ベットの上で右足首に2kgの砂嚢を着け、足上げを70回行う。手術後、 間もなくから毎朝4時30分から5時頃の間に目が醒める。その間も 1〜2回、目が醒める。起床時間の6時まで、うとうとしながら暇つぶし。

 以前は、睡眠導入剤を飲んだが、寝覚めに頭がぼ一っとするので、 飲むのをやめた。ただ、入院患者の多くはいろいろな理由で、夜眠れず、 睡眠薬を常用しているようだ。

11月11日(日)    入院53日目術後38日目
 昨日と同じメニューで、自主トレを行い、その後、病院の敷地内の 遊歩道を車いすで回り、お腹を空かし、日曜恒例の休重測定に臨む。 76.4kgで先週とまったく同じ、増減なし。最近リハビリも激しくなって 来たので、1日1,600kcalまで下げた食事を1,800kcalまで上げてもらおう と思ったが、どうしようか。

11月12日(月)    入院54日目術後39日目
 今朝の回診で、予定通り今日から1/2荷重変更。病棟内のみ松葉杖の 歩行可(別のフロアに行くときは、今まで通り車いす。)の許可が出る。 食事も1日1,800kcall にアップ。8時40分よりリハビリ。いつも通り、 ホットパックから、ストレッチ。ストレッチが終わった所で、学生さんが、 股関節の伸展を計測。20度伸び切らなかったものが、25度に伸展している。
 入院中は伸展しないかと思っていたので、非常に嬉しい。リハビリの 歩行練習も、松葉杖2本からロフストランドクラッチ2本に変更。 1/2荷重だと38kgまで右足に体重がかけられる。だいぶ踏み込んで、 かかとに体重をかけても大丈夫。午後には、妻が送ってくれた CDプレイヤーと「CHEMISTRY」の1stアルバムが届く。 今日は本当に良い日だ。

11月13日(火)    入院55日目術後40日目
 8時40分よりリハビリ。昨日と同様のメニュー。ロフストランドクラッチ は松葉杖より楽だ。11時15分リハビリ終了後、股関節のレントゲン撮影。 リハビリの先生から、病棟に連絡してもらい病棟のロフストランドクラッチ を貸し出してもらう。近いうちに、病棟内の歩行も松葉杖から、 ロフストランドクラッチに出世だ。

11月14日(水)    入院55日目術後41日目
 本日朝、回診。先週の回診の時に主治医が、「1/3荷重を2週間行って、 来週トントンと上げよう。」という話だったので、若い担当医が気を 利かしてくれて、「調子も良い様ですし、痛みも無いという事なので、 今週もう一回荷重を上げましょうか。」と言ってくれたが、主治医は 「うん来週の月曜2/3荷重に上げて、翌週3/4にトントンと上げよう。」 との返事。主治医のトントンは、毎週という意味だった。

11月15日(木)    入院56日目術後42日目
 いつもと同じ8時40分から、ちょっと長めの3時間のリハビリ。 終了後、先生が病棟に連絡してくれ、病棟内、松葉杖からロフストランド クラッチに昇格。久々に会社に電話し、上司に退院の見込み日時を 連絡する。今のリハビリの進行状況では、毎週荷重が今後上がっても、 あと3週間は必要で退院は4週先の12月上旬か。慎重にじっくりやって くれるため、人工股関節の置換手術としては、通常よりだいぶ長い 3ヶ月弱の入院となりそう。会社に電話し、あせりも減り少しほっとする。

11月16日(金)    入院57日目術後43日目
 本日も8時40分からリハビリ。いつものメニューにロフストランド クラッチ2本の歩行練習、リハビリ室10周×2回から3回に増やし3時間 のリハビリ。来週の月曜からは、2/3荷重だ。明日から週末、リハビリが 無いので自主トレをしよう。


 夜、井上先生に久々に状況報告。「もう、退院しているかと思った。 ずいぶん大事にしてもらっているね。」と言われる。「ただ筋トレは 充分やっておいて損はないから。」とアドバイスを受ける。

