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終わる世界


誰ともなしに歌いはじめる、

勇気の旋律。

魔法の詞。

幾千万の私とあなたで

あの運命に打ち勝とう

どこかのだれかの未来のために

マーチを歌おう

「この戦争、男と女が一人づつ生き残れば、我々の勝利だ。

ガンパレード!

最後の一人まで、敵と戦ってことごとく死ね」

どこかのだれかの未来のために
地に希望を 天に夢を取り戻そう

男と女、一人ずつ。

子孫を残せないクローンが生き残って。

そして二人に訪れる、老いと死。

あまりにも穏やかで静かな。

ああ。

世界の終わりだ。






「壬生屋機、まだ行けます!!」

一号機は戦闘開始直後に小破。現在、状態は大破近くまで落ち込んでいた。パイロットの壬生屋は意気軒昂だが、先刻から機体の異常が引っ切りなしにモニタされている。

「だめだ、後退しろ。補給車まで戻れ。二号機は一号機を援護」

滝川の乗る二号機も中破に近い。士魂号自体はまだ無理できそうだが、パイロットが黄色信号だ。滝川はメンタルが弱く、出撃を重ねても成長が見えてこない。それでも、ゲームで磨いたとかいう射撃の腕は悪くはないので、援護射撃の役には立つ。いや、せめてそのくらいは役に立って貰わねば困る。

指揮のまずさを棚に上げる気は毛頭ないが。

どうしてこうも同じ轍を踏むのか、この二人は。いいかげんにしてくれ。

・・・くそっ。

戦列を外れる二機の穴はスカウトに埋めさせるしかない。中型幻獣にスカウトを当たらせるなど下の下策だが、他に打つ手がない。人員も装備も弾薬も食料もないものはない。足りないのだからしょうがない。二人にはせいぜい腹をくくって貰う。まあ、初めから覚悟はしてるだろうが。

三月当初こそ、こんな「死ね」と言うに等しい命令をするたび吐き気を覚えたものだが、最早そんな感覚は麻痺してしまった。

スカウトに敵を引き付けさせ、三号機のミサイルで片をつける。

結局、いつものパターンじゃないか。

轍を踏んでいるのは誰よりも、この僕だ。

このままでは駄目だ。殺してから悔やんでも遅い。

分かっているだろう・・・善行忠孝!

三号機は大きな損傷こそないものの、細かなダメージが累積している。他の二機のサポートとして戦場を駆けずり回っていたためだ。だがそれは百も承知で、突撃を命じる。

回線を繋ぐと、どこか似た印象を持つ綺麗な顔が二つ、モニタに並んだ。目の下にはお揃いの隈、特にGに弱い芝村は疲労の色が濃い。だが瞳には、なお炯々と光を宿して。

「了解。行くぞ、厚志」

「行動開始します。」

彼らは粛々と命令を受けた。泣き言一つ言わず。それどころか、弱々しく微笑んで見せさえしたのだ。善行は心の中で彼らに頭を下げた。


マイクを所定の位置に戻すと小さく息を吐く。

鳩尾にはどうしようもない違和感。

以前ほど痛まないのが救いだ。

「どうしました、司令?

あなたでも、子供らに死ねと命じるのは辛いもんですか」

ああ、また瀬戸口オペレーターの”辛辣なご意見”か。

だが、これにもいいかげん、慣れた。

彼が隠そうともしない言葉の険に、東原ののみが舌足らずに反論する。

「たかちゃん、いいんちょをいじめたらめーよ。」

「いじめてなんかいないさ。」

自称美少年は両手をあげると、降参というようにひらひらと振った。

「なぁ、いいんちょ?」

こうして一度意見するたび韜晦の仮面が剥げ落ちて、雛を守る親鳥の顔が垣間見えていることを、本人は気づいているのだろうか。僕はその優しく悲しい顔が、苦手だった。

右手が自然と眼鏡のブリッジを押し上げる。

「戦闘中の私語は慎んで下さい。加藤十翼長、指揮車前進、一時方向」

「了解!前進します!」

運転席で居心地悪そうにしていた少女は、ようやく息がつけたとばかりに復唱すると、アクセルを踏み込んだ。


決して悪路ではなく、加藤の腕も悪くないのだが、振動が気になる。善行は指揮車整備の部署を再評価しなくては、と思いながら簡易座席・・・砲手席に通じる梯子に身を預けた。

