友の会との出逢い


Y.K.(賛助会員)


 この会報“らくちん”の中に、私の言葉を載せさせていただいて 良いのか、いまだに恐縮しながら迷っております。

 私と井上先生との出会い、私はそのことに運命のようなものを 感じています。それは、十数年前になりますが、家の近くで、 ふとしたことで道でつまずき、板が倒れるように前に倒れ、 左の膝の上を強打、6針縫うという怪我をしました。幸い膝は 骨折も無かったのですが、同時に左手の人指し指一本で地面に 手を突いたために、人指し指は第二関節の下で見事に折れていました。

 私の家の隣が病院だったので、そこの整形外科に飛び込み、手術を して貰いました。しかし、その後の経過が思うように良くならず、 腫れや動きがなかなか改善しませんでした。悩み悩んで、途中から 病院を替えることばかり考えておりました。そして、思い切って 順天堂医院の門を初めてくぐることになったのですが、その日の 整形外科の外来は大変混んでいました。待合室で患者さん方の 「今までの先生は浦安の方に移られ、今日から先生が替わられた ようだ」という話し声が耳に入って来ました。そんな皆さんの声を 聞きながらも、私は病院を替えることに罪悪感のようなものを覚え、 先生に何て言われるだろうか、その不安で頭はいっぱいでした。

 私の順番になり、私は恐る恐る診察に入って行きました。真っ白な 診察着の先生は、お顔が抜けるように白く、気高い雰囲気で座っておられ、 そして私の話をじっと聞いて下さいました。「病院を替える事は悪いこと ではないですよ。でもね、今のその指の状態では、どこの大病院で手術 しても同じことだと思いますよ。もともと、どんなに良い治療をしても 完全には治りにくいところが折れてしまったんです。それでもずいぶん 良くなった方です。これ以上は、運命だと思って諦めましょう。今後は、 現状維持のつもりで、どんどん指を使って、一生のリハビリという気持ち でいて下さい。指の中の金具はこちらで取ってあげましょう」

 私はその井上先生の一言で、今まで隣の病院で手術して以来持ち続けた 悩みが、何かその時ストン!と落ちてしまい、井上先生のお顔が神様の ように心に残りました。ずっと後で知った事なのですが、その日は、 先生が「強直性脊椎炎」という難病で手術を受け、大きな苦悩を 乗り越えられ、再び外来に立たれた日だったのです。私が順天堂に 行く日を、一日でも早くしたり、一日でも延ばしたりしていたら先生に お会いしなかったかも知れないのです。私の指の金具を抜く手術の時、 私は先生がして下さるものだとばかり思っていましたら、 「僕は病気だから、手術は出来ないんですよ。でも、この先生は腕が いいから安心して下さいね」と、私の不安を吹き飛ばすように おっしゃって、脇で見守っていて下さいました。

 5年前の事です。私の左目が「全層黄斑円孔」という、人間が物を 見る黄斑部の中心に孔が開いてしまう、そんな眼の病気になりました。 右目を押さえると全ての物が歪んで見えました。私は夫に付き添われ 順天堂の眼科外来に行きました。眼科の先生の初めの一声は 「お気の毒です」でした。「このまま手術しないで放っておいても、 直ちに網膜剥離につながる訳ではないが、穴が開いている以上、 そこから網膜剥離につながる例もあります。確率は半々でしょう。 以前は手術が出来なかったけれど今は手術でくい止める事が出来ます」 とも言われました。そして専門の先生にも診ていただき、入院・手術を 決めたのでした。その時、眼科外来で思いがけなく井上先生にお会い しました。先生は、目にお注射を射つということでいらしていて、 「今、ご主人に聞いてびっくりしましたよ」と言って下さり、私は、 またここで、井上先生にお会いしたことを運命のように思ってしまい ました。

 私と“らくちん”の出逢い。

 それは、どん底の悲しみの中にいた私に、先生が初めてご自分の病気 「強直性脊椎炎」のことをお話しして下さったのが発端です。大きな 苦悩の中で、奥様やお子様のことを思い、これからどうして行こうか ……と悩んだこと。

 その時の井上先生のお心は想像するに余りあったと思います。先生は “らくちん”を送って下さり、「この方々も頑張っておられるんですよ」 と。私は“らくちん”を読ませていただき、ご病気と戦いながらも明るく 強くお仕事なさっている皆様のことを知りました。私は、井上先生や “らくちん”の皆様にいただいたエネルギーのような力で、手術後23日間 も下を向いたままの病院生活に耐えることが出来ました。手術は成功し、 70%は良くなりましたが、後の30%は諦めなければなりませんでした。 けれども、「これも運命なのだ」と。

 そして、私には何も皆様のお力にはなれないのですが、お願いして、 せめて賛助会員にならせていただいて、皆様のお声を“らくちん”の中で 聞かせていただき、75歳の今、膝にも腰にも痛みを感じながらも、 自分なりにその“ガタ”と付き合いながらスカッシュというスポ−ツを 続けております。そして、私にはそのお声が“神の声”にも聞こえる 井上先生のお力やご指導を得ながら、これからも年を重ねてまいります。

 この頃、大変お忙しくなられた井上先生のご病気も、本当は大変心配で 遠くからみつめさせていただいております。患者には、ご自分のお辛い 面をお見せにならず、明るく応対して下さる先生には、私は、いつも 何か“生き方”を教わっているような気が致します。

 長々とお喋りいたしました。井上先生、そして“らくちん”の皆様の お力をいただき、大変ありがとうございます。



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