11月17日(土)    入院58日目術後44日目
 週末でリハビリが無いため、自主トレとして病棟の廊下(約70m)を 歩行姿勢と股関節の伸展に注意しながら、午前5往復、午後5往復 ロフストランドクラッチ2本を使い歩く。当初は10往復ずつ歩こうと 思ったが、5往復で汗をかき、腕も疲れたので終了とする。 リハビリが無い分、週末は必ず自主トレをしよう。

11月18日(日)    入院59日目術後45日目
 本日も自主トレとして、病棟内の廊下を午前6往復を2回、午後6往復を 1回、合計約2500m、ロフストランドクラッチ2本で歩行練習する。 ノンストップで5往復歩くと腕が疲れ、汗だくになるが、かんばってもう 1往復し距離を伸ばす。日曜恒例の体重測定。歩行練習を2回して汗を かいた後に計測。76.Okgで前週より、0.4kg減。今週食事を1,800kcalに 上げていたので心配するが、歩行練習のお陰か、10kg減の目標体重まで、 あとマイナス4.Okg 。

11月19日(月)    入院60日目術後46日目
 月曜恒例の回診にて、主治医より予定通り、今日から2/3荷重にアップ の指示。8時40分よりリハビリ。ホットパックからストレッチで1時間。 筋トレも実習の学生さんと手術をした右足の押し上げ、押し下げ、股関節の 外への開き、内側への閉じる筋トレを各20回×3セット、1時間の力比べ。 2/3に荷重を増やしての歩行練習1時間で合計3時間のリハビリ。

 荷重も2/3に上がると、手術をした右足に約50kgの体重をかける。 50kgとなるとロフストランドクラッチ2本では、右手のロフストは突いて いるだけくらいの気持ちで突いて、やっと50kgの荷重がかかる。足の痛み は無い。リハビリ終了後、学生さんに先週から貸していた「強直性脊椎炎 療養の手引き」を返してもらう。お礼に「変形性股関節症の運動生活 ガイド」の人工股関節置換手術に関する資料のコピーを持って来てくれ、 部屋に帰り読む。非常に勉強になる。

11月20日(火)    入院61日目術後47日目
 朝8時40分より、昨日同様のメニューでリハビリ。終了後、股関節の レントゲン撮影。10月29日(月)からリハビリの際に、私にずっと 付いていてくれる、理学療法士の卵の学生さん、ここの所、私のリハビリは 先生も彼女にほとんどまかせて、時々確認に来る程度。国立のリハビリの 学校を来春卒業の3年生で、勉強家で実習も沢山経験しており会話も 楽しい。非常に優秀な学生さんである。

 ストレッチや筋トレを行う際にも、何のためにに、どこの筋力を上げる ためにやっているとか、ここの筋肉は、ここにつながっていて、こういう 運動をするために強化しなければならないなど、その都度わかりやすく 教えてくれる。理由付けがしっかりしているから、こちらもストレッチ の痛みに耐え、筋トレの苦しさにもがんばれる。ASの事についても、 非常に勉強してくれ、頼もしい理学療法士さんになってくれそうだ。

 他のリハビリの患者さんは、リハビリが進んでくると、決まったメニュー を自主トレ的に行っているのが、彼女が付いていてくれるお陰で、密度の 濃いリハビリを毎日2時間30分から3時間も出来る。ありがたい事だ。

11月21日(水)    入院62日目術後48日目
 いつも通り、8時40分からリハビリ。いつものメニューに加えて、 歩行練習をロフストランドクラッチ1本で、少しだけ行う。右足を 手術したため、1本杖の場合は左手のみ杖を持つ。いままでの松葉杖、 ロフストランドクラッチ2本の時と違い、右手がフリーになる。 いままでの2本杖のくせで、右足と一緒にフリーの右手が前に出てしまう。 慣れとは怖いものだ。ロフストランドクラッチ1本の練習を加えたため、 リハビリ室をいつもより多い30周歩く。

11月22日(木)    入院63日目術後49日目
 今日で術後7週間、一般的には、人工股関節の置換手術は術後6週間 程で退院と聞いているが、人工股関節の手術をするには、私の年齢では 早いという事で、主治医は慎重にゆっくり、じっくりリハビリを 進めている。本日、リハビリの先生から、そろそろ退院後の自宅での 生活を考え、補助具等を購入しておいた方が良いとのアドバイス。

