悪食_B



「美味しいですか?」
雄の中心を口に含まれながら、善行は問うた。

前から不思議に思っていた。
この男は自分の精液を舐めることに、なぜこうも執着するのだろう。



*****
後ろに指を入れられながら扱かれて、それだけで一度達していた。
まだろくに濡れていない場所へ与えられる摩擦は正直きつく、乾いた指は焼鏝のような熱と痛みを生み出して、散々泣かされた。これでは、愛の行為というより拷問だ。
だがそんな不躾な指にでも、内奥のそれなりの部位を突かれれば、それなりに反応してしまう。善行はその不思議な事実を、この男にいやというほど教えられている。

男の愛撫はおおむね優しい。指やら楔やらのサイズが少々規格外なので、よけい傷つけないよう気を使っているのかもしれない。掌中の玉の如く扱われる気分は悪くはない。
だが時に獣のように組み敷かれることがある。今日もそのケースだが、戦闘の後は確率が高い。こうなってしまうと善行にできるのは嵐が行過ぎるのを待つことだけ。一晩中鳴かされて喉を嗄らした日には言い訳に困ったが、それでもやはり気分は悪くはなかった。 

つまり、その・・・・・・・・・・・・・自分でもバカだと思う。


身体を折られ、胸まで足を抱えあげられ、急に角度を持ち始めたそれを口に含まれると、善行の脳裏を恐怖がよぎった。いつものことだ。
男性本能の発する警告。

この健啖家に、何もかも食いちぎられるのではないか・・・?

しかしどんな怖れだろうが、留めていられるのはほんの僅かな時間。包み込まれて育てられ、舌先で疼きの芯をくじられれば、あっという間に意識を攫われてしまう。気が付けば口の中で、あるいは顔面に、ぶちまけた後。

受け止めた男は、必ず見せつけるように舌舐めずりしてから、零れた雫を全て舐め取る。自分の口の周りに始まって、顔を拭った手、指、腹、脚、シーツ、それから善行自身。



*****
例によって今も、舌で丹念に浄められて、それで冒頭の質問が出た。

なぜなら善行は、精液の味も臭いもどうしても好きになれなかったから。いつか男に奉仕しようと我慢し続けた結果、気分が悪くなって吐いたことがあり、それ以来自分から口に入れようとは思わない。だからこそ、隅々まで舐め取るという男の行為に明解な説明が欲しくなる。

 ”美味しいなんてはず、ないのに”

しかし応えはなかった。
代わりに一層深く咥えこまれ、奥歯が敏感な先端を掠めた。先ほどの恐怖がぶり返し背筋がひやりとして、無意識に腰が逃げる。だが退こうとする身体はあっさり両手で止められ、大きな手に触れられた肌が粟立つ。こんな何でもない接触さえ、目が眩むほどの快楽と感じはじめている自分が恐ろしい。
近頃、はじめてから箍が外れるまでの時間がどんどん短くなっている。かといって事が早く済むでもなく、回数を重ねてしまうのが問題で・・・。

このままこの男と、どこまで行くのだろう。



「美味しいですか?」

善行は色素の薄い瞳を覗き込み、もう一度問うた。
怒張の根元を締め上げる唇の縁を、軽く指でなぞりなぞる。
右に左に・・・えい。鼻をつまんでみる。
男はくぐもった笑い声をあげ、ようやく、参ったというように首を縦に振った。



*****
善行は口淫に没頭する男の金の髪を両手で梳いた。するとどこからか、小さなパンくずが出てきて吹き出してしまった。そういえばさっき、3日前のサンドイッチを美味しそうに食べていたっけ。ついでに速水と交換したという昨日の弁当に、熟しすぎて溶けかけたスイカ。

そうか。
この男は、とんでもない悪食なのだった。
だからこそ、こんな腹黒い男の流す汚いものをいくら舐めても、嘘と皮肉を吐く唇をいくら吸っても、腹も下さず笑っていられるのだろう。

善行は納得した。
納得した途端、妙に気持ちが軽くなり、朗らかな笑みが浮かぶ。
自身を上下に辿っていた男の顎を捉えると、口腔に長い指を詰め込んで犯しながら、囁いた。

「いっそ全部食べちゃって下さい。残したら許しません・・・」

男には、もちろん異存はないらしい。
もう一度頷いてみせると、恋人を抱く腕に力を込めた。




《劇終》


なんというか・・・箍が外れたのは私自身のような気がします。
でもやはり最後までヤってない・・・ぐは。別に避けてるわけじゃないのですが。
20030120 ASIA