熱血電波魔法探偵局

「最近、この辺りで怪事件が頻発してるらしいね」
 わたしの前の机に、向かい合って両肘をかけながら、透矢が言った。
ここは教会の礼拝堂。この教会が――今の――わたしたち姉妹の住処だ。
 瀬能透矢は、まあ一応は、友達みたいな付き合いはしているけど――。
偽善者ヅラした嫌なヤツだ。本当は、付き合いたくなんてないんだけど。
わたしの妹のマリアが、バカが付くほどのお人好しで。この一見、人の
良さそうな男が実は、記憶喪失なのだと知って――同情したっていうか、
気に入ってしまったらしいんだよね。
 ――わたしには、下心があって近付いてきたようにしか見えないけど。
「そういうのは、文字通りに、怪(あやかし)の仕業でしょうね」
 わたしは、透矢にそう応えた。
 彼の話では、最近この辺りで、獣のような少女に手を引っ掻かれたり、
噛み付かれたりする人が多いのだという。狐憑き――あるいは、人には
育てられることのなかった、獣として存在する人間なのか。
「あやかしって?」
 透矢が訊く。
「この世ならざるもの。妖怪って言えば、解りやすいのかな?」
 本当は、少し違うんだけどね。
「――オイ、キタロウ!?」
「別に、モノマネはしなくて、いいんだけど…」
「解った! そいつは猫娘だ。猫が人間に化け――」
 そこで、透矢の動きが、ハタ――と止まる。
 なにか、考え中らしい――。
 どうせいつもの、ロクでもない考えが――
「それは、もしかして…僕のお祖母ちゃんだったりしないかな?」
 始まったらしい。
「もう死んだはずの、僕の祖母が――本当は、妖怪の化身だった彼女が。
僕に会うために、この町に現れてくれたのじゃないだろうか」
「さあ――?」
 どうだろうか。確かに、人と妖怪が夫婦になるような話も多い。
 生命としての寿命のない妖怪と、限りある生命の人間の、間の子供。
 思えば――。
 この男と初めて会った時にも、なんだか嫌な感覚があった。それは、
そういうことなのか。こいつが、妖怪の血を引いているとしたら――。
「思い当たるフシはあるの? その人に、なにか、――違和感みたいな
ものを感じていたとか。人とは違うような、気配とか…」
「あると思う? 記憶喪失の僕に?」
 ――そりゃ、そうだ。
「その人は、僕が生まれるずっと前に、亡くなったそうだけどね」
 ――と、誰かが言っていたわけね。
「家系図が、ヘンだとか――死因が、普通じゃなかったりとか?」
 死なないモノを、死んだことにした。それも、よくある話だ。
 山か、それとも異界だかに帰ったソレが――今、現れたのだろうか。
 透矢の祖母が、怪であるという確証は――?
「僕の正体は、実は、山ノ民を率いる審神者(さにわ)の血を引く者で。
この町の神社の巫女さんに、幼い頃から護られていたに違いないよ」
「いや、さすがにそれは、ちょっと…」
 ――電波、入ってるんじゃない?
「そして僕は、その幼馴染の巫女――花梨のことかな――と相思相愛に
なるのだけど。その裏には、さる『やんごとなき』御方の陰謀が――」
「止む事無きか、病む事無きかは知らないけど…」
「その御方というのは、実はまだ幼さの残る少女で、神聖で萌える――」
 その『シンセイ』なるものを、色々な意味で――『オカ』してそうな
ところが、この男の怖いところなんだけど。
 どう見てもロリだしなー、コイツは。
「という訳で。この事件の裏には、牧野さんがいると――思わない?」
「思わないよ」
 どんな電波を受信したら、こんなふうになれるんだろうな。
「真剣に、妖怪の血筋がどうとか考えてたわたしが、バカみたいね――。
バカはバカでも、マリアのバカの方が、まだマシに思えるわ」
「本当だって。彼女は、僕を悪い妖怪から護るために現れた、良い人で。
それで――。僕と一緒に空を飛んで、恩返しをしてくれるんだよ?」
「ねえ透矢。…なんか今、…別の電波、…受信しなかった――?」
「ありがとう、男爵―っ!?」
 うるうると、感動の涙を流す透矢。――もう、ワケわかんない。
「もういい、カエレ」
 コイツの電波妄想には、ついていけないわ。
「いや、この事件は、ウィッチの仕業なんだって。本当だって」
「それこそ、わたしには関係ないんだけど…」
「君は、魔女なんだろう?」
「まあ、そうは言ったけど。正義の味方とかじゃないし――」
「君がここにいられるのは、誰のお陰であるのかを…考えないとね?」
 真剣な表情の透矢が、低い声で言う。
「誰って…まあ、この教会の人たちには、感謝してるけど…」
 行くあてのない姉妹を、養ってもらっているのだから。
「この教会はね。実は、ウィッチ狩りの本部みたいなものでね」
 なおも真剣な、透矢の声。
「――魔女狩り?」
「君たちも、いずれ知ることなんだけどね。毒を持って、毒を征す――
というのかな。悪い魔女を狩るには、同じ魔女でなければならないのさ」
 ――詭弁。
「というか、ウソ」
「僕が山ノ民の血を引く――というのも、あながち嘘じゃないよ。僕の
ママは、山ノ民の巫女だった。――殺されてしまったけどね。君の言う、