 物を拾う為の「リーチャー」はいらないが、お風呂で使う椅子は購入 しようと思う。先生から、「明日から3連休なので、タ方来れば介護 用品のカタログをお貸ししますので選んで下さい。」と言われたが、 タ方リハビリ室に行くのを忘れてしまう。大失敗。

11月23日(金)    入院64日目術後50日目
 本日から3連休のため、自主トレとして病棟内の廊下を、先週同様 ロフストランドクラッチ2本で歩く。目標は3日間で10,000m。1日 24往復(約3,360m)。今日は午前中に、10往復と6往復の2回歩く。 最初の10往復(約1,400m)で約35分。万歩計で測ると4,200歩。万歩計は 感度を一番弱くしているが、少し多くカウントしている様に感じる。

 午後8往復歩き、目標の24往復達成。ふくらはぎは少々張るが、足、 股関節に痛みは無い。午後8往復(1,120m)はゆっくり歩いたので35分、 3,700歩。1日計で、万歩計のカウントは15,000 歩。少々歩き過ぎて しまった。

11月24日(土)    入院65日目術後51日目
 昨夜、ふと思い出し、先日リハビリの学生さんからもらった人工股関節の 手術に関する資料のコピーを読み返す。その中に人工股関節置換手術後の 歩行歩数の目安の算定式という項目が有った。

 人工股関節手術後の歩行歩数の目安
 人工股関節手術後の1日の歩数
 =7,525−(43.3×年齢)

 健康人の場合の1日の歩数  =18,000 −(175.6×年齢)

上記式で計算すると、43歳の私は1日5,662歩が目安となる。元々、 歩く仕事で、手術前の調子の悪い状態でも1日12,000 〜15,000 歩程 歩いていた。しかし、昨日は歩き過ぎが明らかなため、3連休の自主トレ 目標を下げ、1日病棟の廊下16往複(約2,240m)にぺースダウンする。 午前、最初の8往復、38分、3,950歩、フォームを確認しながら、 ゆっくり歩く。午後の8往復、35分、3,880歩。それでも、1日10,000歩 を超えそう。

11月25日(日)    入院66日目術後52日目
 本日も、自主トレとして病棟内の廊下を8往複×2回、計16往復を 午前中に歩く。その後、日曜恒例の体重測定を行う。眼鏡、時計、 小銭入れまでポケットから出して、体重計に乗ったところ、先週と まったく同じ76.Okg。ここに来て体重が落ちずらくなって来ているようだ。 看護婦さんはなぐさめに、「リハビリが進み、脂肪が減って、筋肉が 増えてきているんだよ。」といってくれるが、本当だろうか。


 今日、家に電話すると、昨夜末娘がお腹を痛がり病院に連れて 行くと、盲腸ではないかという事で即入院となる。5年生ではあるが、 双子のため、一人で外泊した事などない。大丈夫だろうか。

11月26日(月)    入院67日目術後53日目
 本日朝の回診で主治医から、荷重アップの指示が出て、予定通り 今日から3/4荷重となる。昨日まで3連休のため、久々のリハビリ。 片杖での歩行練習と、初めての階段の昇降を行う。歩行練習では、 外の噴水まで歩き、みっちり3時間のリハビリ。午後自宅に電話し、 娘の状況を聞くと、妻は医師には会えなかったが娘の話では、 手術をするほどでは無いと言っていたらしい、少しほっとする。


 夕方リハビリ室に行き、退院後の生活のため、に介護用品のカタログを 借りて来る。浴室用の椅子2脚(浴室の内、外用)と杖を買おうか。

11月27日(火)    入院68日目術後54日目
 朝から、昨日同様のリハビリを行い、学生さんと一緒に、以前週末、 自主トレで車いすで回った敷地内の遊歩道を歩く。今日から、自前の セブンクラッチを使い歩行練習するが、久々に使ったためか不安定。 昨日自分が、「もっと股関節の事や、筋肉、靭帯の事を知りたい。」 と言うと、学生さんが資料をコピーして持って来てくれる。 ありがたい事だ。

