ピアノの「音色」あれこれ 第6回 「近現代期 〜そしてピアノの未来 前半」

 
ロマン期にいたって黄金時代を迎えたピアノは、その後も「楽器の王様」の地位を
保ち続けていると言えるでしょう。

 近現代期には西洋音楽は中央ヨーロッパにとどまらず、北欧、南欧、東欧、ロシア、
そして世界中に広がっていきました。

 多くの音楽家たちが、時にその国の語法を使って、時に前衛的な手法によって、
ピアノから新しい可能性を引き出していきます。

 あまりにも多様化した近現代期のピアノ音楽を見渡すことは、この紙面では困難です。

 最終回となる今回は、いくつかの面から「ピアノの未来」に思いを馳せてみようと
思います。

◎録音技術の登場

 エジソンが蓄音機を発明したのが1876年。
これは音楽文化を根底から変えました。
 
 もはや音楽は一回限りの演奏ではなくなったのです。
録音技術の進歩とともに、鑑賞方法、演奏様式、作品、音楽産業の形態など、
あらゆることが大きく変容して行きました。

 私は、録音という概念さえなかった時代のことを思うことがあります。
(そうした時代の方が、西洋音楽の歴史ではずっと長かったのです)

 ショパンの音色は、実際どんなものだったのでしょう。

ああ、もしショパンの演奏を聴くことができたなら!

 西洋音楽の花形だった即興演奏は、ロマン期を最後に脇役へと転落していきます。
例えばショパンはノクターンの装飾音型をしばしば違う方法で即興的に弾きましたが、
今そのようなことをする演奏家はほとんどいません。

 これは録音技術の出現と関係が無いでしょうか?
いつの間にか私たちは、意識的にか、それとも無意識にか、演奏会に対する要求を
変えてきてはいないでしょうか?

 人は心の中に音を記憶することが出来ます。
それは「音そのもの」ではなく、それを聴いた時のあらゆる事象が渾然一体となって、
私たちの思い出として刻まれていきます。

 それはひょっとすると非常に主観的なものかもしれません。
年月を経て全く変容したり、過度に美化されることもあるでしょう。

 しかし私たちは、そのことをもって録音の方が客観的で正確であると言い切ることが
出来るでしょうか?


                    続く

(このエッセイは株式会社プリマ楽器様発行の情報誌「NEWS88」にて、連載させていただいたものです。)

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