魔女狩りというやつさ。異端だからね。『日本』という国家――つまり、
やんごとなき方と、同化することを拒んだ。それが、彼等なのさ」
「後ろ半分は、真実かな?」
「――さあ」
 はぐらかすように、透矢が――わらう。
「聞いた話だよ。その狩りの指揮を採ったのが、この教会の――」
「それも、あんたの妄想。――まあ、こんな辺鄙な場所にある教会だし。
設立の際に、なにか事情のようなものは、あったとは思うけど…」
 そんなものを、今さら、暴きたてる必要なんてない。
「山ノ民の神である、ナナミという存在。――それは、まつろわぬ神で
ありましょう。そんなものを信奉する、この土地は、海と山とによって
隔てられた――天然の要害。彼等が隠れる里としては、丁度良い」
 透矢は、嘲笑うような表情で、その創り話を続けている。
「――それで?」
 マリアも、どこかほっつき歩いてて、いないようだし――。
 今日は、この男の妄言に、もう少しだけ付き合ってもいいか。
 そう思った。
 ――すべて、ヒマが悪いんだ。
「その、猫だか狼だかの妖怪ってのは、どこにいるの?」
 だからといって、コイツを認めたわけでは、断じてないんだけどね。
 わたしがこうして見てれば、マリアにも手は出せないし――。
「彼等は既に、この教会へ向けて進軍中である」
「なんで――?」
「決まっておろう。ここが、彼等に敵対する組織の中枢だから――」
「あー、はいはい。怪獣は、日本しか襲ってこないものねー」
 もう、どうでもいいや。
「今、まさに、国家存亡の秋――。見よ、あの恐ろしい妖怪の姿を!!」
 透矢の指差す、礼拝堂の入口。
「…あれが、あんたのおばあちゃんなワケ――?」
 そこにいたのは――。
「猫ですよー、にゃーん♪」
 大きな、人の身長くらいある、ぬいぐるみ。
 それが、かわいらしい声で、喋った。
 そのまま、よちよちと、こちらへ向かって歩いてくる――。
「ああー、カワイイーっ!?」
 ほぅ――と、ため息をつく透矢。確かに、カワイイとは思うけど。
「魔法少女猫にゃーの♪ 王女さまにゃーの♪」
 ぬいぐるみ、というか、着ぐるみの猫が、かわいらしく、ばたばたと、
両手を動かしながら、――転んだ。
「うぅ…痛いのー」
 くすん、くすん――と、大きな猫のようなモノが泣いている。
「…あれは、なに?」
 そう、わたしは、透矢に訊いた。
「妖怪」
 透矢の応えは、簡潔に。――潤んだ瞳で、ソレを見つめ続けている。
「まあ、確かに、あやしいものでは、あるけどね…」
「あれが、この地球を狙う、カワイイエイリアンだ。アリスよ、今こそ
防衛の時である。陸の防衛隊のメンツにかけて、アレを倒すのだ!!」
 ビシッ――と、ソレに右手で突き付けるように、透矢。
「帰っていい…?」
 わたしは、頭を抱えた。
「あの泣き声とかさ、マリアの声にしか聞こえないんだけど…」
 姿が見えないと思ったら――。
 なにをやっているのか、あのバカも。
 透矢と、グル――なのは、間違いないと思うんだけど。
「はにゃーん?」
 と、マリア――決定――が首を傾げるような仕種で言った。
 実際には、着ぐるみのせいで、首なんて動かないんだけど。
 その光景は、容易に想像できる。
「ソレだ! やはり変身魔法少女は萌える――」
「…バカばっか」
 ため息をつきながら、わたしは呟く。もうだめ、コイツら。
「それもイイけど。ツインテール繋がりで、1つ防衛を――。それとも、
盛り上がらないままで、終わるつもりなの?」
 妖怪退治は、あっちの巫女にやらせとけ――って感じかも。
「…まあいいや。さっさと終わらせよう――」
 キッ――と。その着ぐるみ妖怪――もういいや、を睨む。
 左の腕を、横に――。
 右の腕を、縦に大きく振り上げる。
 直後――。
 ぼうっ――と。それに火が点き。みるみるうちに、炎に包まれていく。
「す、凄い…。それが、それが君の能力なの、アリスッ!?」
 透矢が、感嘆の声を上げ――。
「わっ、わわ…熱いっ! 熱いよ、透矢さぁーん!?」
 自業自得よ、マリア。透矢などに組すから、こうなる。
 広がる炎の中で、その形を歪ませていく、猫の着ぐるみ――。
「わ――こんなに燃えるんだ。アルコールって」
 わたしの呟きをよそに。凄まじい勢いで、炎に包まれていくマリア。
 その足許には、投げつけられた百円ライターが転がっている――。
「ねえアリス、その一升ビンみたいなのは、なに――?」
 透矢が、わたしの左手に握られた、筒状の何かを見ながら言う。
「ま、魔法のステッキ…かな」
「それは素晴らしい、萌えアイテムだっ!」
 透矢の頭の中で、なにが展開されているのかは、考えたくはない。
「わぁーっ、わぁ、わぁー!? たすけてぇ、おねえちゃーん!!」
 ――しょうがないわね。
「えっと…あれ? 透矢、ここにあった消火器知らない?」
「消火器なら、この前、使っちゃったんじゃないかな。ほら、ボヤ騒ぎ
あったじゃない。…それより、早く消さないと。出来るんでしょう?」
 な――!?
