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《花》




 三月。
 啓蟄の声を聞き、半島は遅まきながら春を迎えようとしていた。

 善行の小隊を含む一個中隊はとある地方都市の近郊、公園内に陣を構えていた。宿泊施設と運動場があったことが設営の決め手となったのはまず間違いなかろう。

 市民が週末を過ごすために山野を切り開いて作られた公園は、今や草木に侵され本来の姿に戻ろうとしている。時節柄、鳥獣の鳴き交す声がいたるところで耳について、聞くものに複雑な想念を強いた。


*****


「なにが会議だ。決定づくなら伝達で済ませればいい。この一時間で何ができたと思う?・・・まったく無駄としか言いようがない」
 善行は自室に戻る道すがら、半歩後に控える若宮に毒づいた。会議の内容は彼の言う通り、諾と言う以外には選択肢のない一方的なものだった。都合三名の他隊への転属。
「くそ忌々しい。優秀な部下ほど、さっさともぎ取りにかかる」
 本音はそこだろうと若宮の思っていた通りを善行は口にし始めた。
「今までもそうだ。何も知らない新兵を寄越して、やっと育てたところで体よく取り上げる。だったらせめて訓練に当てる時間を減らすなと言いたい」
「ミスター!」
 高くなり出した善行の声を若宮は制した。視線で部屋の前を示す。
 背中に物差でも入れたような気ヲ付ケが三つ、並んでいた。

 近付いてゆくと彼らは一糸乱れぬ敬礼をした。善行は正面に立ち、これ以上なく整った答礼をして三人の顔を順番に見つめた。
 幼い。うち二人はまだ十代だ。揃って目の縁が赤い。
「転属の話は聞いているようですね・・・よろしい。
 今までよくついて来てくれました。皆さんには心から感謝しています」
 この文句は今初めて考えたものではない。善行は心中を過った苦さを押し隠し、せめて精一杯の誠意を込めて続けた。
「新任地での武運をお祈りします」
 微動だにしない三人の頬を伝い出したものがあった。

 善行は見て見ぬ振りをすると踵を返して立ち去った。若宮も続く。
 背後から涙まじりの声が追いかけた。

「少尉!自分達は・・・」
「お元気で!」
「武運長久を!」



*****


善行は訓練の視察に向かおうとしていた足を曲げた。
荒れた庭園に残されていた小径を辿る。
 
「彼らは北海道に送られるようです。あそこは敵は弱いが、守りは更に弱い。ある意味ここ以上の激戦地です。さて・・・彼らにとって、どちらが幸せでしょう」
「決まっています。鬼善行から逃げ出せたのですから」
 善行が一瞬、言葉を失う。
「冗談ですよ・・・」
 鼻白んだ顔を間近に見て、若宮は破顔一笑した。

「彼らの顔を御覧になりましたか。少尉の部下であった事を誇りとしておりました。これからもそうあり続けるでしょう」
「誇りを持つという事は、そんなに幸せな事ですかね」
「それしかないのですよ、一介の兵士には。まして自分たちは、戦うために生まれてきた世代です。」


*****


 ちょうど桃の木の下に来た。
 寄り添うように苔むした碑が目に止まる。歌碑だった。
 善行は咲き初めの花を見上げるとその有名な対句を口ずさんだ。

 ”年年歳歳 花相似たり
  歳歳年年 人同じからず”


「去りゆく者に残されるもの。・・・季節、ですか」
「そうですな」


 しばらく佇んでから、その場を後にした。
 冷たくも温かくもない風がどこからか不如帰の声を運んで来る。

「ねえ戦士。相似たりと言いますがね。実際には花だって同じではない。年々、ひとつひとつ、みな違っている」
 善行は若宮を振り返って問うた。
「僕の言った意味、わかりましたか」
「はい、いいえ。自分にはどの花も同じように見えますが。」
「・・・なら、いいです。」
 善行が浮かべた寂しげな微笑みに、若宮は不思議そうに目を側めた。



《劇終》



★渋過ぎですか。20030321 ASIA

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