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「珍しいですね、」
ハンガー横で資材搬入の後片付けをしていた若宮は、聞き慣れた声に呼ばれて顔をあげた。
善行が、からかいと興味半々の表情を浮かべて立っていた。鞄を脇に抱えているところを見ると、裏門へ向かう途中なのだろう。
「貴方が仕事中に歌っているなんて」
まだ十分明るい穏やかな夕刻のことで、訓練ではなく整備班の手伝いで、単純作業で……気が弛んでいたかもしれない。それにしても聞かれた相手がまずかった。どこから聞いていたのだろうか。
渋面を作りつつ、若宮は答えた。
「古い歌です」
「景気がいいとはいえないようですが。なんという歌ですか?」
予想した通りを尋ねられて、若宮はタイガーロープを纏め終えて立ち上がると、一瞬躊躇した後で告げた。
「貴方には、お気に召さないと思いますが」
「何がです」
首を傾げる善行に、若宮はその名を告げた。
「戦友」というその歌は、五十年以上の昔、人類同士が戦っていたころのものだ。大陸へ赴いたときの自分たちは援軍だったが、当時そこを満州と言ったとき、日本軍は侵略者だった。
「誰かに教わったのではありません。おそらく自分のプログラムに関わった人間が入れたのでしょう」
若宮は他にも多くの歌を「知って」いる。意図的なものなのか、あるいは懐古趣味の座興に過ぎないのか、詳しいことはわからない。本人としてはただ、気に入ったものを時折思い出すだけだ。
説明を終えると善行は静かに問うた。
「若宮戦士。まさかとは思いますが、貴方は僕を戦友だと思っているのですか?」
逆光となって彼の表情は見えない。そして眼鏡のフレームに反射する山吹色の光に不似合いなほど、尋ねる声は冷淡だった。そういえば彼に二度目に初めて会ったときにも、同じ声で挨拶されなかったか。
若宮がそう思い出しながら、答えかねて黙っていると、善行はさらりと続けた。
「僕は貴方と肩を並べているつもりはありませんが」
「は。失礼いたしました。……頼もしいかぎりです」
若宮は目の前の上官に向き直ると、最大の敬意を込め、深々と頭を下げた。
悠然と去る背中を見つめる。虚勢であろうが何であろうが、どこにも危うさなど見当たらない。これこそ自分がついて行こうと決めた背中だと、若宮は思った。
そして鎮魂の歌を今度は心の中でだけ、彼の分として、歌いはじめた。
《劇終》
☆20060819 ASIA
この話は05年4月にいただいたリクエストから生まれました。(一言下さった方へ)貴方がいなかったらこの話は決して出来ませんでした。時間がかかってしまって申し訳ございません、やっとできました。ありがとうございました。
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