Dear My Sisters

「突然だけどね、栞。あなたは、私の本当の妹じゃないの」
「…はい?」
 突然、お姉ちゃんに言われた。もう、唐突に――。
 私の誕生日を数週間後に控えた、寒い、日のこと…。
「またまたぁ。そんなことを言う人は、嫌いですよ?」
「栞、私が――」
 冗談で、こんなことを言うと思う?
 そう、言われた。とても、真剣な、顔で。美坂香里が――言った。

「そう…お姉ちゃんは、冗談であんなことは――言わない」
 じゃあ、なんで…
 ――私の妹じゃない――
「…か。なら、私は、誰の妹なのだろう?」
 白く塗られた町並みを歩きながら、考え――
 パシャ…。
「!? …な…」
 なに、今の――光?
「カメラ? フラッシュ――で、写真を撮ら、れ――」
 盗撮…!? 私を…撮った? いや、たまたま…
「なにを?」
 周囲には、写真に撮りたくなるようなものなんて…
「フフフ…ようやく見つけたデス」
「な、誰ッ!?」
「この、ヨツバ強行偵察型(MS―06ナントカ?)の手に掛かれば、
チェキ出来ないものなど、この世に存在しないのデスッ!!」
「…誰?」
 凶行偵察…ガタ?
 不恰好な拳銃のような形の、カメラを構えた少女が、いた。
「だから、四葉デス。あなたの――」
 ――妹です。そう、言った。
「いも、うと…?」

 …そして私は、南の方にある、とある島に連行――連れていかれた。
気候も温暖で、のどかで、とても暮らしやすそうな、島。
 ――プロミスト・アイランド――。
「約束の…島――か」
 四葉に連れられるまま、大きな西洋風の屋敷の扉を開くと――
「「ようこそ! 私たちのプロミストアイランドへっっ!!」」
 ――パン、パパンッ…!!
「盛大な、お出迎えが…待っていたのでした」
「…へえー、これが、私たちの新しい妹?」
 そう言って、じーっと私の顔やら身体やらを覗き込んでくる子がいた。
たくさんの女の子の中でも、年長と思われる、…綺麗な子だ。
「さ、咲耶ちゃん。そんなにジロジロ見たら…」
 と、別の子。全部で――10人以上は、いるのか。女の子ばかり…。
「あ、うん。…ごめん。私は咲耶。それから、この子は――」
「可憐です。よろしくお願いしますね」
 長い栗色の髪を、ツインテールにした気の強そうな娘が、咲耶。
 同じく長い髪の一部を三つ編みにした、お嬢様風の娘が、可憐。
「よろしく、咲耶さんに、可憐さん…」
 思わず、苦笑い。
 ――あと10人くらい、覚えないといけないのか…。大変だ。
「違うデスよ咲耶ちゃん。栞サンの方が、みんなのお姉サンなのデス」
 と、四葉が言う。つまり、私の方が、年は上ということか。
「…ふぅん。――そう、ごめんなさい、お姉さま」
 コイツ咲耶。今、私の胸――見たな? 勝った――とか思ったナ?
「よろしく、3人とも。…でも、まだ実感わかないなあ〜」
 笑顔で返す。――のは、年長者の余裕ですよ?

 四葉ちゃんの話――。
 私は、本当は、美坂家の娘では、ないという。
いや――、
 母は、確かに美坂のお母さんなのだ。ただし――。
「信じたくは、ないけど…」
 私の父に当たる人というのが…この――姉妹たちの、父親と…同じ。
つまり――。
「私たちは、全員、腹違いの姉妹だったのデス」
 そういう話で、あるらしい。
「信じられないよ…」
 会ったこともない女の子。名前さえ知らなかった、妹たち…か。

「あ、そうそう。他の妹たちも、ちゃんと紹介しますね、お姉ちゃん」
 可憐が、にこにこと…私に近付いてきて、言った。
「お姉ちゃん…ねえ」
 まさか、自分がそう呼ばれることになろうとは…思わなかった。
「お姉ちゃん…」
 香里お姉ちゃんも、こんな気持ちで、私と…?

「…くすん。ねえや、亞里亞のこと、いじめない?」
 水色の綺麗な髪をした、まだ幼い少女。…これは、西洋の貴族様か?
なんにせよ――たぶん、これで最後。…本当に、そうだろうな?
 今さら、何人でてきたところで、――驚かないけど。
「苛めたりしないから、仲良くしましょうね。アリア――ちゃん」
 しかし――これが全部、妹…ということは――フワハッ!?
「ま、まあいいや…」
 考えたら、ちょっと恥ずかしい想像が出てきちゃったし。
「…ねえや、これ、あげる?」
「ん? ――ありがとう」
 アリアちゃんに、お菓子を、貰った…。

「…ねえ、白雪ちゃん。これは――なに?」
 夕食の時間。大きな円卓に載せられた――
「これは…姫特製『スペシャル海鮮のアイスクリーム』ですの。活きた
魚介類を、そのままミキサーでドロドロにして、バニラクリームに練り
込んでありますのよ」
「うプッ――!?」
 工程を想像したら、吐き気が…。
「そ、そう…いつもながら、美味しそうよね…」
 あの咲耶も、顔を引きつらせるくらいに――不気味な色をしたソレ。
「姫が、栞さんのために、腕によりをかけて作りましたの♪」
 この大きな邸――ウェルカムハウスとかいうらしい――の家事全般を
実質的に取り仕切っているのが、この白雪という子のようだ。
 薄紫色の髪を少しカールさせて、黒色のリボンで軽く結んでいるその
少女は、とにかく、料理をするのが大好きなのだ――そうな。
「――ってか、なぜにアイス? デザートでなくて?」
 卓上から目を背けながら――咲耶が、白雪に訊いた。
「四葉ちゃんに言われたんですの。彼女の主食はアイスクリームだって」
「アイスが…主食?」
「それも、バニラ風味がベストなのデス」
 四葉ちゃんの言うことは、間違っていない。いないが…
「ワーイ!! アイスアイスーっ! 冷たーい」
「雛子ちゃんたちも、喜んでますの♪」
「…まあ、いいわ。しょーがない…。ところで、お兄さまは?」
 気を取り直すように、咲耶。
「…お兄さま?」
「あれ? 四葉ちゃんから聞いてない? お兄さまのこと――」
「いえ…」
 聞いてない。
「もう、肝心なところで抜けてるんだから、あの娘は…。しょうがない。
お兄さまっていうのは、そうね――まあ、読んで字の如し、ね」
 説明になってない。…まあ、大体わかるけど。
「私より年上なんですか、その――お兄さまという人は?」
「当然じゃない。でなきゃ『お兄さま』じゃないわ」
「あら、『sister』ならば、姉でも良いのでは、ありませんか?」
 確かに…。和服の、お淑やかそうな――春歌だっけ?
――が、言った。
「まあ、年上好きは『ハピレス』でもやってなさいってことで」
 『ハッピーレッスン』とかいう、更に変な設定のゲームがあるらしい。
なんでも、『お母さん』が何人もできるのだとかで。なんだそりゃ?
「他に、聞きたいことはある?」
 この際だから、何でも訊いてちょうだい。――と、咲耶。
「あーりーあーもー、いもうとー」
「ええ、そうね。私たちは、みんな…お兄さまの――妹よ」
「じゃあ、みなはッ!? どうしてみなづきだけ、入れないのっ!?」
 …誰だ? さっき紹介された中には、いなかったはずだけど。
「…そういえば、アニメ版には、こんなピンクの髪の娘が…」
 いたような――。
「ああ、違うチガウ。このコは…ただのお隣さん。気にしないでいいわ」
「私だって、もっとちゃんとしたセリフが欲しいモン!」
 亞里亞ちゃんと声が似てるのは、――気のせいかな?
「はいはい。後で歌のシーン作るから、我慢してね。いいコだから」
「う〜。みなもお兄ちゃんと一緒に過ごしたいだけだモン」
 なんだかなあ…。
「今さら、1人2人増えたって…な感じなんだけど…」
「いいえっ! 血も繋がっていないのに、兄君さまの『妹』になろうと
するなど、言語道断です。あまつさえ、ラブってコメようだなんてっ!」
 春歌…意外と攻撃的な娘なのか?
「いいですか? 実の兄妹だからこそ、恋心も燃え上がろうというもの
なのです。そう…兄君さまと、あんなことや、こんなことを…ああッ!?
いけませんワ、兄君さまっ。他の妹たちも見ておりますのに――あぁン」
 ――!?
「あ、あの…春歌――さん? えと、あの…」
 腰、くねらせて、悶えてるんですけど…。
「いつものコトだから、気にしちゃだめ。わかった?」
「は、はい…? いつ、も――の?」
 うわ、もしかして変な人だっ――!!
「むぅ〜、それにしても、兄チャマ遅いデスね〜」
「おにいたま〜、アイスとけちゃうよー」
 四葉はスプーンを咥えながら、雛子は、スプーンを握りしめながら、
――言った。雛子は、ここで一番幼い子だと思う。咲耶をそのまま幼く
して、髪を短くしたような雰囲気だ。…頭も、いいかもしれない。
 不意に――。
「ボク、ちょっと捜してくるねっ!」
 いかにもスポーツが得意そうな、衛が駆け出す。
「衛ちゃん、コレっ!!」
 鈴凛の投げた『なにか』を振り向きざまにキャッチした衛ちゃんは、
ちょっとカッコ良かったり。…ま、私には無理よね。
 髪型なんかは、似てるかもしれないが。
「鈴凛ちゃん、これは――?」
「アニキレーダーよ! メカリンリンとリンクして、衛星軌道上の探知
システムから、アニキの居場所をキャッチできるの」
 …なんだ、そりゃ?
 ちなみに、短めの髪に、ゴーグルを乗っけたのが、鈴凛ね。
「わ、すごいよそれっ! これがあれば、兄ぃがドコにいたって見つけ
られるんだね。よォし…待ってて、すぐに連れてくるから!!」
「おもしろそうだから、ヒナも行きたいーっ!」
「あーりーあーもー」
「それじゃ、みんなで兄チャマをチェキしに行くデスよ!!」