11月28日(水)    入院69日目術後55日目
 本日朝、回診。主治医から、「右足を上げてみて。」と言われ、 ベットに寝たまま、大腿部を90度の角度まで、さっと上げたところ、 「グッドだね」と誉められる。朝8時40分からのリハビリにもう一ヶ月程、 私にずっとついてくれている、実習の学生さんの学校から、教官の先生が 実習の状況確認のため来院する。私と同い年の先生で、日頃の感謝を 込めて、学生さんのことを誉めておく。リハビリ終了後、昨日借りた カタログから選んだ、お風呂用の椅子2脚と杖3本(折りたたみ、 右用の伸縮杖、左用の伸縮杖)を注文する。今週3/4荷重に増え、 やっと許可が出て、今日から、約2ヶ月ぶりに一般浴槽で入浴。


 脱衣所、浴室内に椅子も手摺も有り、今までの障害者用の車いすで 入れる、浴室より安全、安心。

11月29日(火)    入院70日目術後56日目
 本日も朝から、リハビリ。今日は学生さんの受け持ちの患者さんが増え、 午前のリハビリに入って来たため、ストレッチから筋トレまで見てもらい、 以降、歩行練習は一人で行う。


 午後、婦長さんが珍しく病室に来て、私に「申し訳有りませんが、 明日2つ奥の病室に移って頂けませんか。」との事。私の病室は、 枕もとの壁面に酸素のコックの付いている部屋で、トイレ、 ナースステーションにも近く、主に手術を受ける人が入る部屋。私も リハビリ中心になっており、ベッド移動は何週も前から予測していた ので快く了解する。

11月30日(水)    入院71日目術後57日目
 朝食後、リハビリの準備の着替えを済ませた後、ベット移動の準備を する。キャスターの付いているベッド、オーバーヘッドテーブル、 床頭台はそのまま、新しい病室に持って行ってくれるので、ロッカーの 衣類などの私物のみ、ベッドの上に乗せてリハビリに行く。今日は足の 調子が非常に良く、右足に2/3荷重をかけても、太ももの筋肉の張りは 無い。

 この調子なら、来週の全荷重も大丈夫か。荷重も1/3から始まり、 1/2、2/3と上がっても、両杖が中心の歩行練習のため、全然問題 無くクリア出来たが、今週3/4荷重になり、片杖中心の歩行練習を 行うと、太ももが張り、歩行のリズムが崩れ心配になったが、今日 あたりから、筋肉も追いついて来たようだ。

 リハビリ終了後、新しい病室に戻り、昼食。荷物はリハビリ中に 移されており、昼食後ベッドの上の衣類をロッカーにしまい込み、 引越し終了。これから、退院まで、新しいメンバーで過ごす。前の 部屋では、入院以来、私が常に年少であったが、今度の部屋では 若い20歳台の青年もいる。なにか嬉しい気分だ。

12月1日(土)    入院72日目術後58日目
 前の病室では、大きないびきをかく方がいて、なかなか眠れない時が あったが、今度の部屋はうって変わって、静かでびっくり。今日は週末で あるが、リハビリ室の開いている日で、いつものリハビリをスピードアップ して終わらせ、11時10分の本院へのシャトルバス(本院と分院との 連絡バス)にリハビリの先生と学生さんと3人で乗り込み、バスの乗降 練習を行う。

 久々に行った、本院の広いこと(本館、新館に併せ、大学も有るので) 土曜だというのに、混雑している。帰りのバスまでの30分の間、3人で 本院を散策する。許可を申請しタ方、約2ヶ月ぶりに外出する。主治医 からは、「くれぐれも、転ばないように。」と念を押され、一緒に 入院している若い患者さんと、駆けつけてくれた会社の人間と3人で 食事をし、楽しい時間を過ごす。羽を伸ばしすぎ、消灯時間ぎりぎりに 戻る。あ一あ、やっぱりシャバはいいな。

12月2日(日)    入院73日目術後59日目
 昨夜、外出していたせいもあり、今日は日曜でリハビリも無いが、 歩行練習で廊下を歩く気がしない。昼過ぎ、喫煙所に行くと、ベッドごと 来て寝たまま煙草を吸っている患者さんがいる。よく見ると、ここの ところ2〜3週、顔を見せていなかった60歳台の癌をわずらっている 内科の患者さんだった。

