「シンガリだぁ!? この俺がかよ。いいぜ、やってやる。今日の俺は、死ぬ気がしねぇ」
 アーヴァイン大隊は、帝国軍の最後尾でフィリアの突撃を受け、砕け散った。
 エドワード・アーヴァインは、生死不明――。

「美冥様――、その、お怪我は…」
「いい眼をした少女に遭った。大木、撤退だ。全力で弐礼まで逃げ帰れ。指揮は任す…」
「誰か、輿を持て! 撤退。味方に遠慮する必要はない。全力で、走れ! 第一分隊は、輿を護りつつ後退。私が直卒する。弐礼でまた会おう。いけぇ!」
 魔山隊は、街道を避け、道なき道を走り、撤退していった。
 魔山美冥(まやまみめい)、大木真一郎(おおきしんいちろう)もまた、ともに現段階において、生死不明である。

 紫川の率いる本隊は、一部に恐慌をきたしたものの、全体的には、見事な撤退行動であった。フィリアが、深追いを禁じた為でもある。殺戮の徒と、なるわけにはいかなかった。
「この勝利を、セルーシア・エテルテアと、すべての戦死者たちに、捧げる!」
 彼女と、エテルテアを称える喚声が沸き上がったのは、言うまでもない。

 戦死者は、双方合わせて一千人近くに及んだという。教団は、できるだけの――すべての亡骸を集めて丁重に葬り。その総ての魂を、白き翼の天使セルーシアは、天(そら)へと導いた。  
 ――それが、儀式である。


 帝国暦六〇五年六月――。
 マルザス帝国正史『帝国史(ヒストワル)』において『第二次エテルテア征伐戦(ドゥーゲル・エテルテア)』と称されたこの戦いは、こうしてまたも、帝国軍の全軍撤退という形で幕を閉じたのである。カユウ・フォーウッドが、夜魔族のミツネ、エテルテアのエリア・カレティアと共に、レイムル・ロフト率いる帝国軍を打ち破り、アリシナリア・マルザスを名乗る女性を新帝として彼等の本拠地、北都と称されたレイクブルーに迎え入れるのは、そのわずか二年後のことである。

                         「エテルテアの天使」 完
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