「――で、行ったのは、四葉、雛子、亞里亞、衛の4人だけね?」
 あと、鈴凛によく似た、メカリンリンての、も…。メカ?
――いい。深く考えるな。
「管理しておかないと、後で大変ですからね」
 と、可憐。笑顔のよく似合う、かわいい女の子だ。
「兄君さまッ!? ソコはッ! はァ…ン――んン…ハッく…ん…」
 ――アレはなんだか…まだやってるし…。
「ねえ…千影ちゃん。いい加減、ソレ止めてくれない。気が散って仕方
ないわ。白雪ちゃんも、なんかモゾモゾし始めてるし…」
 千影――なにやら、ミステリアスな雰囲気を漂わせる、謎の少女…。
「…そうだね。これ以上、暴走されるのも…困るね。春歌…」
「ん…あら? 千影ちゃん、なにか?」
「キミに――」
 と言って、懐からなにかを取り出す千影。あれは…
「リンゴ――か?」
 金色に輝く――妖しげな、果実を。
「この禁断の果実を贈ろう。アダムとイヴ――兄くんと、永遠の契りを
結ぶといい。めくるめく、愛の世界が…そこに…」
「まあ、契るだなんて、そんな――カリッ…」
 ――バタン。
 うわ、泡ふいて倒れたし!?
「…千影、もしかして、――殺した?」
 咲耶が、落ちつき払った態度で…。
「フッ…可哀相に…。悪い魔女(ヘビ)に騙されたんだね、春歌…」
「自分でやっといて…」
「フフ…栞くん。キミは、なかなか良い貌(かお)をしているね…」
 不意に、顔を近づけた彼女に――瞳を覗き込まれる。
「な、なに、を…千影、さ――」
「キミの後ろに視えるモノは、なんだい? フフ…気付いているのかい。
ああ、キミは知っている。だから、…美しい」
「あ、ア…」
「その瞳は、なにを映すのか。キミは、世界の境界線上にいるんだね…。
ならば、視えるハズだよ。神の姿が――死を司る…タナトスの花が――」
「そ――」
 どうして、それをッ――!?
「一言も、言ってない!? ここで、誰もッ!!」
 知るはずのない、私の、――死を。
「不思議ではないよ。四葉の捜してきた少女ならば…そうだろう?」
「…さあ、なんのことかしら?」
「咲耶ッ! どういうことっ?」
 どうして、私――なのか。お姉ちゃんでは、なく――私が…
「お姉ちゃんじゃないのは、年のせいだと思ってたけど…違うの!?」
「…キミは、まだ知らなくていい。いずれ、わかることだ、栞…」

「…なに、あの人…? それに――あなたたちも…」
「ごめんなさい。騙してたわけじゃないんです。…その、私たちの中に、
病弱な子がいれば…お兄ちゃんも、その…強くなれるんじゃ――」
 ないか――って。そんなことを…。
「…つまり、たくさんいるであろう候補者の中から、『私』が選ばれたと
いうのは…病気持ちで、弱い存在だから?」
「そうよ。解るでしょ? みんなそれぞれタイプが違う――って」
 ――咲耶の、言う通りだろう。作為的、…なのだ。
「どういう人なんですか、その、『お兄さま』っていう人は?」
「お兄ちゃんは、とっても…優しい人ですよ」
 可憐が、言った。

「見つけたデス、兄チャマ反応! そこの角を曲がったトコロ――」
 駆け出す、衛――。
「兄ぃ!!」
 ――ドォォォン――
「な、馬――ッ!?」
 そこには、黒いたてがみの、巨大な――馬がいた。そして…。
「…うぬらもまた…我が野望(みち)を妨げんとする者か…?」
 甲冑を着た、巨きな男が、その馬には跨っていたのだ。
「…ぶるんぶるん――」
 首を大きく横に振り回す、衛。これは…兄貴違い――か!?
「ヒナもやるーっ! 首振りヘッドーぶるんぶるーん…」
「あーりーあもーやるー?」
 狂ったように首を振り続ける、3人の少女――。
「…行くぞ、黒王。我が目指すところは、遥かに遠い…」
「…呼びました?」
 呼んでない…。おや――?
「あれ? 春歌ちゃん…どうしてここに?」
「いえ、なんとなく…」
 …世界の境界が、曖昧になってきている――か。
『つまり、良い兆候だということだね、鞠絵…』
 水晶球に映る、その――少女の影に…。
『フフ…キミの望む永遠は…すぐそこに――みえるだろう?』

「お前、本当にそんなことを言ったのか?」
「そうよ。悪い?」
 水晶球に映る――ふむ…これが、彼女の…。
「このお金で、あの子が助かるのなら――私は、悪魔にでもなるわ」
 美坂――香里。彼女の、姉か…。
「死んだら…死んでしまったら、それで終わりなの! 人間なんて――」
 しかし…まだ解っていないのだね。本当の…世界というものを。
なら――
 私が教えてあげよう。私と同じ、心を持つ――キミに。
『妹を失った――私の心を…ね』

