-- 強直性脊椎炎療養の手引き --------------------------------------------------

Q.11.日本では少なく、また男性に多く女性には 少ない病気と聞きますが、本当ですか?

 日本で唯一、ASの有病率を調べた1970年の調査報告では0.04%と いう数値が出ています。この数値から単純計算した場合、日本の総人口 をおよそ1億2千万人とすると、5万人弱のAS患者がいる勘定に なります。ただし、この調査報告では、直接、一般市民の間でAS患者 数を調べたのではなく、間接的な推定ですので、この数値から単純に 日本のAS患者数を算出する訳には行かないようです。
 日本AS研究会によって最近実施された日本の主だった医療機関への 調査でも400名が登録されたのみであり、また日本AS友の会の患者会員は 現在やっと180名を越えたに過ぎません。従って、5万人とまでは行かない までも、まだまだAS患者は日本にたくさんいるはずですし、また診断が つかずに埋もれている人もかなりいるものと想像されます。

 欧米の統計では、日本の5〜10倍の数字が出されており、日本は 欧米諸国に比べてASの有病率は非常に低いと言えます。特にアメリカ インディアンでは有病率2%と高率で、逆に黒人では0.09%と白人に比べて ずっと低いようですが、それでも日本人に比べれば高い値ということ になります。

 また、我が国では、日常診療で遭遇するAS患者のうち75〜80%は 男性と言われていますが、世界の統計報告を見ると、男女比3:1と いうものから15:1というものまであり、かなりのバラツキがあります。 しかし、どの国でも、どの報告でも女性より男性が多いことには違い ありません。女性の場合、穏やかな病状の軽症例が多く、脊椎よりも 四肢の関節から発症することも多く、また脊椎の強い後弯変形や完全強直に 至るケースが少ないため、RAその他の脊椎や関節の疾患、時には 婦人科疾患や精神科疾患と誤診されたり、見逃されたりしているケースが 多いことから、実際には、もっと多いのではないかとも言われています。

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Q.12.どんな症状で発病するのですか?
      また典型的な症状や経過は?

 背中や腰、あるいは殿部(でんぷ)のこわばりや痛みから徐々に始まる ケースが最も多いようです。これらの痛みは、朝に強く、安静によっても 軽快せず、むしろ運動した方が軽くなるという特徴があります。また 坐骨神経痛、肋間神経痛(ろっかんしんけいつう)(特に深呼吸や くしゃみをする時)、アキレス腱の踵骨(しょうこつ)への付着部 すなわちカカトの痛み、大腿骨の大転子部(ふとももの上部外側の骨の でっぱり)の痛みなどを訴えるケースもあります。
 また、体がだるかったり(倦怠感)、疲れ易くなったり(易疲労感 (いひろうかん))、痩せたり、微熱など、軽い全身症状を呈することも あります。これらはASに特徴的なものではなく、他の様々な病気でも 見られるものですが、若い人でこれらの症状を頑固に訴える場合には、 ASの可能性も常に頭の隅に置いておく必要があります。しかし、当初は、 わずか数日、長くとも数週間で、一旦は症状が消失してしまうことが多い ようです(例外もありますが)。このことも、ASの診断を遅らせる 一因になっています。

 発作的に非常に激しい腰痛や大転子部痛が数日問続いた後、ケロッと 治ってしまうことが多く、初めは驚いてしまって、救急車で運ばれた人 もいますが、特に何の治療もなく数日のうちに治ってしまうのを経験 すると、次回からは、しばらく様子を見ようという気持ちになるのが 普通です。それに、この時に一般医のところへ行ってもまずASという 診断はつかないでしょう。ついたとしても、一旦症状がなくなって しまえば、この時期の積極的治療はない訳ですので、しばらく放置されて しまうというのが実情でしょう。本当は、症状がなくとも、診断がついた 時点で、患者への十分な病状説明、生活や運動指導などがなされなければ ならないのですが…。

 ただ、足がしびれてきたとか尿が出にくくなった、あるいは血尿が出た といった場合には、別の病気ですから(脊髄の病気や腎臓・尿管結石など)、 注意が必要です。

 足や膝あるいは指や手の関節の痛みや腫れ、すなわち『急性関節炎』の 形で発症することもあります(40%、あるいはそれ以上という報告もある)。 場合によっては高熱が出ることもあります。その際の炎症症状の激しさは、 ベテランの医師でさえも『化膿性(かのうせい)(細菌性)関節炎』や 『痛風性(つうふうせい)関節炎(痛風発作)』と見間違うほどです。 このように四肢の関節炎で、膿(うみ)も出ず、関節液を検査をしても細菌は 検出されず、また痛風に特徴的な血中尿酸値の高値も認められない場合には、 やはりASあるいはその類縁疾患(後述)を疑う必要があるということ でしょう。このような状況で発症した場合には、診察した医師に同様症例の 経験がない限り、多くは正しい診断が下されません。

 また、AS患者の20〜50%に見られるとされる眼科的合併症、すなわち 虹彩炎(ブドウ膜炎)が、まだ脊椎や関節の症状が出る以前に初発症状と して出るケースも時にあるようですので、眼科医も、やはりASとその 類縁疾患を頭に入れておかなければなりません。

