図書資料室-1
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  2001年5月〜12月の資料紹介

12月]  気がつけば騎手の女房
                吉永みち子/著 草思社/1984年刊


 作者が初めて買った競馬新聞は100円。「ワンホース」か「ショウバ」か、6種類の専門紙から選んだ1紙は、「エー、あの、上から二番目の赤い字のやつ」。「え? ああ、カチウマのことね」。そこではじめて、ショウバはカチウマと知り、日刊紙が当時20円の時代、100円と聞いて後悔しながら買ったという。新聞の値段からもわかるとおり、1960年代後半から続く、全国学園闘争時代のさなかである。そして、東京外語大インドネシア語科卒業後、競馬専門紙の記者から騎手の女房へ・・・。


11月]  Free Handicap 1995-1996
                    山野浩一/著 LITTLE MORE/刊
 山野浩一さんは「東京シティ競馬のRACING PROGRAM-TCKコラムアーバン・ダート百科」で紹介しましたが、彼のライフワークともいわれている本が「競馬・全日本フリーハンデ」です。現在は1983−88、89−94、95−96、97−98と、4冊が刊行されており、日本で走った中央・地方・外国馬(全競走馬)の詳細な解説は、サラブレドの闘い-競走の歴史を改めて蘇えさせられます。  

               

10月]  サラブレッドの科学
               日本中央競馬会競走馬総合研究所/編  講談社/1998年刊

 栃木県宇都宮市砥上町にある、[JRA競走馬総合研究所]を見学する機会を得たのは、2000年真夏の8月でした。ここは日本で唯一の競走馬に関する総合研究機関で、総敷地面積は377,705.10平方メートルもあります。サラブレッドに関する研究だけではなく、競走馬が安全に、しかも走りやすい馬場づくりも研究しています。
 JRA競総研は1984年に、「馬場硬度解析システム」を開発。馬場の状態を自動的に全面的に容易に測定できるという。実際にこの測定車の働きを見ましたが、1分間で約80m(1600 mのダートコースを約20分で測定するスピード)でした。この本には、そのこともふれています。
 日本中央競馬会競走馬総合研究所が編集した「サラブレッドの科学」は、サラブレッドの生産・生活・健康そして進化、サラブレッドはなぜ速いのかを、科学的にわかりやすく解説しています。


月]  Furlong -ハロン-
                 
NAR全国地方競馬全国協会発行-
月刊誌- 
Furlong -ハロン- 138号 2001年9月1日発行
                 [第12巻第9号通巻第138号]
 Furlongは、NAR地方競馬全国協会が発行する地方競馬情報の月刊誌です。[毎月1回1日発行]ですが、定期購読をすると、5〜6日前の25日頃に届きます。
 月刊 Furlong の紹介は、本当はもっと後にする予定でした。何故、今月の資料紹介にしたのかは、表紙を見ていただければわかると思います。そうです、「佐々木竹見騎手引退」特集があったのです。Furlong の表紙は通常-馬の写真-が中心で、今回のように騎手の顔がこれほど大きく載ったことは珍しい事です。「世界の竹見」といわれる佐々木(元)騎手ならではの[あつかい]だと思います。
 この表紙を見て、今月の資料紹介は、これだと決めました。
 Furlong には、全国の地方競馬の開催日程やレースハイライト、特集記事が組まれています。特に今月号は「佐々木竹見騎手引退特集」ですから、この一冊は永久保存版ですネ。連載されている読み物は10本で、駿馬の故郷(村木浩平)、地方競馬への熱き想い(古林英一)、がんばれヤングジョッキー(吉岡牧子)などがあります。
 その後の佐々木竹見さん
 佐々木さんは2001年の10月から、栃木県塩原町にある地方競馬教養センターで指導者として活躍することになっています。しかし、急遽、第74期騎手候補生(13名)の特別指導(競走実習等)を9月12日からはじめました。74期生は9月下旬に課程終了し、各地の競馬場に飛び立って行くのです。


Furlong
  138号


月] サイマー!
         浅田次郎/著  久保吉輝/写真  集英社/2000年刊
 浅田次郎さんといえば「鉄道員(ぽっぽや)」で直木賞を受賞した作家として知られています。もう一つの顔、競馬関係の本を数多く執筆している事でも有名です。その中でも気に入ったのがこの本です。世界の競馬事情と「食」に関する情報は面白く、写真もすばらしく綺麗です。
 この本の中で「大井競馬場のサービスは縁日のようなにぎわい」と評して、安くて美味いと誉めています。しかし、私には以前から少々不満で、ゆっくりと観戦しながら食事をするのが夢でした。2001年6月、この希望をかなえるレストランが大井競馬場にオープンしました。(詳細は休憩ゾーンの競馬観戦型レストラン ダイアモンドターンで)
 浅田次郎さんは東京競馬場のシルバー梅八の「スペシャル・ランチ」がお好きだとか。私も、2001年6月9日(土)、京王線で府中に行き、食べてきました。ハンバーグとエビフライの盛り合わせに、フライド・ポテトが付いたランチ。エビフライは丸々として美味でした。コーヒーも注文しました。
  梅八のスペシャル・ランチ