「…それで、兄の呼び方も…全員違うわけですね」
「そ。わかり易いでしょう? 特に、メールのやりとりには――」
 咲耶の話では、『兄』とやらは…滅多にこの邸には来ないという。
「メール…ねえ」
 普段は、電子メールでやりとりしてて――。
「今日は、私がいるから…?」
 兄も来ることに、なっていたのだろうか?
「そのために…あなたを呼んだのよ。お兄さまを悲しませないために」
「咲耶ちゃん!」
「千影は反対だったみたいだけどね。可憐、あなたも、本当は――?」
「私は…千影ちゃんの言うように…出来るとは、思っていませんから。
無理なんです、あんなこと…出来るわけないじゃないですか」
 だから――。だから…なんなのか? 話が、まだ見えない。
「私は、誰かの身代わりだって――こと?」
「…病弱な、女の子が、いたの…」
 いた…?
「彼女は…お兄さま――いえ、兄上様を慕ってた。私たちと同じように。
いえ、もしかしたら、それ以上に…」
「今日は、お兄ちゃんが…彼女に――鞠絵ちゃんに、会いに来る日です。
だから、元気な姿を見せて、安心させてあげたいの。それが――」
 私たちの、願い――なのだと。
「つまり、その子のフリをして、兄…上さまに会えってこと?」
 …彼女が、どこにいるのか――聞いては、いけないんだろう。
「無駄と思うけど…。私と、どのくらい似ていたかは、知らないけど」
「…どう思う、可憐ちゃん?」
「え? …う〜ん、似ていないことも、ないと思いますけど…」
「…って」
 そういう意味じゃないのかっ!?
「じゃあ、なに? 私と彼女の共通項は?」
「病弱少女――でしょ? …病弱――ねえ」
 それだけのことで…。
「帰るっ! バカバカしい…私、帰らせて頂きますからっ!」
「…帰る? どこに――帰るというの? もう――」
 ――私に、帰る場所は、――無い?
「な、なによ、それっ!?」
 帰る場所がないって…私の、家は――美坂…栞の、家は――
「この、プロミストアイランド以外の場所に、私たちの居場所なんて。
――どこにもありはしないんだからねッ!!」
「さ、咲耶ちゃん!?」
「いつかは知ることよっ! …それが、今になっただけっ!」
 な、なに…咲耶? どういう…
「教えてあげる。本当のコト。私たちは…お兄さまの、本当の妹なんか
じゃないわ。みんな、連れてこられたの。この、島に――」
 ――プロミストアイランド――。
「お父さまは、事業に失敗してね…借金苦。仕方なかったのよ。だから、
私は恨んでいないし…むしろ、感謝しているわ。お兄さまに、出遭えた
こと――。かわいい妹たちに囲まれた、ここの暮らしにも――」
「私たちは、みんな、――買われてきた――子供なんですよ?」
 可憐が言う。買わ…れて――
「…きた? みんな――? じゃあ、私は――」
「例外は、ないわ。あなたも、そう」
「そ――」
 んな、こと…て――
『突然だけどね、栞。あなたは――』
 香里お姉ちゃんが、言った。もう、唐突に…。
「そうか、お姉ちゃん、知って…」
 だから、あんなことを…
「――チガウッ!!」
 …そんなこと、あるはずがないっ!
「嘘よッ! デタラメ言わないでッ! お姉ちゃんが、そんなことする
もんかっ!! 私のお姉ちゃんは、あんたたちの親兄弟とは違うのよ!
血も涙もない、そんな奴らと一緒にしないで――」
 …よ?――
 バタン。と、音がして…世界が、回った――。
 …な――にが…?
「春歌ッ!? いつ…まさか、聞いて…?」
「…斬った――の? 彼女を、あなたは――?」
「峰撃ちです。…2人とも、なぜ――」
 ああ、ダメだ。意識が…遠の――

「…ん…ここ、は…? ああ…ここか…」
 まだ、いるんだ。この――島に。
――Promised Island――約束の…島。
 お姉ちゃんと…お父さんとお母さんが、誰かと交わした、約束の…
「――!!!」
 ――!? 隣の部屋から、…騒がしい…。誰かが…
「言い争いを、している…?」
「だからっ! 何度も同じことを言わせないでよっ!!」
 壁際にそっと近付いて、聞き耳を立てる…。
「いいえっ、言わせて頂きます! そもそも、人身売買なんて、立派な
犯罪…。私たちは――誰も本当のことを…知るべきじゃ――なかった…」
 春歌…か。あの時――薙刀で、私を…斬ったのは。
「じゃあ春歌。あなたは、お兄さまを愛していないとでも言うのっ!?」
「いいえっ! 私は兄君さまをお慕い申し上げております。今も、昔も
――その気持ちに変わりはありませんわ。だからこそ…」
 兄を騙すような真似は、したくはない、と。
「お兄さまは…とても優しい方よ。でも――、心の弱い人でもあるわ。
そのお兄さまに、本当のことなんて――言えるわけ…ないじゃない」
 弱い――人間。…そうかも、しれない。この、島は――。
「可憐も、咲耶に賛成します。たとえ嘘でも。私たちと…お兄ちゃんと
一緒に、この島で暮らしていけたら、それで、幸せでは…ありませんか?」
 この、死まで――そんなふうにも、聞こえた。死――すべてが虚構に
満ちた、この島で…それは、世界からの、死を…意味するのだろうか。
 そんなふうにも、想う。
「――千影さんに、変な影響…受けちゃったのかなあ?」
 以前なら、そんなふうに考えることなんて、なかったのに…。ただ…
人より早く死んでしまうだけ。映画みたいな、恋がしてみたくて…ただ、
それが、できないのが…悲しくて――。
「祐一さん…」
 私は、もう諦めたはずの、その恋が――忘れられない――。

「ただいまーっ! 兄チャマ連れてきたデス!」
「にいさまっ。四葉ちゃんたちも、おかえりなさいですのっ!」
「やあ、白雪ちゃん。ただいま…」
 ――これが!? …これが、兄――。私たちの、作られた…兄の像。
「なんて――」
 儚い――存在。もう、どっちが作られた存在か、わからない…。
「あれ? 君は…」
「お兄ちゃん、おかえりなさい。可憐は待ちくたびれてしまいました」
「ごめんね、可憐ちゃん。たまにしか、来られなくて」
 なるほど、優しいのは分る。この子たちに、慕われるのも――解る。
「…ほら、鞠絵ちゃん。久し振りなんだから、ちゃんと挨拶しないと」
 でも――。
「こんにちは。…兄上、さま――」
 彼の、空ろな瞳を、キツク覗き込みながら…。
「今日は随分と、体調もいいみたいだね。今日で、良かったよ。本当に。
最近、また調子が良くないってメールで言ってたから、心配してたんだ」
「兄上さま、――私、以前と少し変わったと…思いませんか?」
「鞠絵ちゃ――!?」
「髪を…切ったんだね。随分と元気そうに見えるよ。衛ちゃんみたいだ。
眼鏡はどうしたの? ああ、コンタクトにしたんだ。僕と、同じだね」
 見えているんだか、いないんだか、判らない表情で、兄が言う。
「うん。とってもカワイイと思う。会いにきて、よかったよ」
 そして、笑顔――。なによ、…まるで、鏡でも見てるみたいじゃない。
真実のない、笑顔。その――向こう側にある、なにか…。
「――アブナイモノ――」
 彼の後ろに、見え隠れする、何か。
「眼鏡は、転んだりした時に、危ないですからね♪」
「…そうだね。貧血で倒れたりしてるみたいだから、気をつけないとね」
「にいやあー、アイスー」
「あ、そうだ。忘れてた! 早く食べないと、溶けちゃうよ!!」
「大丈夫ですの、衛ちゃん。亞里亞ちゃんも…アイスは溶けないように、
冷凍庫にしまってありますから。…すぐに、準備してきますのっ!!」
 やはり――ここは、来てはいけない、ところなんだと――感じた。
「ほら、鞠絵ちゃんも、早く行くデス!」

