柴田尚 さんの S-AIRだより

 札幌でアーティスト・イン・レジデンスに取り組んでいる柴田尚さん(S-AIR実行委事務局長)から、興味深いメールがとどきましたので、ご紹介します。
 「SRBIJA DO TOKIJA 〜セルビアの勢力を東京まで」と題した個展を札幌で9月にひらいたアレキサンダー・ディミトリエヴィックさんについてです。
 

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 S-AIRの前半の作家で個人的に印象に残ったのは、ユーゴのアレキサンダーでした。
 彼はあまり社交がうまくないのと作品のテーマも重いので、展覧会やレクチャーの入りはもうひとつだったのですが、僕にとっては、今までに会ったことの無いタイプで興味深いの作家でした。

 招へい側として一番考えさせられたのは、彼の活動(作品)が思った以上に政治的だったことです。展覧会のビデオの作品で、高級車(持ち主は戦争犯罪者の疑いあり)を照準機で狙っているのはまずいんじゃないかと事務局で議論になりました。
 照準機はフェイクなのですが、映像に映っていたの車は実在のものだったからです。
 実は、我々事務局が神経質になったのは、彼の作品を調べるうちに「戦争犯罪人に死を!」と書いたビラ(文字しかない)を街で貼るだけの作品や、その張り紙の前で覆面をして銃を持っている写真作品なんてものもありました。
 そこには、ひねりもパロディもなく、本気で政治を批判するだけのもの。
 テロっぽいというか政治運動にしかみえないものでした。

 結局、会場のCAIとの相談で、ビデオ作品は本当に銃で狙ってるものではないという
ことで、そのまま展示しました。

 彼はレクチャーで、僕らになじみがないユーゴ(彼らはセルビアと呼んでいる)ことをいろいろと説明してくれました。ユーゴには政治的芸術グループとそうでないグループがあり、自分は前者の方だというのです。自分のテーマを特別なことだと見ないで欲しいと。それは、われわれにとっては日常のことなのだと。
 僕はそこまで政治的な作家に会ったことがなかったので少しとまどいました。
 ただ、彼のアートは本気なのだということがとても印象に残りました。
 彼は、何か強い怒りをアートにぶつけている。
 うちの事務所には60年から78年までのBTがあるのですが、それを読んでいた時のことを思い出しました。そこには現在の日本のアートシーンが失ってしまった熱いものというか、何かがありました。日本にも昔は彼のようなアーティストがいたんだろうなとも思いました。

 それで、僕らはちょっと友人になりました。彼がなぜか日本刀を見たいというので、レトロスペース坂に行ってオーナーの日本刀レクチャーを受けたりしました。彼は屈折していてちょっと危ないやつだけど、僕がもし、小説を書くとすれば登場させたいと思うような個性的な男でした。

 みな滞在終了時に作品や贈り物を残していくのですが、彼は50,000,000,000 DIANA(史上もっとも0が多く並んだお札)を僕にくれました。これは戦争の原因になった100万%のインフレを表しているのだそうです。滞在中、ほとんど地下鉄に乗らずに通し、最初のひと月は国から持ってきたハムを食べて、お金を使わずにいた頑固者の贈り物がお金なのは少し面白い。もちろん、くれたのは役にたたないユーゴのお札ですが。経済の意味の勉強にもなりましたね。彼はおみやげに模造刀を一本買って帰りました。そして僕らは来年3月にウィーンで会うことにしました。
 おしまい。

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