「あっあつ、あつ…うぇ〜ん、あついよぉ〜おねえちゃ〜ん!!」
 で、できないよそんなことっ!
「え、あ、あ、――どうしよう、透矢ぁっ!?」
 わ、わたしのせいだっ! わたしのせいで、マリアが――
「フン、子供が火遊びとは――感心せんな」
 聞き慣れない、男の声が。
 余裕のない、わたしに響く。
「た、たす――」
 たすけて。誰でもいいから、マリアを助けて――!!
 そう叫んだ、わたしの耳に、落ちついた、男の声。
「これが、最後と思え――」
 それと同時に、どこからともなく、大量の水が。
 ――マリアに襲いかかった。
「マリ――」
「大丈夫」
 そう言って、わたしの肩を抱いたのが、透矢だった。
「透矢…?」
「大丈夫だから。マリアちゃんは、無事だから――」
 そう言って、優しく微笑むのも、透矢。
 バシャァァン――!!
 まるで豪雨にでも襲われたように、火は――。
 マリアを覆う、赤い炎は、跡形もなく。
 消えて失せてしまった。
「ありが――」
 眼鏡をかけた、神経質そうな男に、お礼を――。
「そうだな。こうしている場合ではないか。――巻き込まれないように、
気をつけるんだな。今は、幽世の門が、開こうとしている時だ」
 言う前に、その中年の男は、去ってしまった。
「…あついのと、つめたいのと、おねえちゃん極端すぎ…」
 ぼろぼろになって、ぐしゃぐしゃになった、着ぐるみ。
 その下から、ぐっしょりと濡れた、マリアが現れて――。
「バカッ! マリアのバカッ! ゴメンね――マリアッ!!」
 わたしは、妹の身体を、ぎゅっと抱きしめた。
「お、おねえちゃん…。うぇ〜ん、こわかったよぅー!!」
「良かったね、マリアちゃん」
 透矢の声。
「ぐす…良くないわよ。――なんのつもりよ、あんたっ!?」
 マリアに、こんなことさせてっ――。
「可哀想な仔猫がいたんだ。人間に拾われて。捨てられて。生きていく
力のなかった猫は、死んでしまった。マリアちゃんはね、その猫の魂を、
みすからの身体に招いてあげたんだよ」
「そう――」
 マリアには、よくあることだ。この子は、優しすぎるから――。
「招き入れたっていうより、入れられたって感じだけどね」
 着ぐるみに――。
「ねえ、マリア」
「なあに、おねえちゃん?」
 本当の、魔法を、かけよう。
「この子、火葬にしちゃったけど。土葬の方が、良かったかなあ?」
 猫の着ぐるみであったものを見ながら、言う――。
「…これで、猫さんも天国に行けたのかな?」
「行けたよ。アリスが、ちゃんと送ってくれたからね」
 優しく、マリアに微笑む透矢。
 まぁ、悪いヤツじゃないってのは、認めてあげるけど。
「これから、この子を土に埋めてあげようね」
「うん♪」
 笑顔のマリア。
 それにしても、さっきの男は、何者だったのだろう。
「おねえちゃんも、一緒にこの子を埋めてあげようね?」
「うん…。ちゃんと、埋めてあげよう」
 笑顔で応えたわたしに、マリアの満面の笑み――。
 だから、今は――。あんな男のことなんて、どうでもいい。
 ――こうして、ひとつめの事件は、幕を閉じた。
「って、まさか続くの?」
第2話