「…そうか、次の誕生日まで――っていうのも、嘘か」
「そう。あの子が『消えた』ことを、――誰も不思議に思わないように。
…そう、言い聞かせた。栞に…そして、私自身にもっ」
「お前は…香里、それでいいのか? 本当に…」
 俯く、一対の、影。外灯に照らされて――伸びた…。
「――良い。それが、あの子にとっての、幸せとなるならば」
 …凛々しいな。キミは…。
「本当に、そうなのか…」
「いい、相沢くん。初めに言ったように、私には、妹なんていないの。
始めからいないのならば、…私は、いったいなにが、悲しくて?」
 だけど――。
「…空いてしまった、その心の隙間が――悲しい」
「――っ!?」
 君は、気付いているのかい? この、…欺瞞にさっ。
「空いてなんていないっ! もともと、そんなものはないの。そうよ…
私は、血も涙もない冷酷な女。…見せて、あげましょうか、その――」
 証拠を――!!
「香里っ!?」
「離してっ! あの時と同じように、私もッ! 栞が使った、コレをっ!
この、…カッターナイフで証明してやるわ。私の…血の冷たさをっ!!」
「やめろ、バカっ!! お前は――」
 …馬鹿な女。そうまでして、その男の…姉妹そろって…
『ああ、大馬鹿さ。姉妹そろって、1人の男に…囚われて――』
 これ以上、見るべきものは、――ないっ!
『…私は、もう少し…見てみたいです。彼が、誰を選ぶのか――を』
 ――好きにしろ。どのみち…お前の望む結末には、ならないっ!!
「…冷たいな。お前の手、こんなに――」
「だから言ったでしょ! 私は――なっ!?」
「冷たければ、暖めてもらえばいい。こんなふうに…」
 彼女の手を、優しく握り締める…。
「あ。相沢…くん。どうして…。そんな――同情は、やめてッ!!」
「――前に」
「えっ?」
「彼女の手が、冷たくなってしまう、前に…栞ちゃんに別れを言う前に、
お前には、してやらなければならないことがあった! 違うか、香里?」
「私が――」
「離れて暮らすことになっても、栞ちゃんは、君の妹だ。なら――君は、
このぬくもりを、教えてやるべきだった。彼女が、それを誇れるように。
こんなに綺麗で、優しくて、頭の良い…立派なお姉ちゃんの妹なのだと。
――新しい姉妹たちに、胸を張れるような、そんな姉の姿を――」
「勝手言わないでっ! あなたに私のなにが解るっていうのッ!!」
「…美坂香里が、栞ちゃんにとって、良いお姉さんだってことをさ」
「こんな…こんな出来の悪い姉が、他にどこにいるって!?」
 頬をつたう涙を…振り払うかのように、叫ぶ。まるで…
「お前は、栞ちゃんのことを考えて、彼女をあの島へ…」
「――違うわ。彼女の心が…あなたの心が、栞に向いていたからよっ! 
…ただの厄介払い。そうね、――あの子がいなくなれば、あなたの心も、
少しは私を向いてくれるんじゃないかしら。…こんな、ふうに…」
「か――」
 乾いた、くちびるが、触れた。――粉雪の舞う、夜。

 ――夕食が、終わった。
 すべてが、アイスクリームという、夕食。
「…大丈夫ですか、皆さん?」
 私は、慣れているからいいけど。お腹、壊さないかしら…。
「雛子ちゃん、お腹、だいじょうぶ?」
「う〜。おトイレいく〜」
「ついていってあげようか、雛子ちゃん?」
「うん、おにいたま♪」
 …問題ない。まったく普通の、兄妹の姿――。
しかし――
 すべてが茫洋とした…『夢』みたいなものにも、思える。

 1人、部屋に戻って考える。鞠絵の、…部屋に。
「ここで、鞠絵という、身体の弱い少女が、…暮らしていた」
 ――か。私とは、あまり似ていなかったともいう。なら、なぜ…
「兄上さま」
 あの人は、私を――『鞠絵ちゃん』と呼ぶことが、できる?
「あまり会う機会がなかった…から」
 そんな、ものだろうか。会ったのが、ずっと前だったのかもしれない。
何年も…。1人の男性のことを想い続ける。それは――
 ――コンコン…
「あ…」
 扉を、誰かがノックした…みたい。気のせいか?
『…いないのかい?』
 いや――
「誰か来たッ!?」
 …ガタタッ――
 慌ててちらかってるものを片付けながら――
「い、今あけるぅ――ぎゃァ!!?」
 ズルゥッ…と、足下の、なにかが――
 ――ガイィィ〜ん!
「はウっ!?」
 すべった。
『ん…? 変な音が…したけど?』
 かちゃり…
「開けるよ? …いや、済まない」
 ――かちゃり…と、開かれた扉が――再び、閉じた。

「…なにか、用ですか千影サン?」
 気まずい…。へっぽこな姿を見られた直後なだけに…。
「ああ、大した用じゃないんだ。…あまり、気にしなくてもいい」
 むぅ〜。
「それで――」
 改めて、扉を開けた時、そこには、誰もいなくて…
『上がらせてもらったよ』
 背後から――つまり、部屋の中に、既に彼女は――いた。
「腑に落ちない…という顔をしているね」
「どうやって、入ったんですか?」
 私は、夢でも見ていたんだろうか。本当に…。
「簡単なことだよ。初めから、ソコにいたのだからね」
「そんな、こと――は、ありえません。私はッ!」
「――私は、ずっとキミを見ていたよ、栞?」
 キミが、この島に来てから、ずっと――ね。
 …そう、千影は、言う。
「私だけじゃない。四葉を通じて、他の皆も、キミの行動はすべて把握
していると思ったほうがいいね」
「軽はずみは…」
 ――よせということか。これは…忠告?
「フフ…今はね。結界が働いているからね。私と…キミだけさ」
 結界――?
「聞きたいことがあれば、今が、その時だよ、栞?」
 ん、また…?
「あなたは、私を『栞』と呼ぶ。それは――なぜ?」
 他の妹たちは。『鞠絵』と呼ぶ。四葉も咲耶も、今では――そう。
 兄も、そのことになんら疑いを抱いていないようにも、見える。
「キミは、鞠絵じゃない。だからさ。他の者たちは、キミをこのまま
鞠絵にしてしまいたいようだがね…。馬鹿な――話だよ」
 この人は…。
「キミは、ここにいる限り、美坂栞に戻ることはできないんだ」
「それは、薄々解ってた。でも、どうして…そんなことをする…」
 必要が――
「…兄の、ため…ですか?」
「最初は、9人だった…」
「最初…は?」
「そう。9人の、妹だ。…春歌、四葉、亞里亞の3人は、後から連れて
来られたんだよ。遠く離れていたから、到着が遅れた――そういう理由
でね。そして、12人の妹が…兄くんに、できた」
 確かに。外国で暮らしていた――とは、言っていたな。あの3人は。
「増やされた理由は、よく解らないが。1ダース…ということか」
 1年は、12ヶ月――か。
――いや、そういうことじゃ、ない気がする。この人の言いよう…。
『連れて来られたんだよ――』
『増やされた理由は――』
 この、受け身表現は、これが…
「まるで、人為的に『作られた』存在だと、言っているみたいね」
「フッ…キミは賢い。予想通りだ。嬉しいよ…」
 やはり――
「あの、兄という存在が、この『世界』を…」
「本当に、キミは――イイ」
「鞠絵さんが『死』んで…変わりの『鞠絵』が必要になった…!」
「そうだ! 鞠絵は、死んだ。そして、――カナという少女が、彼女の
代わりとして選ばれた。それが、2年前。そう…キミは――」
 ――キミが、3人目だ。

「3人目の、鞠絵…」
 ――か。最初の鞠絵が、死に…。次の鞠絵も――死んだ。
それが、今年の初め。今はまだ1月だから、つい先日の話だ。
『四葉は、よほど急いで後任を捜したとみえる』
 そう、千影は言っていた。
つまり、より彼女に似ている存在を捜すだけの時間が――なかったのだ。
鞠絵の…私の前の彼女の――死が、それだけ突然のものだったと…
「いうことか――なら…」
 私だって、いつ死ぬか解ったもんじゃないわ。
『次の誕生日まで――』
 お姉ちゃんは、そう言った。けど…それはウソだ。そんなに早くない。
尤も――、このまま春が迎えられるかといえば、…微妙なところね。
「この身体――」
 この島へ来てからも、弱り続けていくのが解る。そう、例え――
「この世界がすべて夢だったとしても、変わらない、真実――」
 しかし…
『キミが、この呪縛を解いてくれると、――嬉しい』
 千影は解っているんだ。この島の、『嘘』が。
「私に、出来るのか? そんなことが…」
 そもそも、私などが触れていい領域なのかも――分からない。
「こうしていても、なにも始まらないのは、解るんだけどなあ」
 なにも、終わらない…ことも。
「最初の鞠絵さん…か。どんな人だったんだろう…?」