正確には、預けようとした。

次の瞬間、東原の悲痛な声が響き、再度立ち上がるはめになったからだ。

「げんじゅうにぞうえん!」

「・・・ッ。」

なに、と叫びそうになったのをこらえて、奥歯が軋んだ。

「ミノタウロス4、ゴルゴーン2、きたかぜゾンビ2、キメラ5。距離800。

・・・・司令、御指示を」

冷静な瀬戸口の声が神経を逆撫でした。

くそ。

試してやると言わんばかりだな。

今度こそ、胃の辺りがキリキリと痛む。





そこへ、およそ緊張感を感じさせない声で、補給車の原から通信が入った。

「そちら、お困りのようね。

ところでねえ、うちの子たちのおやつの時間、終わったわよ」

整備士たちが口々に整備状況を報告する。

「一号機、出撃準備よろし!」

「二号機、再装填完了。オールグリーン。いつでも出られます」

指揮車内の雰囲気が、少しだけ軽くなった。

「よし。

 一号機および二号機、再出撃。

 一号機は前線へ急行。ポイントは追って指示。

二号機は一号機を追走、上空を警戒しろ。きたかぜゾンビがいる。

スカウト二名は両側から三号機を援護。」

善行が指示を終えると、瀬戸口は複座型に繋いだ。

「お二人さん、調子はどうだい?」

「演算終了まで120」

感情というものをあまり伝えない少女の声が答える。

「よーし。

 いいか、外すと後がない。ヘマするなよ」

「待て、限界だ。60でやらせろ」

善行は戦闘配置モニタを凝視したまま告げた。

正確に言うなら、見ていたのは幻獣に囲まれつつあるスカウト二機のマーカー。

もっと正確に言うなら、そのうち片方。

「だ、そうだが? お二人さん?」

瀬戸口の、鼻に皺を寄せた顔が視界の隅にひっかかったが、気づかないふりをする。

「60ですね?・・・舞、できるよね? 了解です」

お気に入りの速水の声を聞いたからだろうか、瀬戸口の機嫌は回復したようだ。ミサイル圏内から退避を促すため、随伴歩兵の限定回線に切り替えると、やけに明るい調子で呼びかけた。


「おーーーい野郎二名!生きてるか!」

「なんだ、その言い種は!」

若宮が呆れた調子で返した。

「・・・聞こえてた。60とはな。
 まあいい、さっさとやっちまってくれ。俺は疲れた。

「行くぞ」

「さあて、帰ったら何食うかな。急がないと、あじのれん閉まっちまうなあ」

呑気なぼやきで通信は終わった。

善行は、かつての教育係の声を聞いて安堵している自分に気づき、ほんの少し眉を寄せた。






誰ともなしに歌い始める。

勇気の旋律。

魔法の詞。

 その心は闇を払う銀の剣
 絶望と悲しみの海から生まれでて・・・

アンモニアと吐瀉物の臭気に満ちたコクピットで、震えるテノールが。

白い血と機械油にまみれながら、涙を含んだアルトが。

液晶表示に充血した目で、たどたどしいソプラノが。

年端も行かぬ子供たちが、世界を背負って歌う。

歌いながら、戦っている。

 どこかのだれかの未来のために

 地に希望を 天に夢を取り戻そう

 われらは そう 戦うために生まれてきた

『自分は戦闘用の年令固定ですから。備品というわけですな』

事も無げにそう言ってのけた彼も、共に歌っているのだろう。

人類の敵に容赦なく銃弾を叩き込み、剣を突き立てながら。

その口許に、傲岸不遜ともいえる笑みを浮かべながら。

「全軍前進!

この戦争、男と女が一人づつ生き残れば、我々の勝利だ。

ガンパレード!最後の一人まで、敵と戦ってことごとく死ね」


ああ。

耳をふさぎたい。








三号機はぎこちなく跳躍を繰り返し、幻獣の群れに飛び込んで行った。

人型というには異様に張り出した腰部から、ミサイルが雨霰と発射される。

驚異的な命中率を誇るその攻撃で、事実上戦いは終わった。

善行は戦況表示パネルに両手をつき、目を落とした。

一号機と二号機が、ミサイルで捉えきれなかった小幻獣を屠り。

スカウト二機は昇天し損ねている幻獣に、止めをさす。

幻獣を示す赤いマーカーがふたつ。

ひとつ。

全て消えた。

・・・なんとか今日も死亡報告書を書かずに済んだらしい。

そのままパネルに戦闘データを表示させる。画面に明滅する赤と青のマーカーを見ながら、なんてまずい采配だと思った。緒戦で一号機が受けた損害を埋められないまま戦闘を継続したため、保有戦力の半分しか機能していない。三号機のミサイルという切り札がなければ、さらに深刻なダメージを受けていただろう。人選、布陣、タイミング・・・全てミス。自衛軍なら減俸ものだ。

「あのう。いいんちょ、やすちゃんとぎんちゃんにつうしんしてもいいですか」

東原の遠慮がちの声で我に帰った。相当、厳しい顔をしていたらしい。

善行は無理に微笑の形に口許をあげてみせると、本来彼女の席である画面の前から離れた。

スカウト達に合流ポイントを告げる、弾みがちの声を聞きながら、簡易座席に腰を下ろす。

疲れた。





戦場から戻ってウォードレスを脱いでシャワーを浴びて指揮車でオペレーターからこれでせいぜいいい作戦を考えて下さいよと嫌味を言われつつデータを受け取ってそれをもとに戦闘報告書を作成して終わった頃に整備班からの報告書が提出されて目を通して判を押して足りないんだけどねえなんとかしてよ調達の名人さんと言われた物資をいくつか陳情して断られた分とどう頼んでも無理そうな分は無理矢理手に入れる算段をしてハンガーを見回ってまだ残っていた整備士とパイロットに学校の先生よろしくもう帰りなさいと言って小隊隊長室に戻ったのが午前二時。