月] 5000勝へ突っ走る 
             
-佐々木竹見騎手のすべて- 
                
常井啓三/著 飯塚書房/1971年刊
      馬なりの人生-第5枠-
          
六千五百勝・馬の背中- 
                  伊藤秀樹/著  日本能率協会/1992年刊

 
 5000勝へ突っ走る
 2000年11月8日のあるスポーツ新聞に、「佐々木竹見引退」のタイトルが眼に入った。記事によると「同騎騎手は7日、地方競馬全国協会(NAR)へ赴き、来年の免許更新をしないことを報告し、併せて引退後に後進の指導にあたりたい旨を伝えた」という。そして、2001年3月18日(日)から高知競馬場をかわきりに、全国地方競馬場で「佐々木竹見騎騎手ラストラン」が開始された。
 通算7000勝、さらに記録を伸ばす地方競馬1の騎手、1966(昭和41)年に記録した年間505勝は、今後、絶対、破ることの出来ない数字である。そこで「佐々木竹見」に関する資料を探しに図書館に行くのだが・・・。図書館の端末機で「ササキタケミ」と書名検索/著者名検索するが、これがなかなか見つからない。
 図書館の棚から【スポーツ・競馬】の見出しをさがし、なんとなく「馬なりの人生」というタイトルの本を手にとる。目次を見ると、調教師、生産者、厩務員、競馬関係者の紹介記事の中に
 「六千五百勝・馬の背中◎佐々木竹見さん」 の活字が眼に入る。「馬なりの人生」には、34頁にわたり騎手になったエピソード、骨折というアクシデントを乗り越えながら、つぎつぎと記録を塗りかえていく、佐々木竹見騎手を紹介している。
 この本を読んで、
「5000勝へ突っ走る-佐々木竹見のすべて」という本の存在を知る。30年前に出版された「5000勝へ突っ走る・・・」は当然、既に絶版。国立国会図書館、都立中央図書館にも無かった。(探し方が悪かったのかナ) 区立S図書館に問い合わせると、JRA新橋分館−関東広報コーナーにあるという。早速、JR新橋駅から歩くこと3〜4分で到着。1階のカウンターで「佐々木竹見騎手に関する本を探しているのですが」というと、「佐々木竹見は地方競馬の騎手なので、ここにはありません」という答え。「?、いやァ・・・S図書館でここにあると聞いたのですが」。すると、「それでは探して見ましょう」ということで待つこと約3分、「やはりありません」、というわけで、地方競馬全国協会(NAR)を紹介してもらう。
 NARは東京都港区麻布台2-2-1、地下鉄日比谷線「神谷町」から徒歩約10分(行きは登り坂なので)。エレベーターで4階へ、カウンターの職員に事情を説明するとすぐに、
「5000勝へ突っ走る-佐々木竹見のすべて」の本が眼の前に現れた。資料の貸出しはしていないので、ここで読むことに。読み終わると、表紙と奥付をコピーしてもらったので、紹介した本の表紙は白黒なのです。


馬なりの人生
    7151勝の第一歩 鉄人 佐々木竹見騎手
 1960(昭和35)年の6月20日、安保闘争の冷めやまぬ世相のなかで、一人の男がゲートを飛び出した。川崎競馬の第5レース、距離は1500m。スタートダッシュで先頭をきって、夢中でゴールを駆け抜けた。しかし、結果は6着・・・、6頭立ての最下位であった。スタンドの前をトロットで通り過ぎると、早速、川崎のファンからヤジの洗礼を受けたという。これが、佐々木竹見騎手のデビューであった。
 それから一ヶ月後の7月22日、サチトップ号という馬が確実に先頭でゴールした。鞍上は佐々木竹見騎手、これが、7151勝への第一歩だと、誰が予想していただろうか。世界歴代第6位の通算勝利は7151勝(2001年7月8日引退時)は、国内ではなにびとも超えることの出来ない金字塔である。
 佐々木竹見騎手は青森県の出身で、7人兄弟の末っ子。1941(昭和16)年11月3日生まれで、いまでも青森の言葉で、若い騎手に気軽に話かけるそうである。彼が騎手になるキッカケは、中学3年生の夏休みの時、友達と映画を見に七戸町へ行く途中であった。前方に一人の老人が大きなバックを持って歩いている。竹見少年は「持ってあげましょうか」というと、軽々と重いバックを持ち上げた。
 老人の名は上泉華陽、馬の肖像画家。突然眼の前にあらわれた、力持ちの小さな少年を見て急に思い出した。「たしか、川崎競馬場の青野調教師が、騎手になりたい子を欲しがっていたな」と。上泉華陽画伯は少年が中学3年生と知るとすぐに、「競馬の騎手にならないか」と切り出した。少年は二つ返事で了解し、このあとの話はトントンと進み青野厩舎で働くことになった。
 朝は4時に起床、朝食は茶碗に軽く一杯で昼はコッペパン、夜も軽い食事だった。厩務員の仕事から調教助手の仕事まで、何でもやったという。そのため、身長149p、体重47kgの体は減量する苦労を知らないという。 3年後、八王子で講習を受け騎手免許をとリ、そして、川崎競馬の第5レース距離1500mのゲートに静かに入っていった。 