 …少し、調べてみた。鞠絵さんのことを。
「疲れた――」
 なにが疲れたかっていえば、四葉や鈴凛たちの仕掛けた、隠しカメラ。
至るところに隠されたソレを、どう掻い潜るか――。それに時折、尾行
されている気配も感じた。あれは、四葉か?
「警戒されてることは、間違いないようね」
 咲耶などは、それが露骨に態度に出ていたし。…正直者なのね。
「思うに――」
 真実を知らされている――或いは、知ってしまった?――と、思える
のが、咲耶、千影、春歌、可憐…の4人――か。
 四葉などは、利用されているだけと見たほうが、いい。
「亞里亞だけは、まるで関係ない世界に、いそうだなあ…」
 その方が、幸せ――かもしれない。
「とにかく――」
 調べたところで、鞠絵のことは、よく解らない。
「…それだけは、解った」
 戸籍も、出自も、経歴も――すべて抹消済み。此処に来る前のことは、
まったく不明。他の妹たちとの関係から、年齢くらいは推測できたが…。
「あとは、趣味。読書とか、編み物とか…」
 読書はともかく、編み物をやらされるのは、ちょっと、どうかと…。
「はは、私には、向いてないや…」
 1日のほとんどを、ベッドで過ごしていたらしい…。
「ま、これは、私もそうだったけど…」
 私が、選ばれたわけだ――。お姉ちゃんでは、務まらない。
そう、この島における『鞠絵』という存在は…つまり、――『記号』だ。
『病弱な少女』を表す、記号。春歌ならば、『大和撫子』…なのだろう。
「それも、どうかと思うけどね」
 思い出したら、笑えてきた。あの妄想少女の、どこが大和撫子なんだ?
あれを選んだ兄を、小1時間ほど問い詰めたい気分だ。
「兄――」
 あの人が、本当に、選んだのか。
「――違うんじゃないか?」
 彼の後ろにある、『何か』が…。或いは、彼の存在すらも…
「――幻想――」
 それは、考えすぎかな…。
「なにが真実かを、見極めなければならないと――そういうことだ」