もう一仕事と思ったのだが、どうにも思考がまとまらない。つい抽き出しの奥に隠したものに手がのびる。さすがに校内なので後ろめたさが先に立ち、灰皿代わりの空缶を片手に、部屋の壁を前にライターを点けた。

すると背後から伸びた手が、手の中のものを攫った。

「まだ。いたんですか、戦士」

「喫煙はやめられたのでは?」

体に悪いとあなたがあまり五月蝿いので、やめさせられたようなものです。

善行は返事をする代わりに、軽く両手を上げた。降参。

「・・・・お疲れのようですな」

「はい、いいえ戦士。それほどでもありません。あなたこそ、今日は疲れたでしょう。早くあがりなさい」

「では・・・司令も御一緒しませんか」

腕を組み顎に手を当てた。指に伸びた鬚が触れる。いくらか伸び過ぎだ。

「その前にこれなら・・許してくれますよね?」

「はあ。」

善行は同じ抽き出しからラムの瓶を引っぱり出すと、栓を抜き、一息にあおった。

若宮のあっけに取られた顔に向かい、意識して歯を出して笑ってみせた。

「いつでも海に戻れるようにね、たまに飲るんですよ」

「はあ。」

若宮は、気が抜けた返事をくり返した。

してやったり、だ。

二人で校門を出た。三月半ば過ぎとはいえ、この時間はさすがに肌寒い・・はずなのだが。若宮へのいやがらせというか、あてつけというか、最早何だかわからない勢いで飲んだラムが、体内でその存在を主張しはじめた。

「大丈夫ですか?」

「ええ、まったく問題ありません。多少、気が大きくなるくらいです。

 大船にのった気で、ってやつですか。はは」

「・・・・・・司令?」

「酔ってるように、見えますか、僕が?」

「そういう事は、まっすぐ歩いて言って下さい!」







若宮は結局、僕の部屋までついて来た。寮へ戻れといくら言っても聞かなかった。

その頃までには僕はすっかり出来上がっていて、部屋につくなり酒を出してこれは酒と呼ぶには酒に失礼な位に不味いくせにスコッチなんて書いてあるいわゆるパチモノなんだが酔えることだけは間違いなく味なんかもうほとんどわからないからこの際構わずにまた呷る。

若宮は、なぜか一言も咎めなかった。明日がつらいですよと、言っただけだ。

「あの歌は嫌いだ」

そう管を巻き始めて、小一時間が過ぎた。いつの間煮か横になって、戦士の膝に頭をのせていた。自分からそうしたのか、若宮がそうさせたのか、そもそも何時からこうしているのかも定かでない。頭上でぐらぐらと揺れて見える顔には「もううんざりですミスター」とハッキリ書いてある。

「なにが我々の勝利だ。

 男と女が生き残ったところで、

 しょせん生殖能力を持たないクローンじゃないですか。」

不良ですら、子供ですら、戦っている。

血と反吐を吐き、涙と汗と小水にまみれ、それでも正義という幻想を胸に抱いて。

生殖できない男と女を一人ずつ、生き残らせるために。

「幻獣には口がない、我々には種がない。あはは」

なかなか上手い冗談だと思ったんだが。

うけなかった。

だから、汚すとアレですからと僕の上着を脱がせていた若宮の背中をバシバシ叩いてやった。

「最後の二人は、永遠に二人っきりですよ。寂しいかぎりですね」

《いい加減にして下さい・・・》

そういう形に戦士の口が動いたのが見えたが、声は聞こえなかった。

耳鳴りがして、聞こえない。

痺れた脳にかろうじて届くのは、

砲火の轟き、機銃の掃射音、友軍兵士の断末魔の叫び。

喉と胃を灼くのはアルコールではなく、

鮮やかな血の色をした・・・夕焼け。

「だったら残るのは、男二人でもかまわない。
 たとえば、君と僕でもかまわない。
 そうは思いませんか、戦士?」

一瞬の沈黙の後、実に神妙な顔をして若宮が答えたのが、

泣きたいほど悲しくておかしくて、乾いた咳が咽を突いた。

そしてそのまま、僕のその日の記憶は途切れた。

「それはまったく・・・
 世界の終わり、ですな」








《劇終》


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はじめてのGPM話です。どうか大目に見てやって下さい。2002.11.29 ASIA

ラストシーン・おまけ。

「自分はそれも悪くないと。そう、思います。ミスター」

意識の途切れる寸前に、誰かが耳元でそう言った。

・・・ような気がした。

きっと、夢だったに違いない。