『ピアノの『音色』あれこれ』 第5回 
                 「ロマン期 〜花開くピアノ音楽」〜前編〜


                                        國谷尊之


 ピアノ発明から約100年の月日が流れた19世紀初頭に至り、ヨーロッパ各地の
ピアノの中には現在のピアノに近い機能を備えるものも出現するようになります。

おりしもヨーロッパは市民革命の嵐をむかえ、産業の発展とともに到来した市民社会は、
芸術文化に対する価値観の大きな転換をもたらしました。

もはや音楽は宮廷中心のものではなく、市民のものとなっていきます。

メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、リスト・・・
私たちが愛してやまないロマン派の偉人たちが歴史の舞台に登場する準備は整いました。

◎ショパン〜ピアノ奏法の革命児

 ピアノの性能向上に対して、まず世間の目はその外面的な華麗さに向けられました。

大音量の迫力、すばらしいパッセ―ジの名人芸・・・。
こうした風潮の中で、信じがたいほどの大量の練習曲が生み出されて行きます。

その担い手の代表がチェルニー(1791〜1857)であったことは言うまでもありません。

 しかしまもなく、ピアノの魅力はもっと精神的な表現力にあるのではないのかと
思索する人物が現れました。

ポーランド生まれのショパン(1810〜49)です。
彼は、ピアノの魅力の本質はサーカスのような曲芸ではなくカンタービレ奏法にあることを、
その作品と演奏によって具現します。

 彼のピアノ曲、たとえば幻想即興曲のような作品を見ると、細かいパッセ―ジの
すみずみまで豊かな旋律性を有していることが分かります。

その曲線的パッセージは、それまでの作曲家が書いた分散和音や音階を主とした
パッセージよりもはるかに複雑で演奏困難に見えます。
しかし彼は実に優美な手さばきで、それらを表情豊かに演奏しました。

いったいその秘密はどこにあったのでしょう?

それまでの一般的な奏法はチェンバロ時代からの流れをくむもので、腕の動きは
ほとんど使わず、均等に訓練された10指の運動性が中心でした。

また、力強い音を出すには指を高く上げて打ち下ろすことが必要でした。

しかしこれではカンタービレを表情するのは難しく、単調な音色が続くことにもなります。

これに対しショパンは10指がそれぞれ個性を持ち不均一であることをむしろ積極的に
利用し、鍵盤の上で滑らかにポジションが移動していくような書法を思いついたのです。

これは偉大な発明でした。


                    続く

(このエッセイは株式会社プリマ楽器様発行の情報誌「NEWS88」にて、連載させていただいたものです。)

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