 ――コンコン。
「はーい」
 ノックの音。千影さんだろう。他の妹は、滅多にここには来ない…。
やはり――病弱な娘は扱い難い…ということなのだろう。
「お姉ちゃんも、そうだったからね…」
 カチャリ…。
 扉を開く。今日は――ちゃんとそこに、立っていた。
 ――陽炎のように、ぼんやりと――。
「やあ、調子はどうだい、栞?」
 結界…とやらは、既に張られているのだろうか?
「良くはないですよ。私――見た目だけは、元気ですからね♪」
「そうだね。本当は、いつ死んでもおかしくないというのにね。だから、
皆も戸惑っている。咲耶なんて、『ちょっと四葉ちゃん! アレのどこが
病弱な女の子なのよ!?』…なんて、ヒステリー起こしてたくらいさ」
「あははははっ!」
 容易に想像できるところが、また――
「作りモノらしくていいわね」
「…まあ、作っている部分も、あるだろうけどね。概ね、本来の姿だよ。
ここにいる娘たちはね…。キミも、無理に変える必要はない」
「千影サン。あなたは、――何人目?」
「フッ…私は、オリジナルだよ。そう…鞠絵以外は、そう思っていい」
 つまり、この島に…味方たりえる存在は、いない――ということ。
「仲良さそうですからね、みんな」
「どうかな…? 兄くんが中心にいることで、なんとかまとまっている
――そんなふうに、私は思うが」
「あの人がいなければ、成り立たない関係――」
「それは、そうだ。そのために、私たちは、ここにいるのだから」
 あの人がいなくなれば、この島は――滅ぶ。
「言っておくが、栞。私も、他の者と同じく、兄くんを愛しているんだ。
おかしなことをすれば、私が――キミを殺すよ?」
「解ってるわ。あの人に、罪はない…そうでしょ?」
「ならば、いい」
 ここで、千影を敵に回すことは、得策ではない。
「あなたは、どう思ってるの? 今の、この島での関係を…」
「そうだね…。ぬるま湯。兄くんにとっては、良くないんじゃないかな。
春歌なども、同じようなことを言っていたが…」
「春歌さんも…?」
「まあ、彼女の場合は…遅れてこの島にやってきたからね。少し焦って
…いるのかもしれない。兄くんと過ごした時間が、それだけ短いという
ことだろう。――だから、少しでも彼を独占していたいのだろうね」
「鞠絵が死ねば、それが――時間の差も、埋められるのでは、と…」
「春歌を疑うか? ――それは面白い。でも…違う。彼女には、人殺し
なんてできない。過失で殺してしまことは、あってもね…」
「なら、あなたは…どう、なの?」
「私が、鞠絵を…? 冗談は、よしてくれ…」
「いえいえ、春歌さんとは、違う考えなのか――ということですよ♪」
「怖いね、探偵サンは…。なにを考えているのか、わからない」
「四葉ちゃんが亡くなったら、――代わりに呼んでもらえますか?」
「…そういう仮定は、好きじゃない。誰かが誰かの代わりを――なんて
ことは、無理なんだ。『その人』でなければ、意味はない。…違うかい?」
「その通りです。だから、私は、――美坂栞でいたいと思います」
「だが――、残念なことに…。この地上には、もはや、『美坂栞』という
人間は存在しないことになっているんだよ、栞――ちゃん?」
「な――」
 なによ、ソレッ!? 
――いや、予想は出来てたんじゃない、栞?
「…そう。消されたんだ…? 加奈さんの時と、同じように――」
 そういう、ことだ。――驚くべきことじゃない。
 …この島に来てしまった時から、既に…
「美坂栞は、既に死んでいたのね…」
「そうだ。ならば、その肉体は、いったい誰のものであるのか?」
 え――?
「――誰のものでもない! そう…今や、持ち主のいない、その肉体。
それを――引き取りに…来たんだよ」
「な、…なにを言っているの、あなたはッ!?」
「既に滅んでしまった、鞠絵の肉体の――代替としての、器を…」
「わ、解らないッ! あなたの、言うこと…千影ッ!」
「キミには、まだ見えないか。彼女の――鞠絵の姿が…」
「鞠絵の…スガタッ!? まさか――」
 左――右ッ!? うし…上…? ――いや、そんな、もの――は…
「そんなモノは、見えないッ! 鞠絵さんは、死んだのよっ!!」
「感じないか、――鞠絵を?」
「感じ…存在を――そんなもの…」
「聡明なキミのことだ。スグに視えるようになる。…そうだね。まずは、
その狭い器から、抜け出してみないか。世界の広さを…知るために…」
「あなたは、なにを企んでッ!」
「キミのような優れた者が、肉体に引き摺られて深い闇に落ちていく…。
それは、余りに惜しい。どうだ、私の『守護者』にならないか――?」
「シュゴ…シャ?」
「肉体と精神には、密接な関係がある。肉体が病めば、精神もまた病む。
逆も、然り。今ならば、まだ間に合う。栞…心を解き放つんだっ!」
「それって…さっさと死ねってことぉ?」
 無茶苦茶だ、この人…。
「肉体の死と、精神の死は、イクォールではないよ。――ほら、見えて
こないか? 未だこの地に縛られたままの…哀れな、心が…」
 歪んだ、魂が――。鞠絵が、いるのか? この、部屋に――!?
「あなたの――望みは、彼女の恨み…無念を、晴らすことだったのね」
 志半ばで、死なざるを得なかった、その…
 ――私と、同じ、心――。
「…鞠絵には、その肉体が必要なんだ。キミの…その、病んだ肉体が…」
「解らないわ! 肉体を望むのならば、より健康な――」
「違うっ。彼女の望みは――生きていた頃と同じ…病弱なままの『私』
――を、優しく包み込んでくれる、『兄上さま』の存在。ずっと…存在を
保てるような…健康な身体であっては、駄目――なんだッ!!」
「千影、あなた、まさか――っ!?」
「言っただろう。私は、『鞠絵は』、殺していないって…」
 これが、彼女の――呪縛か。
「これを、解いて欲しいと、あなたは…」
「…ダメ。千影ちゃんは…ずっと、私を守るって、言ったんだもの…」
「な――!?」
 千影の、声じゃない。…誰も、いない…。この、部屋には…
「鞠絵ッ!? …まだ、来るなと…言っておいたハズだろう!!」
「くすくす…結界なんて張って、何をお喋りしてると思ったら…」
 聞こえる…。これが、鞠絵さん? それとも、ただの――
「――幻聴――」
 …なのだろう。こんなことは、ありえない!!
「バカな…なぜ、結界が――完璧に、張ってあったハズ…!」
「私が、破らせていただきました」
「…春歌? なぜ、キミが――」
 聞いて、いたのか…?
「正確には、隣の家の巫女の方に、解いて頂いたのですが。それよりっ、
2人でこそこそと、なにを話しているかと思えばっ! ――千影さん。
あなたが、鞠絵さん――いえ、加奈さんを…殺した、なんて…!!」
「聞いたのは、ソレだけか、春歌?」
「他に、なにがあると? 栞さんまで、殺そうとしていたようですが…」
「なら、話にならないッ! キミは、この部屋を出ていけッ!!」
「な、なにを――殺人者風情が…居直りますかっ。…これ以上、彼女を
惑わすおつもりなら、今、この場で、このワタクシが――」
 刀を、抜く――。いつもの、薙刀では、なく…。
「その、刀…。ソレで、結界を、斬ったか。春歌ッ!!」
「そのまま、お借りしました。霊力を秘めたるものとか――」
「チッ…三世院め、余計なモノまで…」
「春歌さんっ!!」
 ――キンッ――!!!
「なッ…今の――殺気!? 千影じゃない。なら、誰の――ッ!?」
 刀で、攻撃を…かわした――のか? 今のは…?
「鞠絵がいるんだ、春歌ッ! この、部屋に――」
「鞠絵、さんが…? まさか、あなたまで、そのような――ことを。
いえ、あなただからこそ…か、千影。あなたは、栞さんまでも…」
「可憐や、咲耶も承知の上だった。私たちは、9人揃っていなければ、
お兄ちゃんに会うことは、できない。だから、仕方ないのだと」
「人を、1人殺しておいて、その言い草ですか!?」
「どのみち…彼女の精神は、あれ以上は耐えられなかった。この島での
生活で…疲れきっていた。鞠絵の精神と入れ替わることで、なんとか…
今まで身体も耐えてこられたんだ。彼女には――正直済まないと、思う。
救いたかった。彼女が、栞さんのように、澄んだ心でいられたなら――」
 それが、彼女の、救うということ。守護者がどうこうと、いう話か。
「――で、話は済んだ、千影ちゃん。私、待ちくたびれちゃった…」
「ああ、鞠絵。もうすぐだ…。準備はいいかい、栞?」
「いいわけあるかッ! この身体は、私のもの。私が死ぬというのなら、
その時まで、誰にも渡したりしない。一緒に、連れていくだけよ」
「…残念だ、栞。君なら…私の友に、なってくれると、――信じていた」
「千影さんっ!!」
「春歌! …少し、静かにしててくれ…」
 両の手を結んで、なにやら呪文のようなものを、唱える千影。
そして――。
「時は、止まる――。キミの精神は、永遠の…」
「えーいーえーんーはー、あーるーのー?」
 え、亞里亞――ッ!?
「ふふ…誰の、時が止まるのでしょうか」
「な、なぜ…ザ・ワールドッ!? 春歌の時が、止まらない――っ!?」
「フフフ、亞里亞ちゃんには、魔法の力を撥ね返す能力があるのデス」
 …魔法を――?
「…なぁに〜?」
「アンチ・マジック――か。しかし、なぜ2人が、ここに…!?」
「誰も、四葉のチェキからは、逃れられることは、できないのデスよ。
例え、それが千影ちゃんでも――、鞠絵ちゃんだとしても、ね!!」
「お、お前たち、まさか…」
「…千影ちゃん、まだ? 私、待ちくたびれちゃった――って先刻から
何度言えば解るのかしら? もの解りの悪い、姉さんは、キライ…」
「ま、待て鞠絵ッ! すぐだ! …すぐに、済む――から…」
「煩瑣いッ! 役立たず――お前も、みんなと同じだッ!! 私のこと
なんて、誰ひとり、なんとも思っていない。厄介モノ…死んでしまえ!
――そう、なんでしょう? …今さら、後悔してるフリ? ねえ、千影」
 姉さん――?
「そうだ。鞠絵は、私の――血を分けた、実の妹だ」
「それが、どうかした? 生きている時には、なにもしてくれず…いざ
死ぬとなれば、――まるで、すべてを失うかのように、嘆き悲しんで…。
解るでしょう、あなたも? 人が、いかに勝手なものかが…」
「解る…」
 けど――、
「それもまた、千影さんの本当の姿だっていうのも、解るよ?」
「栞――?」
「なにが解るの!? あなたもまた、親兄弟に裏切られて、こんな島に
連れられてきて、…そしてまた、千影に裏切られた。可哀相な、人…」
「お姉ちゃんは、――そんな人じゃないよ?」
「そう? あんたの憧れの人…祐一だっけ? そいつと、美坂香里とが、
なにをしたのか、知ってる? あはははっ! 無知は罪よね、栞さん?」
「鞠絵、よせっ!!」
「教えてあげましょうか? ――すべてを絶望するにたる、現実という
悪夢を――」
「知ってるよ。…お姉ちゃんの気持ちなんて、最初から――。だって、
私たちは、姉妹だもん。…そっか、お姉ちゃん、幸せになれたんだね」
 ――良かった――。
「なっ――知っていながら、それを認めるなんて――っ!!」
「だってそうでしょ? 私は、もう死ぬんだ。それが分かっていながら、
どうして、祐一さんの幸せを…心を、縛り付けることが、できるの?」
「ふ、巫山戯るなッ! いい? ――死んだらもう、触れ合うことも、
できない。大好きな人と…他の誰かが、触れ合うのを、遠く見ている…。
――これほど口惜しいことが、他にある? 私は、口惜しかった…無念
だった。大好きな、兄上さまと、お別れしなければ、ならないことが…。
もっと、あの人に――優しくしてもらいたかったのにィ――!!」
 鞠絵…さん。
「ま――」
「解った。私だけが、死んだのが、イケナインダヨネ…。だから、孤独
――ひとり――で、寂しい思いをしなければ、ならなかった…」
「まって…」
 え、今の――?
「そうよね…みんな死んでしまえば、――私だけ
じゃァないッ!!」
 なんだ? 周囲の空気が、――熱ッ!?
「やめろ、鞠絵――ッ!!」
「なに? カーテンが、…床も――?」
 ――ボウッ…
「火が、点いた…? 自然に――いや…」
 鞠絵ちゃんが、点けた…。
「ふふ…燃えてしまいなさい。なにもかも――思い出も、全部ッ――!!
兄上さまに、初めてお会いした、この島の、総てよ…消えろっ!!」
「やめ――」
「やめるんだ、鞠絵ちゃん!!!」
「…え?」
 火が、…火の勢いが、怯んだ。
 それは、彼女が――
「あ、兄上…さま…どう、して――」
 鞠絵ちゃん自身が、怯んだことに、他ならない…。
「は、初めて、見たわ…」
 開け放たれたドアの前。唖然とした表情で、そう呟く彼女は…
「咲耶。いつの間に…?」
「あのね、こんだけドンドンバタバタやってりゃ――とにかくッ!」
「私も、あんなに凛々しい兄君さまを見たのは、初めてですわ…ぽっ」
「――まだ、間に合うわっ! みんな、火を消すのを、手伝って!」
「オッケー! ボク、消火器持ってくる――」
「衛ちゃん、コレっ!!」
 鈴凛の投げた『なにか』を振り向きざまにキャッチした衛ちゃんは、
ちょっとカッコ良かったり。…って、前にもなんか見たゾ?
「鈴凛ちゃん、これは――?」
「新型のスプリンクラーよ! あらゆる元素を瞬間で水に変える未来の
機械。…埋められてた未来ロボットのポケットから出てきたのっ!!」
 …いいのか?
「わ、すごいよそれっ! これがあれば、水不足で断水なんてしなくて
いいし、世界も砂漠化から救えるんだねっ!!」
 そう、あんなメガネの少年に渡したのが、マチガイだったのだ。
「それより、今はこの火を消すことが重要ですよ、みなさん?」
 可憐か。やはり、ここの纏め役は、咲耶と可憐みたいね。
「花穂も――ドジばかりしてて、今まで一言も喋る機会がなかったから、
頑張る! 頑張って、みんなを応援するね。フレーフレーッ!!」
 …忘れてたわ。――そういえば、いたわね、あんな子も…。
しかし――。
「それはいい。今は、…もっとも問題なのは――」