 以前は、毎朝、朝食前に喫煙所で顔を合わせ、毎日楽しい話を聞かせて くれる人だった。今日話をすると、顔は黄だんで黄色くなり、痩せた体が さらに痩せ、声にも力が無い。もう自分で歩けないどころか、寝返りも 打てないという。あまりの変わり様にかける言葉もなかっったが、 「元気になって、また煙草を吸いにおいで。」というのが精一杯だった。

12月3日(月)    入院74日目術後60日目
 朝の回診で、病棟内のベッドコントロール(入・退院時のベットの調整) を担当している医師から、「今週末退院されるという事なので、担当医と 退院日を決めて下さい。」と言われる。先週末に、若い担当医に「来週、 全荷重が終わったら、週末には退院したいのだけれど。」とプッシュして おいたせいかもしれない。

 回りの退院していった人達を見ると、突然「明日でも、いつでも退院して 良いですよ。」と言われている人をみる。それが嫌で、自分の退院日は 自分で決めるというつもりだった。朝の回診では、主治医、担当医からは、 退院の話は無かったので、後で担当医に念押しし、私を大事にしてくれる 難関の主治医の了解もとってもらい、12月8日(土)に退院と決まる。 その後、見舞いに来た妻に報告し、会社にも連絡。12月で仕事も書き入れ 時のため、12月13日(木)から会社に復帰と決める。


 今日より、全荷重になったリハビリでは、右足での片足立ちを練習する が、なかなか上手くバランスが取れない。ASで首が左に傾いているため、 右足に体重がかけきれず、左足が宙に浮かせられない。考えてみれば、 右足の片足立ちなど何年もしていない。


 大きな壁が立ちはだかってしまった。

12月4日(火)    入院75日目術後61日目
 退院まで、あと4日。本日のリハビリは、先生の都合で珍しく午後から のため、昨日の午後から本日の午前中にかけて、右足の片足立ちの練習を 廊下の手摺を使って行うが、うまく立てない。昼食後、午後1時から リハビリ。最近は午後リハビリ室に来たことが無いが、午前と打って 変わってガラガラ。ストレッチを行い、筋トレは省き、即、歩行練習。 学生さんに付いてもらい歩くが、上手く右足に体重が乗らない。

 1時間、2時間歩いても上手く出来ない。1ヶ月以上コンビを組んで、 毎日一緒の私と学生さんであるが、いつもの明るい冗談が出ない。 二人とも口数も少なくなって来ている。あせる気持ちが、お互いの心の中で 膨らむ。15時40分から、別の患者さんのリハビリが入っており、学生さんが 離れ、一人で歩行練習を始める。平行棒の外側で杖を持ち、その場で 足踏みを続けると少しずつ、右足に体重が乗ってくる。そのまま、前に 体重移動すると、形は少しおかしいが、杖無しの歩行が出来る様になった。 入院中に、もっと上手く出来る様にがんばろう。

12月5日(水)    入院76日目術後62日目
 退院まで、あと3日。本日8時40分よりリハビリ。ストレッチを行い、 即、歩行練習。片杖で歩き始め右足に体重が乗って来たところで、杖を 地面から持ち上げ歩く。まだまだ充分に右足に体重は乗せ切らないが、 たっぷり2時間以上歩行練習を行う。昼前、リハビリから戻ると、すでに 万歩計は1万歩をオーバー。太ももが張り、足の甲も痛いので、午後1時間 ほど昼寝する。

 以前、注文しておいた介護用品が昨日リハビリ室に届いていたので、 杖3本のみ病室に持ち帰り、浴室の椅子は場所を取るので、退院まで リハビリ室で預かってもらう。今回購入した、3本の杖。すこぶる気に 入っっている。元々、セブンクラッチ(ロフストに似た杖)は持って いたが、今回は携帯用の折りたたみ杖を購入。これがけっこうしっかり していて、握りも大きく、私の手に合い握りやすい。折りたたむと、 4つに分割しブリーフケースにも入るサイズ。

