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《 収穫》


校庭の隅に、黄色くしおれかけた草が地を這う一角がある。そこへ小隊の全員が集まっていた。
そもそもが個性豊かな面々だが、今日はさらに人目を集める集団になっている。制服、ジャージ、整備服、その上にふりふりエプロンを着けているものが若干名。手にした得物はスコップ、バケツ、熊手、などなどなど。
「みなさん張り切っていますね」
四月末に関東へ籍を移した善行は、濃いグレーの制服を着ている。視察で来ていたらしいのだが。

「こぎゃん周りを崩してから、一気に引っ張っと」
中村がレクチャーをはじめて、土の中から現れた紅いものを見て、瀬戸口が口笛を吹いた。
「意外と育つもんだな」
「ののみね、まいにち、おみずあげていたのよ」
「ののみサン、草取りもちゃんとできたデス。えらいデスよ」
仲の良いヨーコに手放しで褒められて、ののみは照れた笑顔を浮かべている。



若宮は、善行が去る前の会話を思い出した。本来使うべき時に銃を構えなかったことを問いただした答えだが。
「食べてしまいました」
善行はしれっと言ってから吹き出した。若宮はといえば、またこの手の謎かけか、と内心首をすくめた、善行が好むこの手のやりとりが若宮はどちらかと言えば苦手だ。
「実はね、どうしてもあれが欲しいという男がいましてね。譲ってやったら送ってきたのがあの芋です」
若宮は言葉を失って目をしばたたかせた。
「よかったでしょう? おかげで全員、腹一杯食べられた」
「お言葉ですが、背反行為ではありませんか」
もちろん階級に対応した支給品であるから横流しは御法度だ。それ以上に、銃には一丁一丁クセが出るものだから、使い慣れた銃を手放すのはリスクを伴う。若宮にはおよそ考えがたいことだ。
「ねえ戦士。貴方も食べたんだから同罪ですよ」
しかし。そうにやにやと笑われては、ひとたまりもなかった。確かに、鍋に残った少々時間の経った分まで、きれいに平らげた自覚があるのだから。ぐうの音も出ないという喩えは、こうしたときに使うのだろう。



土いじりの経験があるものはいないはずだが、さすがに戦闘と整備、プロの集団だ。二人一組で無駄のないよう散らばると、黙々と掘り返しにかかっている。
いま収穫しようという元の種芋は、その時送られてきた中で、食べられない細さだったものだ。無理をすれば食べられたのかも知れないが、植えれば増えるという意見に皆が賛同した。生きて秋を迎える保証など、どこにもなかったというのに。
かくして校庭の一角は、一晩のうちに無惨に掘り返され、そのことで教諭の三人は、女子校の教頭に、たっぷり五時間頭を下げつづけたと言う話だったが。

「あいつら大丈夫ですかね」
「中村君がついていますから。上手くやるでしょう」
「司令は、こうして無事に収穫できると思っておられましたか?」
「もちろん、前例がありますからね。五〇年前の人間にできたことが今できないようでは困ります」
「自分は、ここで休戦期を越えるとは、思っておりませんでした」
「何も僕たちでなくても、誰かの口に入ればよかったわけです。まあ、もしここが放棄された場合は、それはいつまでも生えていたでしょうけれど……幻獣は芋は食べませんから」
「そうですな」
「もし一時的に仮にそうなったとしても。放棄したままにしておくほど落ちぶれてはいないですよ。この国も、この国の人間も」
強く言い切った男の後ろから、飛んできた。見れば原が仁王立ちして指差している。
「そこ! さぼって!」
「ずるいです」
整備服を捲り上げた両腕を油ではなく泥まみれにした森も、同調して叫んだ。
「……怒られましたな」
「では、行きましょうか」
善行は上着を脱いで、鉄棒に掛けるとシャツの袖を捲り上げた。速水が絶妙のタイミングで渡してきたピンク色のエプロンをあっというまに着けてみせると、原がいよいよ憤然と色をなした。
「この変態! ロリコン! 唐変木!」



陽が傾き、差す光に西日の赤が混じり出しても、子ども達はまだ校庭に残っていた。
収穫した芋を、落ち葉を集めて焼いている。
雲一つない空に一筋の煙が細く登ってゆく。
まだこの地に人が生きてあるという、証の狼煙だ。




《劇終》


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★20070513
※同人誌「コンフェッション」からWeb掲載。「ボルボロス」に収録の「泥の歌」のおまけの話になってます。