「あ、兄上さま…?」
「ま、鞠絵が、…見えるのかっ、兄くんっ!?」
「ゴメンね。もっと早く、来るつもりだったんだけど…」
 …違う。あの、ぼんやりした、兄じゃない。これは――誰?
「千影ちゃん…」
 火は、もうかなり消し止められている。みんなが、頑張っているから。
「千影ちゃんも、手伝ってあげなよ。たいへんみたいだから」
「あ、ああ…兄、くんは…?」
「ごめん。僕は、鞠絵ちゃんと、話してあげないと、いけないから…。
それが終わったら、すぐにみんなを手伝うよ。でも――」
 その前に…。
「終わっちゃいそうだけどね…」
 あれだけ大きかった炎も、今はもう、小さなキャンドルに等しい。
「あ、あの…」
「栞ちゃんだね。ごめん、君にも、迷惑をかけてしまったみたいだ」
 暖かな笑み。こんなの――
「あら? 顔が赤いですわ、栞ちゃん。…惚れてしまいましたか?」
「春歌…」
「兄君さま、…火の方は、もう心配ありませんわ。――かなり、建物の
方は傷んでしまったようですが…」
「いいよ。そんなもの、鞠絵ちゃんや、――みんなの受けた心の痛みに
比べれば、どうってことない。建物は…直せばいいんだから」
 どういう、ことだ、これは――?
「栞ちゃん。まずは、君をこんなことに巻き込んでしまったことを――
謝らなければいけないね。それに、みんなにも…」
「兄君さま…もう、よろしいのですか?」
 なにが、よろしいのか…解らない。この状態――。
「兄君さまは、お心を病んでおられました。私は、ドイツのお祖母さま
からそれを聞きました。そして――」
「兄チャマを救うために、四葉たちは日本に来たのデス。それに――」
「憐れな少女に――レクイエムを捧げましょう…ア〜ァア〜♪」
「――だ、誰だ、お前はッ!?」
「…亞里亞ちゃんは――歌を唄う時だけ、別人になるのデス…」
 てゆーか、変わりすぎじゃ!?
「…もう、やめてっ! どんなに、兄上さまが、みんなが、優しくして
くれたって、私はもう…触れることもできない。ひとり――」
 ――ふわっ…と。
「あ、兄上…さま?」
 鞠絵の身体が、彼に吸い寄せられた。
 ――ような、錯覚。
「鞠絵ちゃんの心は――、僕の心には、触れられないのかな?」
 優しく、ささやく…兄。
「…また、顔が赤いですわ、栞ちゃん」
 う…。
「こ、こんなシーン見せつけられたら、妬けてくるじゃないっ」
 あれ…?
「なんで、見えるの?」
 さっきまで、声しか――
「さあ、なぜでしょうね。くすす…でも、幸せそう――私も、いつか…」
 やば、春歌が妄想モードだっ…!?
「は、春歌さん春歌さんっ! ――あの人は、どうして…?」
「それは――」

 とても、仲の良い兄妹がおりました。
 兄は、妹をとても大切に想い。
 妹は、兄をとても慕っていました。
 もしかしたら――
 兄妹以上の感情をすら、抱いていたのかも。
 知れません、お互いに…。

「鞠絵さんは、その妹に――似ていたんですか?」
 春歌の説明で、おおよその事情は掴めた。
つまり――、
「妹の死で、彼が塞ぎ込んでしまった。だから、――妹を集めた」
 ばかばかしい、話では、あるが。
「その中の1人に、鞠絵さんがいたわけですよね」
 残りが、咲耶たちになるわけだが…。
「だから、私たちが鞠絵につらく当たったと、言いたいの?」
 咲耶が、拗ねたような顔で、言う。
「そんなこと、言ってない――」
「そう――なのかも、しれません」
 可憐が、俯きながら言った。
「お兄ちゃんの気持ちが、優しさが、…鞠絵さんにいってしまうんじゃ
ないか――って、私は、怖かった。だって、お兄ちゃん…」
 鞠絵ちゃんと話す時だけ、とっても優しい目を、してたから…。
――そう、呟いた。
「ボクたちは、キャラメルのオマケみたいなものだったんだ…」
 今…、彼と鞠絵を除く、――この家の全員が、例の円卓で…
「衛ちゃんの言うこと、解る。無くたって、良かったもの…」
 暗い顔を、していた。衛も、鈴凛も…みんな…。
「もう、なにみんな暗くなってるデスか。せっかく、兄チャマが元気に
なったっていうのに。それじゃ、兄チャマまた悲しむデスよ?」
「解せない…」
「なに、栞ちゃん?」
 咲耶も、みんな、もう私を『鞠絵』とは、呼ばなくなっていた。
――それは、そうだろう…。
 鞠絵の存在を、認めてしまったのだから。それは、できない。
「どうして急に、あの人に覇気が戻ったのか――?」
 この邸に来たときは、あんなに生気が感じられなかったのに――。
「お芝居だったのでは、ないでしょうか」
 可憐が言った。
「本当は、もう治っていて…けれども、それは、――私たちの存在を、
否定することに繋がるんじゃないかって…そんなふうに、感じて」
「いや、違うね」
「違う――?」
「あの時の兄くんは、間違いなく、私たちの知ってる兄くんだったよ…。
その後で、なにかが――あったんだ。兄くんの、心に…なにかが…」
 なにが、あったのだろう。
「むぅ〜、四葉のチェキにも引っ掛からないとは、やるデスね…!」
「それで――、どうするの、これから?」
 咲耶が、全員を見渡しながら、――やる気なさげに、…訊いた。
「あーりーあはー帰るー?」
「帰るところのある人は、それでいいかもしれないけど」
「兄やといっしょにー、帰る?」
「ちょ――」
 バン! …と卓を叩きながら、立ちあがった――咲耶。
「わ、わわっ…!?」
 衝撃で、紅茶のカップが落ちそうになって――焦った、私。
「…ちゃんと状況を、把握しないとダメよ、亞里亞ちゃん?」
 年長者の自覚からか、とても優しく――言いきかせようと…
「ありあはー、にいやとー、フランスに帰るのー」
「だからーっ! お兄さまが『治って』しまったから、私たちは、もう
全員お払い箱なのよ。一緒にいる、理由がないもの…」
「兄妹だから――じゃあ、ダメかな?」
 あ――
「お兄さま――っ?」
「もちろん、僕等の勝手な事情で、みんなをこんなところに連れてきて
しまったのだから…どんな言い訳もできないのは、解る。どんなことを、
要求してくれてもいい。もとの家に、帰りたいのなら、それでも――」
 あ、あ…帰れる――っ!! お姉ちゃんの、ところに…
「兄君さまっ!? そんな、私たちは――」
 祐一さんの、ところに――
「…帰れ、ない…。もう、今さら…」
 帰れないよ…。お姉ちゃんの幸せを、壊すような真似、できないよ…。
「可憐は、どこにも行きません。お兄ちゃんと一緒に、この島で暮らす
ことが、私の幸せだから…。ずっと…一緒にいて、――くれますか?」
「可憐ちゃんが、そうしたいのならば」
「ヒナもっ! おにいたまといっしょがいいっ!!」
「うん、そうだね、雛子ちゃん。ずっと、一緒だよ」
「花穂は――ドジっ子でも、見捨てたりしない? これからも、ずっと
お兄チャマを応援し続けて、いいの?」
「うん、これからもよろしくね、花穂ちゃん」
「姫は、兄さまのものですの。兄さまに、姫のお料理を差し上げますの」
「聞き捨てなりませんわ、白雪さん。兄君さまは、ワタクシのものだと
遥かな昔から、定められて…いえ、私が兄君さまのもの? ならば――
兄君さまにワタクシを差し上げて…あぁ、兄君さまが、ワタクシのな…
「兄くん、…このバカを闇の彼方に消し去る許可をくれないか?」
「まったく。鞠絵じゃなくて、この子が死ねば――あッ!!」
「咲耶、ちゃん…」
 まずぅ――
「ご、ごめんなさい、お兄さま。私、そんなつもりじゃ――」
 俯く兄に、必死に謝る咲耶は――
「弱いわね」
 そう、とても弱々しくて、捨てられた子犬のよう――
「って――メカリンリンっ!?」
 鈴凛によく似た、ロボット(?)が、――何時の間にか、来ていた。
「それで兄上さまを独占しようだなんて、笑っちゃうわ」
「…兄上さま?」
 ――てことは。
「あ、鈴凛ちゃん。コレ、ちょっと借りちゃった…けど、いいよね?」
「…もしかして、鞠絵?」
「もしかしなくても、鞠絵ですけど…何か?」
 何か? ――っじゃなくて。
「魂のない人の身体を操れるんですもの。このくらいは、できますよ?」
「ああッ、私のメカリンリンがーっ!? な、なによ、コレ!?」
「…大丈夫。強くなるって、約束したからね。彼と――」
 彼――? それが…理由か。
「だから、気にしなくてもいいよ、咲耶ちゃんも」
「…お兄さま――本当に、ごめんなさい♪」
「しかし――驚いたよ、鞠絵ちゃん。その身体…似合ってると思うよ」
 いや、そういう問題じゃなくて…ね。
「そうですか? なら――」
 鈴凛(ホンモノ)の方を、ちらと見やりながら――
「この顔、貰っちゃおうかしら――?」
 そんなことを、言った。
「なっ――!?」
「…冗談ですよ?」
「なんか…」
 こんなに性格が変わっちゃってると、『鞠絵』じゃないっていうか――。
「いや、鞠絵は鞠絵なんだろうが…なんていうか、マズイんじゃないか」
――とか。
「これだけ世界ブチ壊しといて、言う言葉がソレですか、栞さん?」
「キミが来てから、総てがおかしくなった。総て、キミの所為だ」
 なんだ、その破綻した理論は…?
「よーするに、私は、シスプリ世界に必要無いってことですか?」
「当然だよ。部外者は、さっさとこの島から出ていって欲しいね」
 衛まで――そんなことを言うのか…?
「ふかーっ! 解ったわよ! ――今度は大正時代にいってやるわっ!
帝都に出て、探偵になって、頭でリスかなんか飼ってやるっ!!」
 …なあんて。――ありがとう、みんな…。私、帰るね。
「ところでさ、アニキ! 折角だから、鞠絵ちゃんの身体を…ちゃんと
したの造ってあげたいと思うんだけど…どうかな?」
「そうだね。そうすれば、もとの通りになれるかも、しれないね」
 もう、無理だって――。
「あなたは、変わった。なら、もうもとの型に戻す必要はないのですよ?
これからは、様々な変化が、この島にも訪れるでしょう。例えば――」
 風が、吹いた――。
「え、――なに、これ?」
「これは…桜ですわ! 兄君さま、桜の花びらですっ!」
 舞い落ちる、淡い、色の――。
「わー、きれーい!!」
 そして、時は動き出す――。
「この島の時間は、止まっていたのです。けれど、もう、過去の幸せに
囚われる必要はありません。そう、未来は、あなたの手の中に――」