 以上のような様々な部位、様々な症状で初発を見た後は、緩解と増悪を 繰り返しながら徐々に痛みの範囲や部位が増え、またその程度も強く なって行くのが普通です。そして、次第に痛みの間隔も短くなって遂には 持続性となり、典型的な症状、すなわち脊椎や四肢の関節の痛みと 運動制限、それが続くと、多くは脊柱の後弯変形(上体が前に 曲がってくる)、そして重症例では最終的に全脊柱の完全強直に至る訳 です(ただし、このような重症例は10〜20%)。
 また一部のケースでは、四肢の関節、特に股関節や肩関節も罹患し、 これらの運動制限ひいては強直に至る場合もあります。脊椎においては、 腰椎部から罹患(りかん)(疼痛、運動制限、強直)するケースが多く、 発症10年後には1/4の例に頸椎罹患が見られます(頸椎も動かなくなる)。

 ただ、Q.8でも述べたように、痛みが あったからと言って、必ずしもその部位(関節)の病状がどんどん進行 して強直に至るという訳ではなく、一過性の炎症徴候を示した後、 表向きはあたかも治癒したかの如く、その後一生なんら症状を示さない 場合も少なくありませんので、痛みや腫れが新たな部位に出現したからと いって、「ここも動かなくなってしまうのか!」と神経質になって 一喜一憂するのはよくありません。

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Q.13.診断が遅れがちになる理由は?

 AS患者同士、「あなたは症状の初発から確定診断までどのくらい かかったか?」という言葉を挨拶がわりに交わすことが多いくらいに、 ASと言う病気は診断が遅れることが多いようです。初期にはASに 特異的な症状(他のいろいろな病気でも出現し得る症状)を示さない ことが多く、またケースにより、痛みや腫れの部位や程度、そしてそれらの 性質もまちまち、さらには医師がASに関する知識に乏しいことなども (特に発生頻度が低い日本ではなおさら)、診断が遅れる理由であることは、 Q.12を読めばおわかりと思います。

 ある調査では、最初に受診した医師のところでASと診断がついたケース は6%程度に過ぎなかったということがわかりました。当初の診断名 としては、『腰痛症』、挫骨神経痛を呈することの多い『椎間板ヘルニア』、 ASと同様に血沈やCRPなどの血液炎症反応の亢進があり、初期には レントゲン写真の像がASと似ている『骨・関節結核(カリエス)』、 そして『慢性関節リウマチ』などが多かったそうです。中には、 レントゲンや血液検査では明確な異常がないのに、あまりに強く頑固に 痛みを訴えるので、『心身症』と診断されていたケースもあります。

 ただ、大切なことは、このような診断の遅れは、確かに患者さんの 肉体的・精神的苦痛を招くものかも知れませんが、癌とは異なり、 数年、確定診断が遅れたからといって、取り返しのつかない事態になる 訳はないということです。早期診断、早期治療がなされれば、ASは すぐに完治していたはずなどということもまず考え難いことです。 そのことにばかり固執して、医師を恨むことは、療養上そして 精神衛生上も決して良いことではありません。

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Q.14.何科の医師にかかれば良いのでしょうか?

 初発症状は、ほとんどが脊椎や関節に係わるものですので、整形外科医を 初診することが多いようですが、事実、脊椎ならびに関節が主たる病変と なる病気と言えますので、やはり整形外科医が適任ということになる でしょう。ところで、整形外科医というのは外科という言葉が示す通り 手術をすることが多い医師なのですが、ASでは手術が必要となること は稀です。ASでは、ほとんどが薬物を主体とした保存的治療に終始する ことになり、また他の臓器の合併症が出る可能性もあることも考えると、 リウマチ性疾患の診療経験が豊富な内科医がいれば、こちらの方が適任と 言えるかも知れません。しかし、実際問題としては、我が国では、伝統的に 整形外科医の方が、より多くAS患者の診療にあたっているようです。
 要するに、普段の診療は、整形外科医か内科医、いずれにしてもリウマチ 性疾患を得意とする経験豊富な医師によってなされることが望ましいと いうことです。これらの医師に、薬物療法、生活・体操指導、そして いろいろな検査法を駆使しての入念な経過観察をしておいてもらって、 万が一重症化して手術の必要性がありそうになったら、特に関節あるいは 脊椎の手術が専門の整形外科医に紹介されるといった経緯が望ましいと 言えます。さらに、よく話を聞いてくれて、また質問に対して親身になって 丁寧に答えてくれる医師が良いというのはASに限らずすべての疾患に 言えることでしょう。

 このようなAS患者にとって頼りになる経験豊富な専門医は、我が国 ではまだまだ少ないのが現状です。従って、初期診断や治療方針決定、 そしてその後3〜6ヶ月おきの経過観察のために専門医の診察を受け(後述)、 その間は、その専門医からの紹介・指導のもと、身近なホームドクターに 日常生活指導、そして投薬をしてもらうといった形が理想的な受療形態と 言えるかも知れません。

 なお、RAすなわちリウマチの認定医は制度化されており、全国に リウマチ認定医はたくさんいます。この医師たちは、一般の医師よりは ASに関しても比較的詳しいはずですので、医療機関に予め問い合わせを して、とりあえずはこれらリウマチ認定医を尋ねて行くことも一計でしょう。

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