[BACK]

悪食_A



二人が喧嘩をするのは、それほど珍しいことではない。

原因は感情的なものでなく概ね軍務に由来し、また生え抜きの下士官である若宮が上官を蔑ろにする愚を冒すこともない。ゆえに見た目上は“注意”や“進言”という形をとる。もちろん暴力などもってのほか。
とはいえ、ややもすれば理想主義のきらいがある善行と現場主義の若宮の行き違いは、喧嘩以上に険悪な応酬になることもあり、そんなとき善行の吐く辛辣な皮肉は、傍で聞くものの心胆を寒からしめた。

もっとも、二人が部隊運営について真剣だからこそと皆もわかってはいたし、なにより当人同士も大人なので、やがては妥協点を見つけ、後腐れがないようになっている。


*****
だが、今回は少々長引いていた。朝から一言も交わしていない。

昨日の出撃時に、若宮が撤退命令を聞かなかったのが原因だ。小型幻獣5匹に包囲された挙句、可憐の腕を2本にして戻った彼を善行は舌鋒鋭く追求した。
若宮は初めヘッドセットの不具合のせいにしていたが、目的が友軍機の撤退支援だったのは明白すぎるほど明白で。一方、その地区は3号機のミサイル圏内で、安全は確保できていた。だから若宮が戦闘継続する必要はなかった、というのが善行の言い分である。

「大丈夫かな、あの二人。」
速水厚志は悲しげだった。天涯孤独の彼にとって、小隊は家族同然。拠り所を失うことを人一倍恐れている。
問われた瀬戸口はしかし、大人の余裕を醸し出しつつ答えた。
「放っておけばいいさ、」

『英雄気取りで勝手に死なれては、こちらが困るんです』
 そう言い捨てた声にいつもの張りがなく、恐れと安堵とが滲んでいたのを、オペレーター席にいた瀬戸口は耳聡く聞き分けていた。

「夫婦喧嘩は犬も食わない、って言うからな。」


*****
チャイムが鳴り、昼休みになったのと同時だった。
すっくと立ち上がった善行が、軍靴を鳴らして教室の後方、若宮の席まで歩み寄った。
気づいた若宮の顔が強張り、周囲には異様な緊迫感が漂う。

“やっべー、ここで昨日の続きかよ?”
“こら、あかん。はよ逃げまひょ”
“いいんちょのおかお、こわいのー”
“・・・・・・・(来須は帽子を深くかぶり直した)。”

 皆が固唾を飲んで見守る中、彼は眼鏡を押し上げると、静かに提案した。
「若宮戦士。弁当を忘れました。味のれんにつきあいませんか?」
「は・・・はあ」
 そう言ったあとの若宮の口元は、母音の形のまま固まった。


*****
 皆の好奇の視線に気づいたものか、さっさと教室を出て行く善行。

「・・・委員長って、たまに反則だよね」
 ぽややんと感想を述べる絢爛舞踏。

ばたばたと後を追って行く若宮の尻に、千切れんばかりに振られる尻尾が見えるような気がして、瀬戸口はそうか、と頷いた。

「犬も食わないとは言うが・・・・
 あいつは犬みたいなもんだし、それに正真正銘の悪食だからな」



《劇終》

[BACK]


悪食=ふつうの・人(動物)には食べられない変わったものを食べる事。(三省堂国語辞典ヨリ)
戦士の場合、変わったものっていうより腐ったものですが。
20030120 ASIA