         ――Ending Theme 「Monologue」(水樹奈々)――

Epilogue

 私は、帰ってきた。この、北の地へ――。
「まだ、ちょっと寒い」
 さすがに、桜は咲いてはいなかったが…。
4月――。
 なぜか、私はまだ、生きている。
「――奇跡だ。奇跡の起きたこの地に、図書館を建てよう――」
 なんて、電波なことを言い出した兄に、困惑気味の妹たち。
 懐かしい、風景。
「約束の島――か」
 なにが約束されていたのか――は、もうどうでもいい。
 今、そこにある現実を、受け止めるんだ。
「未来は、私の手の中にある」
 私が言った、言葉だから――。

「…しお――り? 栞なの!? どうして――」
「はは、追い返されちゃった。お前、邪魔だって…」
「…どうして、帰ってきたのよ。ここには、もう――」
「お姉ちゃんが、大好きだからだよ。この街が、大好きだから…」
「ばかっ…」
 ぎゅっと、抱かれた。暖かい、その腕に…。
「でも、ひどいなー。私の留守に、祐一さん寝取っちゃうなんて」
「はぁ? なに言ってるの…」
「島の子が――妹みたいなものだったけど、言ってたよ。お姉ちゃんと
祐一さんが、その――しちゃったとか、なんとか…不潔だわっ――って」
 不潔とは、言ってなかったか…。でも――ずるい話っ!
「な、なぜそれを――っ!? い、いや、だって、ねえ、ほら、もう…
生きて帰って来ないと思ったしぃー。ね?」
 ね? ――じゃねえっての。
「私だって、帰って来れるなんて、思わなかったよ」
「なら、いいわよね。幸せは分かち合うものよ?」
「――姉妹丼?」
 とか言うの? …それも、いいだろうか――。
「ハァ? ――さっきから、なに言ってんの、あんた?」
「なにって…祐一さんに、私の初めてをあげる話ですよ。きゃー!!
言っちゃった! とにかく…1人でイイコトしてるなんて許さないし」
「な――ななな――なにバカ言ってんの、アンタァ!?」
「はぇ…?」
 なんだ、この反応…?
「そ、そ、…そんなこと誰が言ったのよ!? 私が相沢くんに処女を捧げた
――ですって? どこの誰? 教えなさいっ、今スグっ!!」
 あ、アレ――?
「あることないこと言う奴、しばき斃して来るわッ!!」
「もしかして、デマ――?」
 鞠絵ー――ッ!! なにが、
『あの2人が、なにをしたのか。――教えてあげましょうか?』
 だっつーの。くそ、謀られた――!!
「まあ、キスなら、したけどね…」
「あんですとぉー!?」
 つまり、彼女のいう『した』っていうのは、この――。
「つまり、私が1人で先走って…」
 いらん、妄想を…。
「春歌…お前のせいだ。どうしてくれる、私の清純派イメージ…」
 まあ――、と私の肩に手をかけながら、香里が言う。
「成り行きよ。偶然――。口惜しかったら、あなたもしてくれば?」
 ――などと。悪びれもせず。
 むぅ…
「言われるまでもないわ! してやろうじゃん、キスくらい…」
 そして、私は、相沢祐一と、涙の再会を…したのだった。

「…ごめんな。俺が、もっとしっかりしてたらな――」
 涙に濡れた頬を、優しく…
「連れて帰ることも、できなかった。情けないな…」
 その手が、触れた。
「俺は――」
 その口を、私が、ふさいだ――。

「祐一さん、あの島に来てくれたんですね♪」
「さあ、なんのことだ?」
「あの人と、なにを話したんですか?」
「だから、なんのことだって」
「島を出るときに、言ってくれたんです」
 彼が――
『相沢君が待っている。栞――いい女に、なるんだぞ』
「――って」
 まあ、ちょっと美化が入ってるかもしれないが、そんな感じ。
「夢でも見たんじゃないのか?」
「もうっ、――そんなこと言う人、嫌いですっ!」
 夢でもいい。今は、この現実を…大切にしていたい。
「冗談ですよ。祐一さん…大好きですっ――!!」

                                  ――Fin――

「ふふ…良く眠っているね」
「それはもう、…睡眠薬入りの、姫の料理でグッスリ――ですの」
「矢張り、兄君さまは、――脆弱な方が、鍛え甲斐もありますものね…」
「うふふ…もうすぐ会えるね、可憐の…お兄ちゃん?」
「さあ、みんな…これが私たちの、――新しい兄くんだよ――」
<了>