《 IAA (I Am Alive)》



 大陸から戻って一月ほど経った頃のことだ。
 面会謝絶がようやく解かれたその日、善行の右腕は首から吊られていた。その瞬間、キメラのレーザーに深く焼かれながらも突撃を叫んだ誇りかな声、あの長い最期のはじまりの瞬間が、若宮の脳裏に極彩色で再生された。

 それから一週間ほど後、晴れて退院となった彼を迎えにいくと、すでに包帯は外されていたが、半袖から覗く前腕の色に少しばかり驚かされた。真皮まで通った火傷の赤黒い跡。完治したあとも一生残るだろう。
「なぜ皮膚移植をされないのです」
「医者と同じことを言いますね」
 善行は薄く笑って当の部位に触れた。強く扱えば破れそうな周囲をたどる日焼けのさめかけた右手の中指に、爪が半分しか残っていないことを知る。
「これがこうして治るのは、僕が生きているということです」
 はじめは冗談だと思ったのだが、善行の目は真剣だった。
 
若宮には覚えがあった。
 死の淵から這い上がった経験だけが人にもたらす、その顔つきに。


 同時に若宮は知る。
 善行は目の前にいる若宮を、自分が担いで戻った若宮そのものと思っているにちがいなかった。帰国の途でも軍病院でも幽閉同然だったために、脳以外は廃棄されたと知り得なかったのだろう。
 再生された若宮の身体には、いかなる傷もない。癒えた傷も、癒すべき傷も、激戦の中で刻まれたすべては彼の地で失われた。野にうち捨てられたか、焼かれたか、……あの敗走劇の中でのことだ、知る術などないが、いずれ跡形もないだろう。


もちろん善行の今の言葉に他意などない。
だからこそ、いずれ真実を知って心を痛めるひとを思って若宮の心は騒いだ。
しかし教育官として誂えられた精神が、”良い機会だ”と告げるのもまた、事実だった。


「痛みはあるのですか」
「いいえ。少し引き攣るが、それだけです。支障があるようならとっくに治してますよ、僕は痛いのは嫌いですから」
 しばらくの沈黙を誤解したらしい。善行は気分を害した様子で尋ねた。
「感傷的にすぎると思っているでしょう」
「はい、いいえ。…ただ」
「ただ?」
「貴方らしいと思いました」
 そうですか、と善行は苦り切って答え、黙り込んだ。





一晩も寝ればさすがに気づいただろう。
若宮が事前に予想していた通り、翌朝目覚めるとすでに善行は布団から抜け出していた。細く開いた掃きだし窓から覗く縦長の空に向かって、同衾の名残を薄赤く刻んだ背をゆるく丸め、紫煙を吐いていた。
若宮は背後からその腕を黙ってとると押し頂き、残ったのではない、残された傷を朝日の下で見た。
善行はなされるがままに、何も言わなかった。



《劇終》


★20051025 ASIA
ほんとうは IAAシステム=被災者安否情報システム、です。