 
   

月] 東京シティ競馬 RACING PROGRAM
                  2000年4月から発行継続中
 RACING PROGRAMは東京シティ競馬の情報誌だ。2000(平成12)年4月の第1回競馬開催から連載されているのがTCKコラムアーバン・ダート百科」である。
 著者は、サラブレットの誕生やサラブレット血統事典などの著作で知られている山野浩一さん。ダート競馬の魅力とその見方、TCKのスターホースとダート馬の血統、大井競馬場の歴史から世界の競馬まで、詳細に書かれている。
 
 「世界競馬の主流はダートに向かっている」、これがアーバン・ダート百科Vol.1の最後の言葉である。このひとことに魅せられて、RACING PROGRAMを集めだした。
 アーバン・ダート百科を読み返すだびに、大井競馬場=東京シティ競馬には長い歴史と数々のドラマがあることを知る。
 当初、1年間の連載予定だったアーバン・ダート百科は今年も続いている。隠れたベストセラーだ。
 いずれ、アーバン・ダート百科が単行本として、出版されることを期待したい。

Vol.1 から 134 までの
プログラム
 上記に並べてあるプログラムは、2000年4月の第1回から、2001年3月の第21回までと、2001年4月・5月の第1回から3回まで合計24回分の表紙である。
 それぞれの表紙の下には開催日分のプログラムがあり、総合計は134冊、アーバン・ダート百科Vol.1 から Vol.134まで全巻が揃っている。
 最初の1年は開催毎にプログラム表紙の色を替えたのに、今年の4月からは3回連続「緑色」表紙が続いている。
 開催毎に表紙の色が違うほうがわかりやすいし、綺麗だと思うのだが・・・。
 
アーバン・ダート百科Vol.1

         

月] 配当 Twice Shy 
            ディック・フランシス/著 早川書房/1983.1987年刊



ハヤカワ・
ミステリ文庫



ハヤカワ・
ノヴェルズ版
 2000(平成12)年4月からディック・フランシスを読み始めた。競馬シリーズを興奮、大穴、本命と、月に二冊のペースで読み続け、2001(平成13)年1月にやっと、20冊目の「配当」を読み終わった。そして、以前から疑問に感じながら見過ごしていた事が氷解したのである。
 それは、競馬新聞でおなじみの◎○△▲×マークである。◎は明らかに良いマークであるのはわかった。順番に○△▲×と人気の順位である事は、なんとなくイメージ的に理解できた。新聞よっては△▲×の順位が逆のケースもあるが、それは大した問題ではない。問題は最後の×である。×はぺけでありダメのサインではないだろうか。
 にもかかわらず、×印の馬は時々入着したり、先頭でゴールするときもあった。何故、馬に×印を付け、しかも、時々その馬が活躍するのか。誰に聞いても、納得の出来る回答は得られなかった。

 そこでディック・フランシスの登場であるしかし、同じ「配当」の本を読んでも、ハヤカワ・ミステリ文庫でなければ疑問は解決しない。ミステリー文庫の後書に、結城信孝氏が「予想や家業は儲かるか?」というコラムを書いている。その中で、競馬の◎○△のルーツは、大正時代の小学校の通信簿からきているという。このことはノヴェルズ版には掲載されていない。
 ◎=たいへん良い、○=良い、△=もう少し、という評価が当時の小学校の通信簿につけられていた。馬券発売が復活し大正時代の終わりごろに、競馬予想の印としてつかわれ、◎(本命)-たいへん良い、○-(対抗)良い、△-(連穴)もうすこし、となった。問題は×で、これは通信簿の評価とは無関係。ルーツはアルファベットの(エックス)が転じて、未知数の魅力 を持った謎の馬というのが起源だそうである。
 ×印の馬はペケではなく、未知数の魅力を持った謎の馬というならば、今までの活躍もやっと理解できた。
           



 4月] コ ロ ッ ケ 天 使
               上條さなえ/著  岡本順/画
                   学習研究社/1991年刊


 表紙とタイトルを見ただけでは、競馬を題材にした本とはわからない。ましてや小学生を対象にした児童本。裏表紙の女性騎手を見て、初めて、何か、競馬に関係する本らしいと察してくる。作品の主人公、和田豊の名は中央競馬の武豊騎手からきているのだろう。彼の父親はK競馬場のきゅう務員、豊はジョッキーを目指す。
 著者は川崎競馬場のある町の、小学校の元先生。あとがきで「この物語の舞台であるK競馬場へも、父とたびたび行きました」と書いている。K競馬場とは明らかに、川崎競馬場をさしている。 豊ことユッチは教え子で、そのままこの本のモデルにしたという。なるほど、それできゅう舎の内情や人間関係を、小学生にもわかるように描写しているのだ。



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