 もう1本は、「フィットケイン」という杖で、握りの部分が、手の平に ぴったりくる形になっていて非常に握り易く、長時間使っても手が痛く無く、 体重もかけ易い。右手用と左手用の2本購入。(右手用は、少々悪く なっている左股関節のために買っておく。通常は「フィットケイン」の 左手用を使用している)。

12月6日(木)    入院77日目術後63日目
 退院まで、あと2日。今朝、朝食前に喫煙所に煙草を吸いに行くと仲の 良い内科の患者さんから、今日の未明にガンを患った60歳台の男性が 亡くなったとの知らせ。先週の日曜にベット毎来て、煙草を吸っていた のが、最後の姿だった。1ヶ月前には、自分で歩いて煙草を吸いに来て いたのに……。残念だ。


 本日も8時40分から11時50分までリハビリ。リハビリも、いよいよ今日、 明日の2日のみ。2時間以上、歩行訓練に時間を費やすが、杖が無くても 歩ける事は歩けるが、充分体重が右足に乗らない。片杖さえ、あれば問題 なく、楽に歩ける。しばらくは、片杖を持って歩くしか無い。

12月7日(金)    入院78日目術後64日目
 退院前日。本日、入院中最後のリハビリ。ストレッチを行った後、 歩け歩けの歩行練習。歩きながら、ストレッチや筋トレを行っている 顔馴染みの患者さんに、少し早いが退院の挨拶。今日リハビリの先生が、 手術前と手術後の足の可動域の変化を教えてくれた。右股関節の伸展は、 術前−20度が術後±O 度。右足の外転(外に開く)は、術前5度が 術後25度。双方とも20度の改善。リハビリの担当の先生とずっと付いて くれた学生さんに感謝。

 階段も片杖もしくは、左側に手摺が有れば問題なし。術前は1歩ずつ しか上れなかった事を考えると大きな改善。姿勢についても、前かがみで 有ったのが、股関節が伸展したお陰で、術前は前方5m程しか見えなかった のが、今では無理なく20〜30mは見え、上目使いにすれば50m先まで充分 見える様になった。歩行についても、片杖さえ有れぱ、15分程の連続歩行 も可。ただし、杖無しでは、右足に充分体重が乗らない分、びっこを引き 長時間歩けない。それだけが、最後の課題。それでも、本当に手術をして 良かったと思う。


 いよいよ、明日は退院だ。

12月8日(土)    入院79日目術後65日目
 退院日。昼頃、妻と3人の子供が退院のため、迎えに来る。今日は車で 30分程の実家に泊まり、明日山梨の家に帰る。2〜3日ゆっくりして、 いよいよ13日(木)から会社に復帰だ。


退院後3ヶ月が経過して……。
 退院後2週間程は、仕事中も杖を使っていたが、今では杖を使わなくても 仕事中問題なく歩ける様になった。ただし、階段の昇り降りは手摺に 捕まらないと厳しい。


 年が明けて、2月に会社の人事異動が発令され、今は横浜の店に 勤務している。念願の厚木のマイホームからも通勤出来る様になった。 昨年の夏、仕事の事も有り手術すべきか迷ってだいぶ悩んだが、結果、 すべてが上手く回り、元の役職にも復帰することが出来た。今では、 病院に近くなった分、週に1回は股関節の伸展のためにリハビリに 通っている。

 リハビリの先生からは、「実を言うと、手術前に最初に来た時には、 あまりにひどい歩き方だったのでどうなる事かと思った。」と笑い話の ように話をしている。私の場合、非常に幸運だったと思うが、入院中の 医師、看護婦さん、リハビリの先生、リハビリの学生さん、入院患者の 仲間達、会社の上司、同僚、部下、友人、AS友の会の皆さん、井上先生、 両親、兄弟、家族、そして私の周囲の皆さんに感謝を述ぺて、日記を 締めくくろうと思います。


 日頃、日記などつけた事も無く、小学生の時の夏休み帳の毎日記入する 天気の欄もいつも人に写させてもらっていた私が、1日も欠かさず日記が つけられたのは自分でも驚きです。日記をそのまま掲載したので、非常に 長くなったことをお詫びするとともに、これから、手術を考えている方の 一助になれば幸いに思います。

2002年3月14日 自宅にて



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