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《第一夜》


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「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」

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「戦士は生まれ変わりを信じますか」
善行は黒い方の猫を膝の上であやしながら尋ねた。
「猫には九つの命があるそうですけど。僕たちはどうなのでしょうね」

「自分は死んだらそれまでと思っております」
若宮の返事は淡白だった。
窓から差す西日の赤が、彫りの深い顔を淡く縁取っている。
「第一、今は毎日が生きるか死ぬか、ですからな。死後のことまで心配しているヒマなどありませんよ」


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「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」
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「もし僕が死んで、」
 若宮の眉宇が不快気に顰められた。善行は構わず続ける。
「生まれ変わったとしたら。あなたにわかるでしょうか」
 若宮は冗談めかして答えた。
「さて・・・、どうでしょうな」

 しばらくして静かに言った。
「自分は死ねば回収され、有用な部分だけで再構成されます。ですからその度に生まれ変わるとも言えますし、決して死なないとも言えます。」

「いつか生まれ変わったあなたには、今ここで話している自分のことが。果たして、お判りになりますかな?」
 善行の目がくっきりと傷心を浮かべる。
 その手を離れ猫が隣室へと歩み去った。


*****
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。??赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、??あなた、待っていられますか」
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 若宮は厳かに切り出した。
「ではこうしましょう。自分はあなたの墓で待っています。いつまでもいつまでも、待っています。ですからその時はミスターの方から逢いに来て下さい」
「顔が違うかもしれません」
「構いません」
「人の姿をしていないかもしれませんよ」
「ではわかるように印をつけておきましょう」
 そう言って善行の左手をとった。
 強く、痕が残るように強く、青白い手の甲に接吻を与える。

「だめです。」
 善行は頭を振った。
「だめですこんな印では。・・・きっと、すぐに見えなくなってしまう」
 若宮は黙って腕を伸ばすと震える肩を抱き寄せた。
 そして花を散らすような思いで、薄い唇に唇を重ねた。

 窓の外は群青色に沈み、ただ宵の星一つだけが瞬いていた。


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「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」

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《劇終》


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★夏目漱石「夢十夜」より。 20030325 ASIA